8.5-09 流れ9
次の日の朝――いや、早朝。
アルバの町には……
「ふっふっふっふ〜。狩りの時間ですよ〜?」
どういうわけか、まだコルテックスの姿があった。
「あんた、国に帰りなさいよ……」
「いえいえ、ミッドエデンは、アトラスとエンデルスがどうにかしてくれているので、すぐに帰らなくても問題はありませんよ〜?」
「エンデルスって……あんた、隣国の国王に、ミッドエデンを任せてるわけ?」
「まぁ、ミッドエデンもエンデルシアも似たようなものではないですか〜」
「飛行艇飛んでないし、部品を流用してバームクーヘン作ってないし、全然違うと思うけどね?っていうか、あんたのマクロファージは?」
「マクロファージちゃん1号ですか〜?今頃、宿屋の暖炉の上で温まっていると思いますよ〜?あのままで外に居ても凍ることはないですけれど、寒いと身体が固くなって、動くのが大変だったようですね〜。それもこれも、お姉さま方が、マクロファージちゃん1号のために、服を調達してくれなかったせいですよ〜?」
「いや、スライム用の服とか、売ってるわけないじゃない……。っていうか、そう言うなら、あんたがミッドエデンから持ってきなさいよ……」
「おやおや〜?狩りのミーティングが始まるようですね〜?」
「誤魔化したわね……」
話を有耶無耶にしたコルテックスに対し、ジト目を向けるワルツ。
そんな彼女たちは、コルテックスの言葉通り、狩りに出るために町の外にいた。
そこには、狩人の他にも、元難民や冒険者たち、それにアルバの町に務める兵士たちの姿があって、さながら、大捕り物の様相を呈していたようである。
ところで彼らは何故、皆で狩りをしようとしていたのか。
理由は単純。
食糧難だからである。
「っていうかさ、エネルギアの中にある冷凍食品、少し分けてあげたら?」
「分かっていないですね〜?お姉さま〜。まるで分かってない……」
「は?何が言いたいのよ……(っていうか、そのための食料じゃないの?)」
コルテックスが一体何を言いたかったのか分からず、ワルツが怪訝な表情を浮かべていると……。
そんな姉に対しコルテックスは、その場にいた者たちに分からない程度の大きさの声で、こんな返答を口にした。
「いいですか〜?お姉さま〜。これは訓練なのです。この広大な大地に住まう魔物と、そして街に住む人間。どちらのほうが多いと思いますか〜?」
「そりゃぁ……どっちかしらね?」
「魔物ですよ〜?魔物。この地から急に魔物が減ってしまったと言っても、ゼロになったわけではないどころか、人が食べていくのに十分な魔物が、未だこの地には住んでいるのです。その狩り方を教えれば、どうにかなる……そうは思いませんか〜?」
「なんか、将来的に、人も魔物も住まない荒野に変わりそうで怖いわ……」
「まったく〜、またネガティブシンキングですか〜?確かに、いつまでも乱獲を続けていれば、元の世界のように、野生動物がいない世界になってしまう可能性も否定はできませんが〜、そうなる前に酪農や畜産を発達させればいいだけなので、心配する必要など、どこにもありませんよ〜?……それとも何ですか〜?人間という生き物は進歩しない動物だ〜、とお姉さまは考えているのですか〜?」
「いや、そこまでは言わないわよ……」
そう言って、口を尖らせるワルツ。
なお、この世界においては、領土が広大なミッドエデンの一部で酪農が行われているだけで、畜産の技術については、あまり発達していなかったりする。
それには理由があった。
結論から言ってしまうと、家畜として飼っていた動物が、突然変異を起こして、魔物になる可能性が非常に高かったからである。
魔物と動物の違いは、魔力を持っているか持っていないかの違いだけ。
魔法が使える人がいるのと、魔法が使えない人がいる、それと同じことだったのである。
要するに、『魔物』と『動物』は、便宜上、分けてられているだけであって、まったく同じ生き物だったのだ。
こんな光景を想像して欲しい。
何百何千何万と飼われている鶏や豚などの家畜が、ある日突然魔物になって、風魔法や土魔法をばら撒きながら暴走する光景を……。
そういった点において、現代世界と異世界とでは、畜産に大きな魔力的隔たりがあったのである。
まぁ、ワルツたちはそのことについて、何も知らなかったようだが。
「そういえばさ。なんでこの世界には、畜産とかないのかしら?(牛肉のステーキとか見たこと無いし……)」
「さぁ〜?誰も思いついてないだけではないですか〜?」
「今度、コルテックス、試してみたら?」
「良いのですか〜?やっちゃいますよ〜?あとで後悔しても知りませんよ〜?」
「そう言ってるけど、あんた、絶対後悔しないでしょ?」
「はい」にっこり
「…………」
もうどうにもならないことを悟ったのか、それ以上、口にする言葉がなくなった様子のワルツ。
と、そんな時。
元難民の町人たちを対象に行なっていた狩りのミーティングが、いつの間にか終わっていたらしく。
指南役を務める狩人が、ワルツたちのところへとやってきた。
