8.5-21 流れ21
「…………」がくぜん
「…………」にっこり
「え、えっと、カタr……ビクセン様には、ボレアス帝国法第54条は適用されませんが、特例として、口外することを禁じてもいいですか?」
「いや、相手に聞いてどうすんのよ……」
考えうる中で、1番か2番くらいに悪い結果が出たことに、動揺が隠せない様子のワルツたち。
中でも一番混乱していたのは、カタリナ本人ではないだろうか。
「ど、どうする?このままでジョブを登録……ひぃっ?!」びくぅ
「……登録?どんなジョブを私のカードに登録するというのですか?」ニコォォ
「え、えっと、カタ……ビクセン、さん?このおじさんが悪いわけじゃないんだし、ここは大人しく引き下がりましょ?私だって、魔神どころか、ただの荷物持ちだったんだし……」
「はぁ……。この名前にした報いですかね……」
自業自得とも言うべき状況に、行き場のない感情を、ドス黒いオーラとして放つカタリナ。
そんな彼女の見た目は、紛うことなき魔王である。
「ううん、そんなことないわよ。偶然よ、偶然……(多分……)」
「はぁ……出てしまったものは仕方ありません。名前と合わせて、話のネタとして使うことにしましょう。そのまま、魔王で登録していただいて結構です」
「お、おう……」
今まで、自称『魔王』を語る恥ずかしい冒険者たちのことを見たことがあっても、鑑定の台の結果に『魔王』と出るのを見るのは初めてだったのか、どこかぎこちない様子で、情報を登録していくギルド職員の男性。
もしもこれが平時だったなら、『魔王』と結果が出た時点で、この国の王であるヌルかユキに連絡が行くところだが……。
そうならなかったのは、今が戦時で、その上、正体不明のマーガレットと名乗るサキュバスの女性が、貴族しか知らないはずの法を振りかざしていたためか。
まぁ、ヌルもユキも身内なので、知られたところで大した問題にはならないはずだが。
そんなこんなで、情報を入力し終わったギルド職員の男性が、震える手でギルドカードをカタリナに渡したところで。
いよいよワルツは本題に入ろうとしたのだが――
「……すみません。一つ、質問してもいいですか?」
不意にカタリナがそんなことを口にした。
「なん……でしょうか?」
「いえ、今まで通りの喋り方でお願いします。それで、質問というのは……」
そう言うと、羽織っていたローブのボタンを外し、さらにその内側にあった白衣の裾を広げるカタリナ。
一見すると、艶めかしい行動のようにも見えていたが、実際にはそうではなく。
そこから、
ニュルニュル
と、名状しがたい物体が姿を見せた。
黒い影のような身体を持つ、シュバルである。
カタリナはそんな彼のことを両手で掴むと、そのままギルドのカウンターに置いて、こう口にした。
「ついでにこの子のことも登録したいんですが……」
「ぶっちゃけてるわね、カタリn……じゃなくて、ビクセン……」
「はい。腹いせです」
「本当にぶっちゃけてますね……」
と、完全に開き直った様子のカタリナへと苦笑を向けるワルツとユリア。
一方、冒険者ギルドの男性の方はというと……
「…………」ぽかーん
と口を開けながら、放心していたようである。
まぁ、どこからどう見ても邪悪そうな魔物にしか見えないシュバルを、急に目の前に出されれば、現実逃避したくなっても仕方のないだろう。
だが、そこは、冒険者ギルドの職員。
若かりし頃は彼もまた、冒険者だったのだろう。
目の前にシュバルを出されてから10秒ほどで、彼はどうにか、こちらの世界へと意識を戻すことに成功したようだ。
これがもしも、魔物に慣れていない者だったなら、その異様な雰囲気を前に、その場から即刻、逃げ出していたのではないだろうか。
「何だこの魔物……テイムしたのか?」
「いえ、違います。説明するのが難しいところですが……我が子だと捉えていただけると助かります」
「我が子って……」
「もちろん、冒険者として登録してもらえますよね?」にっこり
「いや魔物は……」
「……我が子です」ゴゴゴゴゴ
「?!」
『我が子』と口にした瞬間、表情から笑みが消えたカタリナを前に、冷や汗を掻く男性。
その際、空気を読んだシュバルが、どうにか自分の形状を、人の赤子に近づけようとしていたようだが……。
頭から生えた触手(?)とその身体の色までは、どうにもならなかったようである。
「……まぁ、いいだろう。だが、一つだけ条件がある」
「何でしょうか?」
「人に準じる知性が認められなければ、『人間』として登録することはできん。それは分かってもらえるか?」
その発言は、男性――ひいては冒険者ギルドにとって、ギリギリの妥協案だった。
本来、魔物は、冒険者として登録できず。
ギルドカードに情報が載っても、誰かによって『テイムされた魔物』としてしか登録できなかったのである。
