8.6-01 山越え1
雪の中を進むために、4馬力(?)になっていたワルツたちの馬車。
その御者台の上で――
「調子良さそうだな?ハナコとコハナ、それにタロウとジロウ?」
「「「「ヒヒィン!」」」」
「……ロリコン。お前、やっぱり、馬と会話できるだろ?」
今日もロリコンとカペラが、馬車を引く馬たちを、後ろから嬉しそうに眺めていた。
まぁ、カペラの方は、馬たちではなく、ロリコンの方に、疑念の色を含む視線を向けていたようだが。
そんな彼らが、アルバの町を放棄して出発したのは、今から1週間ほど前のこと。
その間、一行は、ただの一度も、別の町を通過していなかったりする。
国土が円形状に広がっていたボレアスの主要な街道は、国の中央にあるビクセンから、東西南北に向かって十字に広がる作りになっていて……。
その道沿いに大きな町が点在する配置になっていた。
そんなボレアスの国土に南部から入ったワルツたちは、途中まで北上してから、太い街道を外れて真西に向かい始めたので……。
その太い街道沿いに位置する主要な都市を通過しないどころか、近づきすらしなかったのである。
なお、途中で2回ほど、小さな集落の近くを通りかかったのだが、一行の人数が人数だったこともあって、そのまま素通りして、まったく立ち寄っていなかったりする。
そんな旅路に参加するメンバーは、この1週間で、大きく変わっていた。
まず、業務を投げ出してビクセンに来ていたコルテックスは、王都で放置されていたアトラスが本気で怒り始めたために、ミッドエデンへと戻っていた。
また、その際、ユリアも、シルビアたちに同じような理由で呼び戻されていて、ここにはいない。
ただし、ローズマリーだけは、未だワルツたちのところに留まっていた。
というのも、ここまでの路程の中で一緒に行動しているうちに親しくなっていたルシアたちが、ミッドエデンに戻らなかったので、ローズマリーの保護者であるユリアが、彼女に寂しい思いをさせまいと、ここに留まるように、と計らったのである。
……というのは表向きの理由で。
ミッドエデンに戻ったユリアに、ローズマリーのことを構っている時間がすぐには用意できなさそうだったことが、本当の理由だったようだ。
その他、カタリナも、エネルギアの中にある本来の持ち場へと戻っている。
彼女の場合は、あまり長い間、リアの側を離れられないのだ。
いつ、意識不明のリアの容態が変化するとも限らないのだから……。
その代わり――
「雪ですねー」ぽー
暫くの間、エネルギアの中で、カタリナやテンポにこき使われて、精神も肉体もボロボロになっていた(?)ユキが、カタリナと入れ替わる形で、ここへとやってきていた。
そしてもう一人。
「主よ?知っておるか?ギアちゃん殿の操縦桿を操作すると、こう、ビュゥン、なのだ!」
「いや、うん。全然分かんないかもだね」
エネルギア内で操船技術を学びつつ、その一方で、空を効率よく飛ぶための知識をエネルギアへと教えていた飛竜も、馬車の中へとやってきていたようである。
「ドラゴンちゃん。ギアちゃんの操縦にはもう慣れたかもなの?」
「いや、これがまた、奥が深いのだ。雲の上を飛ぶ分には、自由に飛べるのだが、谷の隙間を飛んだり、着陸したりする時の操縦は、未だ慣れん。どうも地面に吸い付くような、妙な感覚が抜けぬのだ。普通、逆のはずなのだが……」
「ふーん。ちなみにドラゴンちゃん、ギアちゃんのこと操縦して、いつもどんなことしてるかもなの?」
「ふむ……。例えばな……この前は、山で訓練中に遭難した兵士たちを助けに行った。その前は、ノースフォートレスの修復のために、大量の物資を運んだな。あ、あと、ギアちゃん殿の中にあった食料がダメになりそうだったゆえ、コルテックス様に交換を命じられたこともあったぞ?」
「そっかー。ドラゴンちゃんも、大変だったかもなんだねー」
「そんなことはない。主の方も大変な目に遭っていたと、ゆーしゃ殿に聞いたが?」
「んー、イブ自身はそうでもないかもだよ?町にいて襲われた時も、気付いたら全部終わってたかもだし……。まぁ、馬車で移動する間は、振動で尻尾が千切れそうになってるかもだけどね……」
そう言って、自分で作った座布団の位置を調整するイブ。
彼女たちが乗った馬車は、雪の上を移動するために、今はタイヤの代わりにソリがついていたので、それほど振動は酷くなかった。
それでも時折、地面の凹凸のせいで激しく打ち上げられることがあったり、床が冷たかったこともあって……。
皆で座布団を作って、その上に座っていたようだ。
なお、その材料は、アルバの町で狩りを行った際に採集した魔物の素材だったりする。
その座布団は、一つ一つが、使う本人によって作られたものだったわけだが……。
そんな中、妙にクオリティーの高い座布団を作って、そしてその上に鎮座する者の姿があったようだ。
「……ルシア嬢?お主、意外に、手先が器用じゃのう?」
と、ルシアの座布団に視線を向けながら、そんな評価を口にするテレサ。
