8.5-29 流れ29
そして、皆が出発の準備を終えた後。
荷物を馬車へと積んで、町の外へと向かおうとするワルツたち。
今、このまま町を抜け出すと、この町はほぼ無防備な状態になってしまうので……。
ワルツたちは念のため、ここにポテンティアと賢者、それに剣士を置いていくつもりだったようである。
そんな彼女たちが馬車を走らせると、町の正門に差し掛かったところで、止められてしまった。
馬車を止めたのは、ヌルとユキBの2人である。
彼女たちは、この町の執政に関係する仕事が残っていたので、ここまで別行動だったのだが……。
ワルツたちと共にこの町を離れる予定になっていて、正門前で待ち合わせる事になっていたのである。
つまり彼女たちは、最初からここで、ワルツたちの馬車に、乗り込む予定だったのだ。
……しかし、である。
そこで待っていたのは、ヌルとユキBの2人だけではなかった。
他に、賢者、剣士、それにポテンティアの姿もあって……。
皆、見送りにやって来た、といった様子ではなく、どういうわけか、旅支度を済ませた格好をしていたのである。
まるで、ワルツたちと共に、この町を離れようとするかのように……。
それを見たワルツは、そこにいた5人に対し、事情を問いかけようとした。
だが、彼女が質問を投げかける前に、逆に答えの方から、姿を現したようである。
ゾロゾロゾロ……
同じく旅支度を終えた町の人々が、大量にワルツたちの馬車の周囲へと集まってきたのだ。
路地裏にも大量に人々が並んでいて、すべての人々を見通すことはできなかったが、その数、およそ3000、と言ったところだろう。
……要するに、町の人々全員が、その場に集まってきたのである。
「……何これ」
「皆、ワルツ様に付いていくようです」
「は?」
ヌルから返ってきた言葉の意味が飲み込めず、目を点にして固まるワルツ。
そんな彼女に対し、ヌルが事情の説明を始めた。
「そうですね……まずは、この町にやってくる前に出会った難民たちのことから説明をしましょう。彼らは、私たちがこの町を出発する際、最初から一緒に付いてくるつもりだったようです」
「え?せっかく家に帰れたのに?なんで?」
「加害したにも関わらず、食料を施してくれた上、戦い方や食料の確保の方法を教え、更には子どもたちに知識を与えてくれた……。そんな方々に、これから一生を尽くすのは道理、などと言っているようです」
「なん……」
「次に、冒険者の者たちです。彼らもまた、難民たちとほぼ同じ理由で、食べ物が無くて困窮していたところを我々に救われた、と感謝しているようです。一緒に付いてきて恩返しがしたい、と言っています」
「彼らには別に何もしてないじゃない……。魔物を狩ったのは、彼ら自身の力なんだし……」
「いえ、その狩りの方法を教えてくれたことに感謝しているようです」
「あ、そう……」
「あと、他の者たちは、冒険者が我々についてくるということで、この町が見捨てられるのではないかと懸念して、共に町を離れることを決めたようです」
「ポテンティアが町を守ること、伝えなかったの?」
「説明はしましたが、どのように守るのか見ていないので、信じられなかったようですね」
「あー、コルテックスが魔法の実験で、戦車を全部破壊しちゃったからか……」
「その関係で、兵士たちは、民を守るためについてくるようです。彼らが守るのは町ではないのですから」
「まぁ、そりゃそうでしょうね……」
「あと、商人たちは、我々と行動したほうが得すると……」
「それは、ちょっと、いただけないねー」
「「「えっ……」」」
ワルツの言葉を聞いていたのか、顔を真っ青にする一部の町人たち。
その中に、魔物の素材の買い取りについて話し合った場で見かけた者たち姿があったところを見ると、どうやら今反応した彼らが、件の商人たちらしい。
そんな彼らが乗った馬車には、家財道具や商店の看板らしきものが積まれていて……。
どこか、夜逃げ、といった雰囲気を醸し出していたようである。
その姿を見て――
「冗談よ、冗談……」