ただ、まったく抜け道が無い、というわけでもなかった。
多種多様な種族が生活するこの世界においては、見た目が人間に見えない種族も、数多く存在していたのである。
例えば、『ゴーレム』という種族。
彼らは高度な知性を持っていたが、その見た目はてんでんばらばら。
石のような硬い物質で出来た身体を持っている以外に、特徴的な共通点はなく……。
むしろ、人とはかけ離れた姿をした者たちの方が多い種族だった。
しかし彼らは、冒険者として登録することができた。
それは単に、『人間』と同じような知性を有していたからである。
つまり、シュバルも、人と同じような知性を持っていることを証明できれば、この世界では『人』として認められ、冒険者になることも不可能ではなかったのだ。
極端な話を言えば、飛竜や水竜、ポチ、エネルギアやポテンティア、それにワルツも、その例の一部であると言えるのだから。
「えぇ、分かりました。では、どのようなことをすればいいのでしょうか?」
「言葉を話せれば手っ取り早いが、見た限りだとそれは難しそうだからな……。あるいは、新規登録の申請書類に自分の名前が書ければ、まず問題になることは無いだろう。魔物なら、まず書けないはずだからな。ちなみに、もう身分証を持ってたりしないよな?その場合は、誰かが『人』として認めてるってことだから、冒険者ギルドとしても、そのまま認めることになるが……」
「いえ、まだ作っていません。ですが……書類にサインするくらいなら、問題なく書けると思いますよ?」
「「「えっ……」」」
「……どうしたんですか?ワルツさんとユリ……マーガレットさん。そんな驚いたような表情を浮かべて……」
「いや、シュバルが文字を書けるなんて、今まで知らなかったから……」
「私だって今日初めて知りましたよ……。シュバルちゃん、まだ生まれたばかりですよね?成長が早いんでしょうか?(生後3ヶ月くらい?)」
「毎日、ワルツさんから教わったことをシュバルちゃんと一緒に復習していたら、いつの間にか書けるようになってたんですよ。すごいですよね、シュバルちゃん」にっこり
「…………」にゅる!
「「へー……」」
「というわけで、新規登録の書類をいただけますか?」
「……わかったよ」
そう口にして、渋々といった様子で、カウンターの下から書類を取り出す男性。
するとシュバルは、皆の会話の内容を理解していたのか、目の前にあった紙とペンを触手で掴むと――
「…………」ごくり
体内に取り込んでしまった。
「「「ちょっ……」」」
「いえ、いいんです。これで」
「え?何が?」
「まぁ、見ててください」
そう言いながら、優しげな微笑みをシュバルへと向けるカタリナ。
するとしばらく経って――
「…………」にゅる
シュバルの頭部(?)に当たる場所から、飲み込んだはずの紙とペンが現れた。
そして彼は、それを元あった通りに、そっとカウンターへと置いたのである。
「すげぇ……。どうなってんだこれ?」
再び現れた紙に綺麗な字で名前が書かれているのを見て、驚愕の表情を浮かべるギルド職員の男性。
ワルツとユリアの2人も、信じられないモノを見た、といった様子で、目を丸くしていたようだ。
「名前は……シュバル=ビクセン?」
「どっかの迷宮みたいな名前ね……」
「あの、ワルツ様?シュバルちゃんって……」
「あー……そういえばそうだったわね」
ユリアの指摘を聞いて、シュバルが誕生したその当時のことを思い出すワルツ。
そう。
シュバルは、この国にあった迷宮から誕生した、子どもの迷宮(?)なのである。
他の迷宮の名前が、プロティービクセンやデフテリービクセン、あるいはスカービクセンと呼ばれていたので、『シュバル=ビクセン』という名前は、ごく自然な名前だと言えるだろう。
まぁ、シュバルが空気を呼んで、カタリナの偽名と自分の名前を組み合わせて、家族のように名乗った可能性も否定は出来ないが。
「……すまねぇな、お前を魔物呼ばわりして。世の中には、まだ俺の知らない種族がいたようだ」
「…………」にゅる!
「いえ、お気になさらずに」
「じゃぁ、ちょっと待っててくれ……」
そう言って、書類を手に取り、ギルドカードの作成に入る男性。
そして次のステップは――
「じゃぁ、シュバルちゃんよ。ここに手を置いてくれるか?」
魔道具を使った、シュバルの適性ジョブの鑑定である。
シュバルという名前……。
今になって考えると、シュヴァリエやシュヴァルという意味以外にも、もう一つ意味があったのじゃ……。
……Pleiades。
妙なめぐり合わせなのじゃ……。
というわけで、シュバルも冒険者になることになったのじゃ。
で、次回はシュバルのジョブ判定なのじゃが……ん゛ー……。
もう、ん゛ー、としか言いようがないのじゃ。
まぁ、ここまで来たなら、何の捻りもなく書くしか無いかのう……。




