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8.5-24 流れ24

「…………」げっそり


「(あの……ワルツ様?大丈夫ですか?)」


「う、うん…………大丈夫……」げっそり


「(全然、大丈夫そうに見えないですけど……)」


今にも消えて無くなりそうなワルツの返答を聞いて、心配そうな視線を彼女へと向けるユリア。


そんな彼女たちが座っている席と机を挟んで反対側には――


「アルバの町の商人ギルドのトップを努めます、ケネスと申します。本日は、私が商人を代表して、素材や食料の買い取りの進めさせていただきたく思います」


と、口にする商人ギルドの代表者と、その付添い、それに商人と思しき者たちが、ワルツたちに対し、まるで品定めするかのような視線を向けながら、顔に笑みを貼り付けて、座っていた。

なお、そのテーブルには、冒険者ギルドの男性も同席している。


そんな商人たちの眼を特に集めていたのは、部屋の空気に耐えられなくて、今にも空気に溶けてしまいそうになっていたワルツ、ではなく、この町の暫定執政官であるヌルと、膝の上にいたシュバルを優しげに撫でるカタリナの2人だったようである。

ヌルに関しては言うまでもないことだが、カタリナに視線が集まっていたのは、やはりシュバルが原因だったらしい。

まぁ、見たこともない魔物(?)を愛でているその様子を見れば、何も思わないほうが難しいと言えるだろう。


そんな中、ワルツ側の代表として口を開いたのは、商人たちやヌルがこの部屋に来る前からやる気満々だったユリアだった。

彼女はいつもの雰囲気とは違い、すこし上品な雰囲気を出しながら、その場にいた者たちに向かって、挨拶の言葉を口にした。


「皆様、お初にお目にかかります。今回、私たち『ヴァイスシルト』側の交渉の担当を務めさせていただきます、マーガレット=ジュリアス=シャッハです」


「(え?何言ってんの、ユリア?あぁ……そういえば、私たち、偽名を使ってたのよね……)」


と、ユリアの本名を知らなかったために、彼女が口にした名前を偽名だと思い込んだワルツ。


一方、彼女のその名前は、その場にいた商人たちにとって、特別な意味を持っていたようだ。


「ジュリアス……シャッハ……?まさか……」

「シャッハ家の令嬢か?」

「いや、マーガレットという名の女性は聞いたことが無いぞ?」


『シャッハ』という名前に反応して、ざわつく商人たち。


それを見たワルツは、怪訝な表情を浮かべながら、隣りにいたユリアに対して、小声で問いかけた。


「(ちょっと、ユリア?あんたの偽名、誰かと勘違いされてるわよ?)」


「(え?いや、違いますよ?マーガレットの方が本名です)」


「……は?」


「(実は、シャッハの名前は、この国であまりに有名過ぎて、普段から使ってると、いらない波が立つんですよ。なので、普段はミドルネームを名乗ってるんです)」


「(えっと……ジュリアス(Julius)?)」


「(実はそれ、父の名前なんです。その名前を女性名にするとジュリア(Julia)で、同じ(つづり)で発音を変えると『ユリア』、ってわけです)」


「(はーん…………って何?もしかして貴女も、実は貴族だったわけ?)」


とワルツが小声で事情を問いかけようとしたところで、ケネスと名乗った男性が机の向こう側で口を開く。


「なるほど……。魔王シリウス様を語る女性に、シャッハの名を名乗る女性、それに……ビクセン様似の女性ですか……。実に興味深い組み合わせですね……」


「(おっと?私のことはスルー?全然(ぜんっぜん)かまわないわよ?)」


皆の視線が、自分に向いていないことを良いことに、姿を消そうかどうかを本気で悩むワルツ。

だが、そんな空気の読めなさ過ぎる行動は、流石の彼女にもできなかったようで……。

ワルツはとりあえず、げっそりとした表情を浮かべたまま、置物のようにその場で静かに座っていることにしたようである。


すると今度は、ヌルが口を開く。


「ワルツ様はお忙しい方ゆえ、手短に要件だけ伝えよう。アルバの町が代表して、食料を買い取るゆえ、貴殿らの出る幕は無い!引き取られよ!」


「(よく分かってるじゃない?ヌル)」


ヌルの言葉を聞いて、ワルツが嬉しそうに少しだけ眼を細める一方。

同じく商人たちは――


ざわざわざわ……


驚いたような表情を浮かべて、戸惑った様子を見せた。

寝耳に水、といったところだろうか。


とはいえ、全員が全員、反応したというわけでもなく……。

半分以上の者たちには、大きく表情を変えた様子は見られなかったようである。


その理由を、ケネスが口にする。


「えぇ。貴女様がここにおられることから、大体の予想は付いておりました。しかし、アルバの町が買い取るのは、飽くまでも食料の方だけではないでしょうか?」


つまり、商人たちは、この町の暫定執政官であるヌルが、ワルツたちと浅からぬ繋がりがあることを知っていて、その上で品物の買い取りのプランを練ってきていたのだ。

この様子だと、他にもいくつかのプランを用意しているのではないだろうか。


「ふん。確かに、町が買い取るのは、肉や野菜だけだ。皮や牙などの素材に関しては、民の腹が膨れない以上、予算の対象外ゆえ、買い取ることはできんだろう」


「では、その代わりに、私たちが素材を買い取ることにしましょう。それが貴女様にとっても、我々にとっても、両方が納得できる良い結果に繋がるはずですから」


「…………好きにするが良い」


そんなヌルの言葉を聞いて、今一度、にっこりと笑みを浮かべると、大きな羊皮紙に書かれた見積書を、机の上に広げる商人ギルドのギルドマスター、ケネス。