ワルツは、いたたまれない空気に屈したのか、笑みがまったく含まれない苦々しい表情を浮かべながら、一応フォローの言葉を口にした。
それを聞いた商人たちは――
「「「はぁ……」」」
安心したかのように、大きなため息を吐いたようだ。
彼らもまた、死ぬか生きるかの瀬戸際で、生活していたのだろう。
「あとは、市民が皆がいなくなるので、この町にいる必要が無くなった冒険者ギルドなど、各種ギルドの者たちも付いてくる事になって……。気付くと、全員、我々に付いてくることになった、というわけです」
「まぁ、予想はしてたけどさ……」
目の前の現状に、思わず眉を顰め、腕を組んで、そして考え込むワルツ。
とはいえ、彼女は、この展開を想定していなかった、というわけでもなかったようである。
それからワルツは、顔を上げると、馬車の中にいたコルテックスに対し、短くこう口にした。
「……コルテックス?プランBで」
「プランB〜?ありませんよ〜?そんなm」
「……この世界の人たちが理解できないネタは要らないからね?」
「面白くないですね〜。まぁ、人命が掛かっているので、ふざけている場合ではありませんかね〜。まぁ、プランBなんて名前のものは無いですけれど〜……」
それからコルテックスは無線機を取り出すと、その向こう側に向かってこう口にした。
『エネルギアちゃん?人目を気にしなくていいので、ここに来て下さい。それも今すぐに〜』
その瞬間――
『?!』
と、無線機越しに聞こえてくる、言葉では表現し難いエネルギアの反応。
その様子には、何処か後ろめたさが含まれていて……。
どうやらエネルギアは、コルテックスの声を聞いて、どういうわけか震え上がってしまったようである。
◇
……そして30分後。
天上で輝く、2つの太陽たちを遮るようにして――
ゴゴゴゴゴ……
空中戦艦エネルギアの300mを超える巨体が、その場に姿を見せた。
それを見て――
「「「…………」」」ぽかーん
と口を開けながら、宙に目を向けて固まるアルバ市民たち。
その様子は、未確認飛行物体に魂を持っていかれた、と表現しても過言ではなさそうである。
そして、間もなくして――
ズゥゥゥゥン!!
という轟音と共に、雪煙を上げながら、平地に着陸するエネルギア。
その際、少々、ハードランディング気味だったのは、操船するエネルギア自身が焦っていたためか。
実際――
『は、犯人は、ゆーしゃです!』
「もがぁぁぁぁ?!」がくがく
――ロープでぐるぐる巻きにされた上、猿ぐつわを付けられた勇者を連れて、青い顔をしたエネルギアがやってきた。
その際、エネルギアだけでなく、飛竜も一緒にやってきたようである。
というより、勇者のことは人型の飛竜が引きずって、そしてその後に身を隠すかのように、エネルギアもやってきた、と言うべきか。
そう、何かを恐れているかのように……。
「……あの娘たち何やってんの?」
「それは〜……やはり、アレだと思います。言葉に出せないタイプの危険な遊びですね〜」
「あんたが言うとなんか、ただのイジメをしてるようにしか聞こえないわね……」
「失礼な〜……」
と、姉から向けられた言葉を聞いて、ぷんぷん、と不満げに頬を膨らませるコルテックス。
ワルツたちがそんなやり取りをしているうちに、その場へとエネルギアたちが近づいてきた。
そしてあと10mほどの距離までやって来たところで、エネルギアは機敏に身体を動かすと……。
その場にいた剣士に向かって飛び込み、そしてスイングバイの要領で、彼の背中へと隠れてしまった。
それから今度は剣士のことを盾にしながら、彼女はワルツたちに向かって問いかけた。
『もしかして、お姉ちゃんたち……怒ってる?』
「え?何を?」
『勝手に、ゆーしゃのことをリアさんに会わせたこと……』
「いえ?別に?むしろ、たまには会わせたほうが良いかな、って思ってたくらいよ?」
『……本当?』
と、疑り深い様子で、確認するエネルギア。
するとワルツは、ん?、と考えた後で……。
急にこんなことを言い始めた。
「そうねぇ……。昨日、言いつけを破って、こっちに来たことについては、怒ってもいいかもしれないわね?どーせ、また、剣士に会いに来たんでしょ?」
