8.5-18 流れ18
賢者の見た目は、決して筋肉質な男性には見えない。
読書が好き、という趣味の通り、インドア派の彼は、ほっそりとした人物だった。
そんな彼は、今、ほっそりではなく、それを通り越して、げっそりとしていた。
その理由については、わざわざ言うまでもないだろう。
「……誰?」
同じベッドの中で、一緒に横になっていた少女を見た途端、まるで全身に電流が走ったかのように飛び起き、そして変な体勢で石化したように固まってしまった賢者ニコル。
それからたっぷり2分ほどフリーズした後で、彼はようやくその一言を口にできた。
すると、ボーイッシュな彼女は、ベッドの上に正座すると。
どこからともなく縁の丸いメガネを取り出し、それを掛けて。
そして、無色透明な表情で、賢者の問いかけに、こう返答した。
『おはようございます、賢者様。ポテンティアです。ゆーしゃ様が不在の間、姉から剣士様の護衛を頼まれましたので、誠に勝手ながら、本日より着任させていただきます』
そう口にした後で、ペコリと、丁寧にお辞儀をするポテンティア。
それから彼女は、混乱している様子の賢者に対して、もう一言、追加した。
『なお、僕に、お姉様のような特定の性別はございません。よって、欲情しないようにご注意ください。僕にはそういった趣味はございませんので……』
「しねぇよ……っていうか、勇者の代わりなら、勇者のベッドで寝ろよ……」
と、頭の中が真っ白になっていたためか、言葉が乱れる賢者。
するとポテンティアは、ジト目を賢者へと向けながら、こんな反論を口にする。
『僕はここに、剣士様の護衛のためだけにやってきたわけではありません。僕はあなた――賢者様から、賢者たる者とはどうあるべきかを学ぶためにやってきました。……しかしながら、あなたのことを観察する限り、どうしても、僕の中にある賢者像と、あなたの振る舞いが一致しない……』
「(なら帰れよ!)」
『……ですから、寝食を共にして、賢者とは何たるかを学ぶことにしたのです』
「どうしてそうなる……」
ポテンティアの発言と思考に、大幅な飛躍があることを感じ取ったのか、思わず頭を抱えてしまう賢者ニコル。
しかしそれも、短い時間のこと。
彼は、悩んでも仕方のないことを頭の片隅に追いやると、ポテンティアという名前に覚えがなかったので、彼女の言葉から、彼女が何者なのかを推測することにしたようだ。
……結果、
「はぁ……。もしかしてお前……エネルギアちゃんの妹……いや弟か?」
ミッドエデンの空に浮かんでいた、巨大な2隻の空中戦艦の内、白い方のエネルギアではなく、黒い方の戦艦と何か関係があるところまでは想像できたようだ。
ちなみに。
ポテンティアと賢者は、これが初めての顔合わせ、というわけではない。
確かに、ポテンティアは、ミッドエデンの王都で人の姿に変身したことはないが、サウスフォートレスではその限りではなく、賢者とも何度か顔を合わせた事があるはずだった。
それでも賢者がポテンティアのことを思い出せなかったのは、背後にこんな特別な事情があったからのようだ。
『名乗っても僕の事が思い出せない?もしかして、驚きのあまり記憶障害が…………あぁ、そう言えば、以前お会いした時とは姿が違うので、思い出せないのかもしれませんね。これなら思い出せるでしょうか?』
そう口にすると――
カサカサカサ……
と、まるでパズルが組み変わるかのように、その全身の見た目を変えるポテンティア。
そして次の瞬間、そこに現れたのは――
「少年……?あぁ、確かに、サウスフォートレスで一度会った記憶があるな……」
賢者にも見覚えのある、ルシアそっくりの少年だった。
なお、今の彼の見た目は、ルシアに似ているものの、完全に『少年』だったようである。
どうやらポテンティアが口にした、性別が無い、という言葉は、本当のことだったらしい。
それを見た賢者の頭の中に、なにやら疑問が浮かび上がってきたようだ。
「どうしてお前は、エネルギアちゃんみたいに、決まった姿にならないんだ?」
それを聞いたポテンティアは、どういうわけか眼を伏せると、言い難そうにこう口にする。
『理由は2つあります。1つは、ルシアちゃんに似てると彼女が嫌がるので、できるだけ違う姿になろうとして、試行錯誤した結果です。もう1つの方は……まぁ、言わなくてもいいでしょう。僕自身の問題ですので』
「1つ目の理由だけで十分だ。それで理解した」
と返答して、納得げな表情を見せる賢者。
それを見たポテンティアは、再び姿を変えて、少女の姿へと戻った。