「お前たちだけだぞ?ミーティング中に終始、会話してたの」
「「えっと……すみません……」」
「まぁ、別にいいけどな」
そう言ってから、今日の狩りのメニューを、ワルツたちに再び説明する狩人。
そして説明を終えたところで……。
ワルツたちの狩りが始まった。
まぁ、コルテックスはともかく、ワルツが出ると乱獲どころの騒ぎではなくなるので、彼女は皆のサポート役に回ることになったようだが。
◇
狩りには、街に来ていたメンバー全員が参加した。
というのも、現在、ギルドで集計している最中の薬草の納品が終われば、全員の冒険者のランクが、FからEに上がるのは予想できていたので……。
皆、今のうちから、Eランクの冒険者を対象にした魔物を狩って、次のランクアップに備えることにしたのだ。
つまり、薬草の集計が終わってEランクに上がることが確定した際、Eランクの冒険者を対象にした魔物の素材集めを同時にこなすことで、一気にDランクになってしまおう、というわけである。
……なお。
ランクを上げることに夢中な彼女たちの頭の中に、冒険者として密かにビクセンに忍び込む、という本来の目的が未だ残っているかどうかは、不明である。
まぁ、それはさておいて。
アルバの町の周辺は、所々に小さな林はあるものの、その殆どが雪原に覆われていた。
そんな中で皆が固まって魔物を探すのは効率が悪かったので……。
人々はてんでんばらばらの場所で、お互いに担当のエリアが被らないように、狩りをすることにしたようだ。
例えば、川に行って魚を取る者たち。
この時期、川は、氷に覆われていたが、その下には冬でも水が流れていて、少なくない魚たちが泳いでいたのである。
あるいは、林に行って、木のウロなどに隠れている魔物を探す者たち。
日が昇る前なら、そこに昼行性の魔物が潜んでいる可能性が高かった。
そして……
「さーて、ど・こ・か・し・ら?」
何もない雪原を行く者たちである。
とは言えその白い大地には、完全に何もない、というわけでもなく、分厚い雪の下には、冬眠する魔物が潜んでいる可能性が少なからずあった。
ただ、外から見る限りそれを発見するのは容易ではなく、難易度が非常に高い狩りだったようだ。
なお、ワルツとコルテックスは、この担当である。
「お姉さま〜?私のデビュー戦を妨害しないでくださいね〜?」
「え?コルテックス?あんたも狩りすんの?」
「何を言っているのです。狩りをするから、ここに来たのではないですか〜?」
と、極寒の地にいるというのに、普段と変わらない格好で雪の上を進みながら、ワルツの隣で頬を膨らませるコルテックス。
それから彼女は、どこからともなく指輪を取り出すと、それを自身の指にはめて……。
「それじゃぁ、いきますよ?」
そう宣言してから、広域魔法を行使したのである。
『……フェーズトランジション!』
広い雪原に響き渡るコルテックスの澄んだ声。
それは彼女の口を音源にして響き渡った訳ではなく、雪原の至る所から聞こえてきたようだ。
例えるなら、大量のスピーカーが設置された、大きなコンサートホールのように。
その瞬間、
ザバァァァァァ!!
と、一気に、コルテックスの周囲にあった雪が解け、そして水へと変わる。
しかし、次の瞬間、その水は、
ガチッ……!
と、音を立てて、硬い氷へと変わってしまった。
「……いったい何したのよ?」
「フェーズトランジション、相転移ですよ〜?氷のような固体を加熱するとが、いつかは液体になりますよね〜?それを、加熱すること無く、魔法で無理やりに再現してみました〜。溶けた雪が、再び氷に戻ってしまったのは、溶けても温度が変わらない『過冷却状態』になっていたからのようですね〜。ほら、見てください。そこで背中から触手を生やしたウサギの魔物が、ガッチリと氷漬けになってますよ〜?気持ち悪いのを見なくてよかったですね〜」
「ホント、何でもありね……」
「いえいえ〜。すべては科学を応用した魔法です。……いえ、むしろ、魔法を応用した科学、と言ったほうがいいでしょうか〜?」
そう口にした後で、氷漬けになったウサギの魔物を、その場からレーザーのような魔法で切り出して……。
そして難なく麻袋の中へと、確保することに成功した様子のコルテックス。
こうして彼女たちは、狩りとは思えない狩りを繰り返し、アルバの町周辺にいた魔物たちを乱獲していくのであった。
コルは防寒着を身に着けずに、普段着で狩りをしておる……それを覚えておいてほしいのじゃ?
それでコルに何かあるわけではないのじゃが、しばらくの後、それを利用した話があるはずじゃからのう。
まぁ、1行で終わる話なのじゃがの?
さて……。
このGWくらいしか、ゆっくりと話を書けぬから、今夜もひっそりと続きの話を書こうと思うのじゃ。
そのためにはまず……先立つものが必要なのじゃ!
というかここ……コンビニも何もないゆえ、すっごく不便なのじゃ……。
仕方ないゆえ、ルシア嬢でも連れて、ちょっとかなり離れた場所にあるコンビニまで行ってこようかのう……。




