8.6-09 山越え9
再び走り始めた馬車の列が、ルシアによって新しく作られたばかりの上り坂を駆け上がり。
そしてトンネルの向こう側へと抜けると、そこは――
「ふーん。ここは雪が積もってないんだね。なんか、別世界みたい……」
そんなルシアの言葉通り、雪の積もっていない、森林のど真ん中だった。
左右に高い山が整然と並び、その間を鬱蒼とした森がどこまでも続いている、そんな場所である。
高い山脈に囲まれた谷間であることに加え、偏西風の関係もあってか、どうやらここは、偶然に、雪が降らない気候になっているらしい。
そんな地上へと出た所で、馬車を再び止めるワルツたち。
穿ったトンネルの先には道が無く、前述の通り鬱蒼とした森が広がっていたので……。
先に進もうにも、木や岩などが邪魔になって、これ以上、進みようが無かったのである。
それ以外にも馬車を止めた理由があった。
この近くには谷底を南北に貫く道があるはずだが、現在のように馬車を連結した状態でそこまで移動するというのは、あまりに無謀な行為だったのである。
魔法などを使って森を切り開きながら進むとは言え、ここから先は山道なので、もしも1台でも轍に嵌ったり、あるいは路肩に落ちたりしてしまったなら……。
その瞬間、繋がっているすべての馬車が巻き込まれて、大惨事に見舞われてしまうのは目に見えていたのだ。
「一旦ここで、馬車の連結を外しましょ?」
周囲を見渡して、辺りが安全かを確認しながら、そう口にするワルツ。
彼女が確認する限り、近くに人の姿はなく……。
エクレリアの者たちが、その場で彼女たちのことを待ち伏せていた、などということは無さそうである。
すると、馬車を降りた狩人が、自身の腰にあった愛用のダガーに手を当てながら、もう片方の手で何故か口元を押さえながら、こんなことを口にする。
「野営にはまだ早いが、今日はここで一晩を明かそう。馬車の分解も必要だが、この先、何があるか分からないしな……」
「そうですね。……でも狩人さん?本当の理由は違うんじゃないんですか?」
「な、何のことだ?」
「手で隠しても無駄ですよ?口元が釣り上がってるのが丸見えです」
「……はぁ。ワルツには隠し事出来ないな……」
「いや、皆が分かってると思いますけどね?」
久しぶりに見た深い森を前に、笑みを隠せなかった様子の狩人。
彼女がここで一体何をしたかったのかについては、わざわざ言うまでもないだろう。
「それじゃぁ、男手を集めて、新鮮な晩御飯を狩ってくる!」
「えぇ。楽しみにしてますよ?」
ワルツがそう言って、狩人のことを送り出そうとすると――
「あ、そうだ、狩人さん?お米とお酢とお砂糖とお醤油とお揚げがあったら、採ってきてくださいね?」
どことなく眼から輝きが無い様子のルシアが、唐突にそんなことを言い始めた。
なお断っておくが、目の前の森は、単なる森でしか無く、天然の商店(?)のように、様々な食材が採れる、などということはない。
そもそもからして、醤油やお揚げが森で手に入るなどありえないことなのだが、今のルシアにはそれが判断できなかったようである。
「……おい、ワルツ。やっぱり急いだほうが良いかもしれないな?ルシアが錯乱してるぞ?」
「いや……まだ、大丈夫だと思います。明日、一日くらいなら、ストックがまだ残っているはずですから…………あるわよね?ルシア?」
「…………」
「えっ……もう無いの?!」
「う、うん……。さっき、魔法を使ったらお腹が減って……それで気付いたら、いつの間にかおやつ代わりに食べてて……。今確認したら、全部無くなってた……」げっそり
「「「…………」」」
稲荷寿司の刺繍が施されたポシェットを抱えながら、今にも泣き出しそうな表情を浮かべていたルシアを見て、なんとも言い難い複雑な表情を見せるワルツたち。
なお、繰り返しになるが、ルシアが稲荷寿司を摂取しなくなったとしても、餓死するどころか、魔法が使えなくなる、などということもない。
……ただ精神に異常をきたすだけである。
◇
そんなルシアのために、結局、ワルツは、コルテックスへと出前を頼み……。
そして明日の朝一で、補給物資を宅配してもらうことになったようだ。
それから馬車の切り離し作業には参加せずに、その場をブラブラと歩いているだけにしか見えなかったワルツ。
しかし、実際のところは、馬車に破損がないかを確認していたらしく。
彼女は時折、ペンのようなものを使って、馬車に印を付けていたようだ。
まぁ、手持ち無沙汰すぎて、落書きをしていた可能性も否定は出来ないが……。
そんな彼女が何台目かの馬車を確認していると、手を泥だらけに汚しながら作業を進める、とある人物の姿が目に入ってきたようだ。
「あれ?飛竜?貴女、何してるの?」