『う、うん……ビクトールさんに呼ばれたから……』
「ちょっ?!……あ、あぁ……俺が呼んだ。勇者を無理やりリアに会わせるためにな……」
「まぁ、そんなことだろうと思ってたけどね。じゃぁ、さ?エネルギア」
ワルツはそれから、まるでそれがペナルティーだと言うかのように、エネルギアに向かって、こう口にした。
「この人たちを、リーパの町まで送ってくれたら、昨夜のことは帳消しにしても良いわよ?」
『え?本当?』
「うん。剣士に誓って」
「俺に誓っても何の意味もn」
『うん!分かった!』
剣士、という言葉に反応したのか、明るい表情を浮かべて頷くエネルギア。
それから彼女は、何人かの仲間たちと、戸惑うアルバ市民たちを乗せて……。
そして再び、空へと飛び立っていった。
その行き先は、一部が大きく削られた山脈のむこう側にある、ボレアス最南端の町、リーパである。
つまりワルツたちは、身の危険を感じて町から避難することを選んだ彼らのことを、比較的安全なこの国の南方へと疎開させることにしたのだ。
まさか、彼らのことを、いつ襲われるとも分からない自分たちの近くに置いておくわけにもいかないのだから……。
◇
そしてエネルギアが去った後。
ワルツは、その場から去りゆく白い巨体にを眺めながら、おもむろに呟いた。
「……なんで、全員で一緒に行ってくれないのかしらね……」
と、遠い視線を、空の彼方へと向けながら、疲れたような表情を見せるワルツ。
なぜならそこに、少なくない数の町の人々が残っていたからである。
それも、町に愛着があって残るわけでも、飛行艇が怖くてエネルギアに乗れなかったわけでもなく、ワルツたちに付いていくと言って聞かなかった者たちが。
「皆さん、それだけ、ワルツ様のことを信頼しているということではないでしょうか?」
「信頼されるようなこと、何にもしてないけどね……いや、ホントに」
「そうですか?皆さん、そうは思ってないみたいですよ?」
「っていうか、みんな、私じゃなくて、食料を分けたり、狩りの方法を教えたりした狩人さんのことを信頼してんじゃないの?」
「…………そうですかね?」
「いや、間違いなくそうだって……」
飽くまでも自身のことを一番にしたさそうなユリアの発言を聞いて、ワルツは腰に手を当てながら大きなため息を吐くと……。
その場にいた物たちに対して、確認の言葉を投げかけた。
「あなたたち!もしも途中で脱落するようなことがあっても、私たちは責任持たないわよ?そこんところ、ちゃんと覚えておきなさいよね?」
それに対し、
「「「…………」」」こくり
と頷く、およそ700人ほどのアルバの町の人々。
その大半は、元難民の者たちで……。
その他、兵士たちや冒険者たち、それに一部には商人たちの姿もあったようだ。
「はぁ……これ、ボレアスから帰る時、どうすんのよ?このままだと、どこまでも付いてきそうよね……」
「ヌル様に引き取ってもらう、という手もあるのでは?」
「うん、そうなんだけどさ……。それで諦めてくれると思う?」
「…………」
「なんでそこで無言になるのよ……」
「さ、さて、行きましょうか」
「はぁ……」
そして、どこかゲッソリとした表情を浮かべながら、再び馬車に乗り込むワルツ。
こうして彼女たちは、ビクセンへと向かう路程を一旦方向転換して、ボレアスの西の端にあるという、ユリアの実家――シャッハ家が治める土地へと、馬車を走らせ始めたのだ。
詰め込みすぎたような気しかしないのじゃ……。
書くべきことと、書かなくても良いことの取捨選択が難しいのじゃ……。
いや、単に話が2話ほど圧縮されておるだけかも知れぬがの?
この町にポテを置いていくつもりだった話とか、の。
……おっと。
文量がワカメ並みに増えすぎて、あっぷろーどがかなり遅くなってしまったのじゃ。
ゆえに、今日は、早々に駄文を切り上げようと思うのじゃ?
なお、次回からは、8.6章に突入するのじゃが……ちょっとだけ原点回帰でもしようかと思っておったり思わなかったりしなくもないのじゃ?
まぁ、大したことを書くわけではないがの?