ただし、今度は、下着姿ではなく、室内着を身につけた状態だったが。
「便利だな……」
『便利、と表現するのは、おそらく人間だけです。この服もマイクロマシンで出来ているので、裸と何ら変わりませんから』
そう口にすると、ポテンティアはベッドの縁に腰掛けて。
そして、足の周囲に、マイクロマシンで作った靴を作り上げると、そこに立ち上がった。
それからポテンティアは、賢者に対し、こう口にする。
『それでは食事に参りましょう。実は楽しみにしていたのです。最近、狩人様の作った食事を頂いていなかったので』
その言葉に――
「そうか……。なら今着替えるからちょっと待……いや、そうじゃないだろ!」
危うく、そのまま流されそうになる賢者。
『一体何が、そうではない、なのですか?』
「あのな?ポテンティア。ワルツたちが俺たちのことを見たら、どう考えると思う?朝、食堂で待ってたら、大の男と年端もいかない少女が揃って現れるんだ。変に勘ぐられるのは目に見えてるだろ?特に、お前は、自由に姿を変えられるんだ。ひと目見てワルツたちが、お前のことを、すぐに『ポテンティア』だと認識してくれるだろうか?」
『そう言われてみれば、確かにその可能性はありますね……。流石は『賢者様』です』
「いや、そこで『賢者』の呼び名は出してほしくないんだが?」
『では、こうすることにしましょう』
そう言って再び姿を変えるポテンティア。
ルシアにも似ておらず、そしてワルツたちが見ても、すぐに分かってもらえる姿に、ポテンティアは姿を変えた。
……しかし、である。
それは同時に、賢者にとっても、特別な意味がある姿だった。
もちろん、ここにはいない勇者の代わりに、彼の姿を模した、というわけではない。
あるいは、未だぐっすりと眠っている剣士の姿を模したわけでもなければ……。
賢者自身の姿に変身して、双子の兄弟のように振る舞おう、というわけでもなかった。
では一体、ポテンティアは、どんな姿に変わったのか。
カサカサカサ……
『これなら良いでしょう?』
黒光りする親指大の昆虫の姿に変わったのである。
……それも大量の。
それを見た瞬間、
「!?」ガタン!
全力で後ずさって、後ろにあった机に腰を強打し、しかしそれでも、痛みに堪えつつ、机の上によじ登る賢者。
どうやら今の彼は、絶望的に、その黒い昆虫の姿が苦手だったようである。
『どうされたのですか?』
「いや、ちょっ、そ、それだけは……!」
『……賢者というものは朝起きると、裸に近い状態で机の上に登り、ダンスを踊るものなのでしょうか?』
「ち、ちがっ!?」
『なら、ふざけてないで、早くいきますよ?美味しい食事が冷めてしまいますので』
そう言うと、枕元においてあった賢者の服を、マイクロマシンで作り上げた昆虫たちを使って運び……。
それと同時に、机の上にいた賢者にも取り憑いて、彼のことも無理矢理に運ぼうとするポテンティア。
「や、やめっ……!」
その際、マイクロマシンたちに抵抗できなかった賢者が、何度か、ビクンビクン、と痙攣していたようだが……。
それから間もなくして、急に静かになったようである。
『二度寝ですか?仕方ない方ですね……。起きるまで待っていられないので、着替えさせながら、食堂に向かうとしましょう。……そう言えば、この服はどのように着せれば良いのでしょうか?』
しかし、その質問に返答する者の姿は、そこにはおらず。
結局、ポテンティアは、静かになった賢者へと適当に服を着せて、朝食が用意されているだろう食堂へ向かうことにしたのであった。
なお、その際、ベッドで寝ていた剣士のことを、ポテンティアは完全に放置していたようである。
それは剣士が寝不足であることを知っていたからなのか、あるいは別に特別な理由があったからなのか……。
詳しい理由については、不明である。
まったく、賢者殿も困ったものなのじゃ。
会話しておる最中に2度寝するとは、相手がゴキb……ポテンティアとはいえ、失礼なのじゃ。
……え?一番失礼なのは、妾じゃと?
いや、そんなことは……無いはずのじゃ?
細かいことを気にしてはならぬのじゃ!
まぁ、そんなことは置いておいてのう。
実は今のう……7話くらい先の話で、四苦八苦しておるところなのじゃ。
調子に乗って、真面目な話を書こうとしたら、ネタに詰まってしまってのう……。
1話書くのに、2日掛かっておるのじゃ。
大した話では無いのじゃがのう……。
もうすこしで、どうにか乗り切れそうじゃから、ちょっと頑張ってくるのじゃ!
そのせいで今日は温泉に行けなかったのじゃ……。
明日こそは行けるように、今、頑張るのじゃ!