すると、今日もテレサの隣りにピッタリと座っていたベアトリクスが、納得げな表情を見せながら、その言葉に同意した。
「えぇ、私もそう思いますわ。オリージャにいた時は、お稽古で裁縫を習っていましたけれど、私の技量では、どう頑張っても、ルシアちゃんのようには上手く縫えないですわ」
「そっかなぁ?このくらいなら、少し慣れれば、誰でも出来ると思うよ?まだ、刺繍とか入れてないし……」
「えっ……ルシアちゃん、刺繍もできるのですの?」
「うん。例えば……このポシェット。できるだけ無地の部分が多いやつを選んで買ってきて、自分で刺繍したんだよ?」
「の、のう、ルシア嬢……?まさかとは思うのじゃが……この稲荷寿司の写真……お主が縫った刺繍だったのかの?」
「うん、そうだよ?中に、お寿司が一杯入ってるからね」
「「?!」」
ルシアのポシェットに描かれた、黄金色の稲荷寿司を繁々と見つめてから、驚愕の表情を浮かべるテレサとベアトリクス。
どうやら彼女たちは、ルシアの稲荷寿司に向ける愛(?)が起こす奇跡(?)の一旦を垣間見てしまったようだ。
とそんな時。
「…………あ゛!?」
不意に表現に困る発音を口から出して、固まるルシア。
それから彼女は、震える手でそのバッグの中を覗き込むと――
「……無い。まだあるけど、無い!」
などと、意味不明な発言を口にし始めた。
「お主、何を言っておるのじゃ?」
「お、お寿司の残量が、あと3日くらいで切れそう!お、お姉ぢゃん!?」
「え?コルテックスに出前を頼んだら?」
「あっ……その手があったね!」
「「…………」」
ルシアの急激な表情の変化について行けなかったのか、微妙そうな表情を浮かべるテレサとベアトリクス。
すると今度は、その会話を聞いていた狩人が、苦笑しながら口を開いた。
「ごめんな?ルシア。本当は、今すぐ作ってやりたいところなんだが、ここじゃ、米も酢も、お揚げも手にはいらないんだ。今度、どこか街に着いたらたくさん作ってやるから、それまで我慢してもらえるか?」
その言葉を聞いて、ルシアは嬉しそうな表情を浮かべるのだが……。
すぐに、その表情を変えて、どういうわけか複雑そうな反応を見せ始めた。
「(狩人さんがお寿司を作ってくれるのは、すごく嬉しいけど……3日以内にどこか町に付かなかったら、お寿司が底を付いちゃうよね……。なら、お姉ちゃんが言ったようにコルちゃんに出前を頼む?でも、狩人さんがせっかく作ってくれるって言ってるし……)」
そして、次第に暗くなっていくルシアの表情。
そんな彼女が何を考えているのか分かったのか、テレサが口を開いた。
「のう、ルシア嬢?お主、寿司を我慢する、という選択は無いのかの?」
するとルシアは、暗い表情を浮かべながら、テレサに対して逆に質問する。
「じゃぁ、テレサちゃん?一つ聞くけど……今ここからお姉ちゃんが急に居なくなったらどうする?」
「……たとえ異次元に消えてしまったとしても、絶対に追いかけるのじゃ。そう、絶対に、の!」ゴゴゴゴゴ
「でしょ?」
「あんたたち、何わけ分かんない話をしてるのよ……」
どうして稲荷寿司の話から自分の名前が上がって、そのうえ会話が成立しているのか理解できず、ジト目をルシアたちに向けるワルツ。
そんな姉に対して、ルシアは言った。
「お姉ちゃん。今、私の心の中にあるこのジレンマを綺麗さっぱり解決するためには、3日以内にどこか町に着かないとダメだと思う!」
「は?」
「だから……村でも町でもいいから、お寿司の材料を買いに行きたいんだけど…………ダメかなぁ?」うるうる
「…………はぁ」
首を傾げながら、上目遣いで問いかけてくるルシアを見て、疲れたような表情を見せるワルツ。
とはいえ、旅に必要になる消耗品が切れ掛かっていたのは事実だったので……。
ワルツは、経路上にある最寄りの町か集落へと、立ち寄ることにしたようである。
注:妾の意見ではないのじゃ?
――――――
狐が稲荷寿司を好んで食べるという話が実しやかに語られておるじゃろ?
……あれは嘘じゃ。
お揚げに文句はない。
中に入っておる具も、それにご飯も、良いと思うぞ?
じゃがな?
酢はいらぬ……そう、酢はいらぬのじゃ!
鼻の中をツーンと通り抜けるあの酢の臭いが、ワシには辛くて堪らん。
すべての狐が同じとは言えぬやも知れぬが、少なくともワシはそう思っておる。
――――――
以上、某、居候狐の意見なのじゃ。
まぁ、どうでも良いがの。
そう言えば最近、美味しい、と思う稲荷寿司に出会っておらぬのじゃ。
それもこれも、ルシア嬢やアメのせいで、妾の稲荷寿司の基準が、おかしな高さまで押し上げられておるせいかも知れぬのう……。
たまには、あの神社前の店まで行って、寿司を買ってこようかの。
ちなみに妾個人としては、邪道かもしれぬが、上にアナゴの蒲焼きが乗っておるやつが好きなのじゃ?
そのせいで、ぷれーんが好きなルシア嬢たちからは、白い目で見られるのじゃがの……。