彼が開いた羊皮紙には、初めから魔物の肉などの食料品が引かれた買取り品一覧が書かれており、まさに買い取り準備万端、と言った様子である。


「内訳を確認させて頂きますがよろしいでしょうか?」


「えぇ、そのための一覧ですから、どうぞお手にとってご確認下さい」


「では、拝借いたします」


ユリアはそう言って羊皮紙を手元に引き寄せると、それをワルツの前に置いて、確認を始めた。


「(どうします?ワルツ様。ここに書いてある内容をパッと見た感じですと……所々に相場より高めの金額で買い取ってもらえる品があるようです。ですが、全体を平均すると、相場と同じくらいの金額になるように書かれているみたいですね)」


「(どうするかって……ユリア的には、これで良い、って考えてるの?私には相場が分からないからなんとも言えないけど……貴女が良いっていうなら、それで良いんじゃないかしら?)」


「(そうですね……分かりました。ちょっと考えてみます)」


ユリアは小声でそう口にすると、


ピラッ……


アイテムボックスから、A4のコピー用紙を5枚ほど取り出して。

そこに愛用の万年筆で数字を書き始めた。


その様子を見て……


「「「?!」」」


と、全員揃って驚愕したような表情を見せるその場の商人たち。


ミッドエデンでは、コルテックス主導による製紙工業が発達していて、コピー用紙など珍しくもなんともなく、普通に流通しているものだったが……。

商人たちにとっては、透き通るように白く、そして平坦なその()()()()()、金箔か何かのように見えていたらしい。


それだけでない。

ユリアが使っていた万年筆もまた同じだった。

ある程度書く度に、インクに漬ける必要のあったこの世界の一般的なペンとは違い、長く、一定の太さで、延々と書き続ける事のできる、インクタンクを内蔵したその万年筆は、商人たちにとっては、まるで金の延べ棒のような存在に見えていたようである。

証人の中には、機能性と美しさを両立したそのペンの姿に眼を奪われて、実際に涎を垂らす者までいたようだ。


しかし、ユリアがそれに気付くことはなく……。

彼女は、コルテックスから教わっただろう現代世界の数式を紙の上に描いて、品物が実際に市場に出回った際にどの程度の金額で売買されるかを算出した。

そして、それを書き終わると、紙を商人たちへと差し出しながら、こう口にしたのである。


「……そこに書かれている金額が、商人様方が市場で商品を売却される際の予想金額となります。もちろん、輸送費、人件費、光熱費などの諸経費を含んだ金額です。それを踏まえた上で、私たちが提示する素材の売却金額は、そこに書かれている金額に対し……手数料込みで、7割5分掛けが妥当ではないでしょうか?」


その言葉と、そこに書かれた金額の妥当性を見聞きして――


「「「…………」」」


グウの音も出ない様子の商人たち。

どうやらその数値は、彼らが予想した金額と、殆ど誤差なく同じだったようで、反論のしようがなかったようである。


あるいは、そこに書かれていた数式の美しさに、眼を奪われていた可能性も否定はできないだろう。

ただの四則計算だけでなく、べき乗、平方根、対数などなど……。

この世界には存在しないはずの数式が、自分たちの皮算用を、正確に再現していたのである。

普段から数字と戦うことが仕事の彼らにとっては、高級なペンや真っ白な紙、あるいは買い取る予定の素材などよりも、その数式のほうが、遥かに価値の高い代物だったに違いない。


それさえあれば、未来の市場の動向すらも、ある程度、予測が立てられてしまうのだから……。



平方根や対数を市場の予測で使うかどうかを考えたのじゃが……二次関数の解を求めたり、逆数の微分を求めたりするのに使うことを考えると、やはり使うかも知れぬ、という結論にたどり着いたのじゃ。

まぁ、べき乗はよく使うじゃろ。

平方根も1/2乗なわけじゃからのう。


妾は良く平方根を使うのじゃ。

例えば、外で雷や花火が鳴ったとするじゃろ?

それが光った角度θ[rad]と、音が到達するまでの時間t[s]、それに1013[hPa]における音速の近似式v=331+0.6*t[m/s]を使って、h=v*t*sinθ[m]から、高度を計算してみたり、の。

ちなみにl=v*t*cosθ[m]で、水平方向の距離が求められるのじゃ?

でどこで、平方根を使うのかというと、v*t=sqrt(l*l+h*h)……あれ?あんまり使わない?おかしいのう……。


それが一体何に使えるのか……。

何にも使えない……と考えてしまったら、人生そこで終わりなのじゃ?


例えば、雷に限定して考えるなら、雷雲までの詳細な距離が分かるのじゃ。

後は周辺地域の地形と、風向きさえ頭に入っておれば、雨が後どの位で降ってくるのか、ほぼ完璧な予想が付けられるのじゃ。

まぁ、昼間なら別に見りゃ分かるやもしれぬが、真っ暗な夜になると、そうも言ってられないからのう。

特に山で星を見ておったりして、急に雨が降られた日には……もう、びっしょりな狐にしかならぬのじゃ……。


はぁ……。

妾は一体、何を書いておるのじゃろうかのう……。

本当は2点間の距離を求めるのに使える、と書きたかったはずなのにのう……。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 827/1781 あとがき ・妾が光の到達時間を観測できるのかと思ったけど v*t=sqrt(l*l+h*h) なんですねw l*l+ の解説プリーズ!
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