「それはもちろん、皆と一緒に、馬車の切り離し作業を進めておるのですが?」
「いや、そりゃそうかもしれないけど……ちょっと意外ね……」
「意外?」
「うん。普通、飛竜みたいな女の子がやるような作業じゃないから……」
「ふむ……しかし、テレサ様も同じように作業をされておりますが?」
「いや、いいのよ、テレサは。病気みたいなものだし……」
「んあ?」
「ううん。なんでもない」
と、誤魔化しながら、呆れたような視線をテレサへと向けるワルツ。
ただ、その際、彼女の口元が少しだけ釣り上がっていたところを見ると……。
どうやらワルツは、テレサの行動に呆れているだけではなかったようである。
そんなワルツに対し、飛竜は怪訝そうな表情を見せてから。
彼女は再び手を動かし始めると、そのままの状態で事情を説明し始めた。
「実は、エネちゃん殿のところで操縦技術を学んでおる時、彼女から機械の扱いについても、指導を受けたのでございます。せっかくなので、その際に身につけた知識をここで活用しようと思いましてな……」
「なんか、飛竜、すごいこと教わってるようね?下手したらその辺の工房で働いてる職人より、知識あるんじゃないの?」
「む?しょくにん?シラヌイ殿のことですかな?……足元にも及びませぬ……」
「いや、比べる対象がおかしいわよ……」
そう言ってから、シラヌイのことを思い出すワルツ。
それから彼女は、これから向かうだろうザパトの町があるだろう方角へと視線を向けて……。
そして、おもむろにこう呟いた。
「もしかしたら、シラヌイ、この先の町に居たりしてね?」
そんな希望のような色が込められた言葉に――
「……急にどうしたのですかな?」
作業の手を止めて、ワルツのことを見上げる飛竜。
するとワルツは、目を細めながら、その理由について話し始めた。
「この先の町って、鉱山都市らしいのよ。ってことは、鉱物が大好きなシラヌイ(?)がフラフラと引き寄せられていてもおかしくないんじゃないかな、って思ったわけ。……まぁ、希望的な話だけどね」
「ふむ……。ワルツ様もシラヌイ殿のことを気にかけておられるのですな……。我も、心配でございます。ただ……実を言うと、純粋に心配、というわけでもないのでございます。シラヌイ殿なら、どんな窮地に陥っても、一切合財を斬り倒して押し通る力があると……我はそう思うのです」
「いや、斬り倒すかどうかは……斬り倒すかもしれないわね……。実際、アトラス、斬られそうになったって話だし……」
アトラスから聞いた話で、シラヌイが2本の斬鉄剣(?)を振り回しながら襲ってきた、という話を思い出すワルツ。
そんな彼女の頭の中では、向かってきたエクレリアの戦車を、正面から真っ二つに切断するシラヌイの姿が浮かび上がってきていたようだが……。
実際のところは不明である。
それからワルツは、珍しく空気を読んで、飛竜たちの作業を妨害しないよう、その場から身を引くことにしたようだ。
そこにいたテレサが、ワルツに話しかけられてからというもの、目の色を変えて、猛烈な勢いで馬車の連結部分を分解し始めたから……では無いはずである。
と、そんな時。
グォォォォォン!!
不意に森の木々の向こう側から、そんな大きな雄叫びのような声が響き渡ってきた。
その鳴き声を聞いて、真っ先に反応したのはワルツ、ではなく、作業中の飛竜だった。
「…………ワルツ様。少々、面倒な事になったようでございます」
「え?何?」
飛竜が一体何を言い出したのか、問いかけるワルツ。
すると飛竜は、真剣そうな表情を森の向こう側へと向けながら、こう言ったのである。
「どうやらここは、ドラゴンたちの縄張りの様子……。我らはそこに知らず知らずのうちに、足を踏み入れていたようでございます」
「うわぁ……かわいそう……」
「…………え?」
ワルツが何を言い出したのか分からず、耳を疑う飛竜。
ともあれ。
ここまで穴を掘ってやってきたワルツたちは、どうやらドラゴンたちに、目をつけられてしまったようである。
いや、目をつけた、と言うべきか……。
今日の執筆完了までの流れを説明するのじゃ。
1、今日の文は短く簡潔に書くのじゃ!
2、ストックは3000文字弱のようじゃな。この分だと余裕じゃろう。
3、む?読みにくいのじゃ。補足が足りぬ。
4、地の文だけじゃのうて、セリフも増やそうかの?
5、……どうしてこうなった……。
まぁ、大体、毎日の執筆に共通して言えることだと思うのじゃ。
じゃが、今日は特別長く、時間が掛かってしまってのう……。
やはり、晩御飯に『冷やし中華』(炭水化物)はダメじゃったかも知れぬ……。
頭がぼーっとして、思ったように回らなかったのじゃ……。
……おっと。
時間が拙いのじゃ。
というわけで、さっさとあっぷろーどするのじゃ?




