8.6-02 山越え2
「というわけなんだけど、ヌル?この近くにある町とか知らない?」
「この近くには、これと言って、大きな町も村もありません。小さな集落が点在するだけです。この先の進路上の町なら……ザパトの町が近いでしょうか」
「ザパトの町?」
「はい。この中央平原と、ユリアさんの実家のシャッハ家がある西部平原とを隔てる山脈があるのですが、その山間に作られた町で、ドワーフたちが住む鉱山都市です」
その説明を聞いて、
「「ふーん……」」
と声が重なるワルツとルシアの姉妹。
どうやら2人とも、『鉱山』という言葉に反応したようだ。
ただ、ヌルには、目の前の2人が、何に反応したのか分からなかったようである。
彼女が説明した言葉の中に、年頃の少女たちが反応するような単語は、一切、含まれていなかったはずなのだから。
「あの……何かありましたか?」
結果、彼女は、自分の説明に至らないところがあったのではないかと、心配そうに質問する。
だが、もちろんそんなことはなく。
ワルツもルシアも、どこか興味津々といった様子で口を開いた。
「ねぇ、ヌルちゃん。その町にある鉱山って、どんなものが採れるの?」
「そうですね……ざまざまなものが採れますが、希少価値の高いものでは、アダマンタイトやミスリル。それに、白金や金も採れるようです(アクセサリーの材料を所望されているのでしょうか?)」
「鉄は?」
「鉄……ですか?採れるには採れるようですが……採算性があまり良くないようで、それほど大規模には採掘されていなかったはずです」
「「ふーん」」
「あの……鉄に何かあるのですか?」
「「ううん」」ふるふる
「そ、そうですか……」
いいだけ興味深げに聞いておきながら、急に2人揃って首を振り始めた姉妹たちを前に、戸惑い気味の表情を隠せなかった様子のヌル。
すると、そんな彼女の横に座っていて、事情を知っていた狩人が、ワルツたちの代わりに説明を始めた。
「実はな、ヌル。ヌルは知らないかもしれないが、ワルツたちは、鉄を売ることで財を成してきたんだ」
「……はい?」
「いや、あの、狩人さん?それ言い過ぎですよ。確かに、鉄も売ってましたけど、その他にもオリハルコンとかニッケルとか、クロムとか……」
「でもそれは、鉄を作る過程で生まれた、副産物なんだろ?なら、鉄で財を成して、ミッドエデンの頂点まで上り詰めた、って言っても、間違いじゃないと思うけどな?」
「んー、まぁ、そう言われればそ……いや、頂点に上り詰めたつもりは無いですけどね?」
と、狩人の言葉に反論したかった様子のワルツ。
しかし、狩人がそれに気づいた様子はなく……。
彼女はワルツのことをスルーして言葉を続けた。
「というわけでだ、ヌル。ワルツたちには気を付けたほうがいいぞ?鉱山で放っておくと……その場にある鉱床をすべて掘り出した挙句、それを売りさばいて、国を乗っ取る可能性も捨てきれないからな!」にやり
「えっ…………えっ?!」
狩人の言葉が俄には信じられなかったのか、耳を疑ってしまった様子のヌル。
その際、彼女の側に座っていたユキBも、似たような表情を浮かべていたのようだが……。
ワルツたちと、それなりに長い時間を共に行動しているユキAは、狩人の言葉を聞いても、ただ苦笑を浮かべるだけだったようである。
ちなみに。
ワルツたちに、それを否定する様子は見られなかったようだ。
まぁ、彼女たちにボレアスをどうにかするつもりは無いはずだが、採掘・精錬をしない、などということは無さそうである。
「楽しみね?」
「うん。見たこと無い金属とか採れるかなぁ?」
「どうかしらね?」
ワルツは、仲よさげな様子で、妹の言葉に相槌を打つと……。
その後で、ヌルに向かって、こんな質問を投げかけた。
「そう言えば、ヌル?その、ザなんとかって町、ここから遠いの?」
「……ザパトの町です。そうですね……このペースですと、もう間もなくして見えてくる山脈まで2日ほど掛けて近づき、それを超えて、沢沿いを3日ほど北上すれば、辿り着くと思います。ですが、この路程の一番の問題は……山越えがすごく大変なことです。西方街道を通らずに山脈を越えなくてはならないので、この時期ですと、恐らく2週間ほどは掛かってしまうかと思います。なので全路程としては、3週間ほど掛かるのではないでしょうか」
そんなヌルの話が進めば進むほど――
「…………」げっそり
眼から輝きが消え、死んだ魚のような目になるルシア。
そんな彼女の頭の中からは、『鉱山』という言葉が、恐らく一瞬にして消え去って……。
その代わりに『稲荷寿司』という言葉が、大量に増殖して、埋め尽くしているに違いない。
このまま順当に行っても、彼女が次、稲荷寿司を補給できるのは、3週間後、ということになるのだから。
ルシアがそれを我慢できるわけもなく――
「お、お姉ぢゃん……」がくがく
彼女は、今にも決壊してしまいそうな表情を浮かべて、小刻みに震え始めた。
「(あー、ルシア嬢が禁断症状を発症したのじゃ……。やはりあの稲荷寿司、ヤクのようなものが入っていたに違いないのじゃ……)」
「(困ったな……。ここにはお揚げが無いからな……。最悪、大豆と海水があれば、あとはどうにかなるんだが、それも無いしな……)」
「もう、コルテックスに頼んで、王都からお寿司を届けてもらうしか無いんじゃない?」
「で、でも、せっかく作ってくれる狩人さんに申し訳ないし……」
ルシアはそう言って、一旦、口と眼を閉じると……。
心配そうな視線を向ける仲間たちに対して、何かを決意したかのような表情を浮かべてから、こう言った。
「……うん。もうこれは我慢するしか無いと思う!」
その言葉を聞いて――
「「「ええっ?!」」」
と、まるで、ありえない言葉を聞いた、といったような反応を見せる一同。
そんな仲間たちを前に、ルシアは言葉を続けた。
……ただし、彼女は、少々錯乱していたようだが。
「さっきのヌルちゃんの話だと、山脈を除けば、合計5日くらいでザパトの町に辿り着くみたいだから……そのくらいの間なら、私、頑張れると思う!」きりっ
「……ん?ちょっと待って、ルシア。山脈を超える時間は?」
「え?山脈?お姉ちゃん……。山を越えようとするから、時間が掛かるんだよ?」
「「「…………」」」
その一言で、ルシアがこれから何をしようとしているのか、察した様子のワルツたち。
しかし、そんなルシアのわがままに対し、異論の声を上げる者がいなかったのは、皆に旅路を急がなければならない事情があったためか、あるいはそれ以外にどうしようもない理由があったためか……。
◇
その日も、夕方近くまで移動して、雪原のど真ん中で野営をすることになったワルツたち一同。
そんな彼女たちの頭の上には、何やら分厚い雲が覆いかぶさろうとしていたようである。
それを見て、ワルツは隣りにいたユキに対し呟いた。
「雪、降んのかしらねー?」
「えぇ。大体、このくらいの気温で、モクモクとした感じの雲が低いところを漂っている時は、大体、ぼた雪が降る前兆ですよ?」
「ぼた雪ね。このままだと、一日で、かなり量の雪が降って、今まで以上に移動速度が落ちちゃいそうね……」
そう言いながら、眉を顰めるワルツ。
するとユキは、同じように空を見上げていたその視線をワルツへと向け直して。
そして少しだけ表情を引き締めてから、彼女へと問いかけた。
「ルシアちゃんのことを心配してるんですか?」
「いや、ルシアは稲荷寿司を食べなくても死ぬわけじゃないから、別にそんな心配はしてないけど……雪がこれ以上降り積もったら、馬車が進めなくなるんじゃないか、って心配はしてるわね」
「そうですね……。ボレアスの中央平原でも、南方に位置するこの地では、それほど多くの雪は振らないので、ここまではどうにか進んでこれましたが……この先も同じとは限りませんからね。特に山脈の手前側は、多くの雪が降るので、冬期間は大きな街道でも、頻繁に通行止めになるんですよ。馬車が立ち往生して動けなくなると、大変なので……」
「ふーん。こっちの世界も、峠越えは似たようなものなのね……。ちなみに、ユリアん家のところは?」
「西部平原ですか?あそこは、雪、降らないですよ?」
「えっ……ボレアスなのに?」
「あの……ボレアスだからと言って、すべての地方で雪が降る、というわけではないですよ?」
ユキはそう言った後で、何故、雪が降らないのか、その事情を話し始めた。
その話は、ワルツにとっても、少し重要な内容だったようである。
「西部平原は、隣国の『アルボローザ王国』に面しているので、年中、暖かく湿った空気が流れ込むんです。そのせいで雪が降らない代わりに、この時期は雨が多く降るんですよ」
「なにそれ?ボレアスでは真冬なのに、その隣の国は年中暖かいって……どんな超常現象?」
「自然現象ではないらしいですよ?国の中心にある『世界樹』が、国の気候をコントロールしている、と言う話です」
「……世界樹?」
「はい。えっとー……あれです。ミッドエデンの王都に生えてる大樹みたいなやつです」
「あ……なるほど」
ユキの話を聞いて、合点がいった様子のワルツ。
そして彼女は、かなり前に一度だけ会ったのことのある人物の名前を口にした。
「要するに、魔王ベガが治める国、ってことね……」
かつて、ミッドエデンがまだ王国だったころ。
内政が混乱している隙に、暫定的に王都を占領した魔王ベガたち。
そんな彼女たちが、ワルツたちに捕まり、一輪の薔薇を身代わりに転移魔法を使って帰った先が、ボレアスの西方にある国、アルボローザ王国だったのである。
かなり前の話ゆえ、念のために説明しておくのじゃ。
ミッドエデンの王都北部に生えておる『大樹』は、アルボローザ王国の魔王ベガが置いていったもの、ではないのじゃ?
以前、ボレアスで、ロリコンたちが、ユキの身体に埋め込んで実験しようとした世界樹の種を、ワルツがミッドエデンに持ち帰って……。
そして、放置しておったら、勝手に生えてきた雑草のようなものなのじゃ。
ちなみにロリコンたちがどこから世界樹の種を持ってきたのか、そしてそれが普通(?)の世界樹の種だったのかは、不明なのじゃ。
それと、何のためにユキの身体に埋め込もうとしておったのかも、のう……。
なにせ、ロリコンたちから情報を無理矢理に引き出そうとして、カタリナ殿が拷問した際、彼奴らの頭に魔力や電流を流しすぎて、少なくない数の脳細胞を殺してしまったゆえ……。
ロリコンもカペラも、記憶の大半を失ってしまったからのう……。
……え?これまでの文でそんな説明、どこにも書いてなかったじゃと?
い、いや、一応書いたつもりなのじゃ?
当時の妾が錯乱して、マトモに文が書けておらんかった可能性もあるがの?
書いた記憶だけはあるのじゃ。
……自信は無いがの?




