8.4-28 いばらの道28
『あの人、消えちゃったかな?』
その場にいた剣士のことを、マイクロマシンで作り出した、丸い障壁の中に匿いながら、彼に対してそんな問いを投げかけるエネルギア。
一方、その質問を向けられた剣士の方は、というと……
「え?今、何か言ったか?」
彼女の声が聞こえなかったのか、自身の耳に手を当てて、眉を顰めていたようである。
エネルギアの障壁があったとは言え、砲撃の近くにいたためか、剣士の耳の鼓膜は破れてしまったようだ。
『あ、うん……。ちょっと待ってね?』
剣士の耳が聴こえないことを察して、『待って』のジェスチャーを見せながら、小さな手のひらで、剣士の両耳を塞ぐエネルギア。
その間、剣士は大人しく、ジッと眼を瞑りながら、その行為が終わるのを待っていたようである。
その様子を見る限り、鼓膜が破れてしまったのは、どうやら今回が初めてというわけではないらしい。
すると間もなくして、
「お、もう良いぞ?」
音が聞こえるようになったのか、剣士はそんなことを口にした。
この瞬間、エネルギアの手によって、一体何が行われていたのか。
彼女は機械生命体(?)なので、魔法を使うことは出来ない。
つまり、ルシアやカタリナのように、回復魔法は行使できないのである。
ではどうやって剣士の耳を治したというのか。
エネルギアは自身の身体を構成しているマイクロマシンを使い、治療を行ったのだ。
ただ、治療と言っても、剣士の生体組織の代謝を高めるような機能は、エネルギアのマイクロマシンには実装されていなかった。
そもそも、そのマイクロマシンは、エネルギアの船体を補修するために作られた、対機械専用のマイクロマシンなのである。
カタリナやコルテックスの体内にあるような、ナノマシンとはわけが違うのだ。
つまりエネルギアは、厳密な意味での『治療』を行ったわけではなかったのである。
エネルギアが剣士に何をしたのかについては、これ以上の詳しい説明を省略するが、ただひとつ言えることは、その度に剣士の身体が人間離れしつつある、ということだろうか。
たとえ心臓に銃弾を受けて、そこに穴が空いたとしても、すぐに塞がってしまうほどに……。
まぁ、それはさておいて。
剣士の治療(?)が終わった後。
マイクロマシンで出来た障壁に穴を開けて、2人はそこから外を観察する。
すると、2人の眼に入ってきたのは、ポッカリと山脈が途切れるかのように山が消え、ただ大きなクレーターだけが地面に残っている光景だった。
それを見る限りそこに人の姿はなく……。
どうやらホムンクルスの少年は、肉塊になって飛び散ったか、あるいはその場から転移魔法か何かを使って逃走したようである。
まぁ、その光景を見た剣士にとっては、ホムンクルスの少年がどうなったかなど、あまり気にならなくなってしまったようだが。
「ちょっ……エネルギア!?」
『なぁに?ビクトールさん』
「勇者や他の人たちは?!」
『もちろん無事だよ?ほらあそこ!』
そう口にしながら、黒い球体の中で、指をさすエネルギア。
するとその方向に向かって覗き穴が移動して、その先で手を振っている一行の姿が、剣士の眼にも見えてきたようだ。
「無事だったのか……」
『うん。ゆーしゃから、ビクトールさんが居なくなった、って連絡があって、コルちゃんに相談したら……『避難は任せて下さい。ギアちゃんは好きなようにしていいですよ〜?』って言ってた』
「そういうことか……」
洞窟の中では電波を使う無線機を利用することはできないが、魔力的にマクロファージと繋がっているコルテックス経由で、皆に退避指示が伝わっていたのである。
それから剣士が、安堵のため息を吐いた、そんな時だった。
ドゴォォォォン!!
クレータの底の方で大きな爆発が生じたのである。
「まだ生きてたか?!」
その土煙を見て、剣士は苦々しい表情を浮かべるのだが……
『ううん。あれはね……』
エネルギアには煙の中から現れつつあるその物体の正体が、ハッキリと分かっていたようだ。
その際、彼女の表情が優れなかったのは、メンバーの中で唯一、避難の連絡を入れられない人物が居たからだろうか。
◇
「……いや……うん……これってやっぱり、私が悪いのよね……」
洞窟の中を歩いていたら、予期しない爆発に巻き込まれて、洞窟の崩落に巻き込まれてしまったワルツ。
あまりに予想外な出来事だったためか、防御が間に合わず、彼女は暫くの間、地面の下で生き埋め(?)になっていたようである。
『ごめんね……お姉ちゃん……』
「ううん、良いのよエネルギア。気にしないで……」
地面に出たところで、そこへとやって来た剣士とエネルギアから、ワルツは事情と共に報告を聞いていたわけだが……。
どう考えても単独行動をした自分が悪いとしか思えず、彼女は思わず頭を抱えてしまったようだ。
それから彼女は、その鬱憤を晴らすかのように、根本的な原因を作った剣士に対して、鋭い視線を向けながら口を開いた。
「ほんと、勘弁してよね?剣士。洞窟の中で遭難するとか……」
「申し訳ない……」
「でも、まぁ、そのおかげで、謎プラントが見つかったんだから、プラスマイナスゼロかしらね……(ホムンクルスに、思いっきりエネルギアの姿を見られてるけど……今更よね!)」
そう口にしてから、何故か開き直ったような表情を見せるワルツ。
その後、3人で、クレーターの底から浮き上がり、仲間たちが待っている場所まで移動すると……。
メンバーの中で一番剣士のことを心配していた狩人が、まっすぐに彼の所へと近づいてきた。
そして彼女は、
「剣士……」
そう口にしながら、
ギュッ!
と、剣士のことを抱きしめたのである。
「「「『?!』」」」
「えっ?!なんですか姐さん?!急に……」
「すまない!本当にすまない……。私の不注意が原因で、お前を危険にさらしてしまった……」
「いや、そんなことは……」
と、言って、否定しようとする剣士。
その際、彼は、なぜか顔を真赤にしていたようだが、すぐに周囲の者たちから向けられる表現し難い視線に気づいて、
「ね、姐さん!俺はとにかく大丈夫です!とりあえず、離れて下さい!(本当は、そのままでいて欲しいけどな……)」
彼女の肩を掴んで、とりあえず引き離そうとしたようである。
……だが、その光景が不味かった。
方や、両手で狩人の肩を抱える剣士。
方や、眼を潤々とさせながら剣士を見つめる狩人。
それを見て黙っていられるほど、エネルギアの心の炎は小さくなかったのである。
『ビ、ビクトールさんは渡さないもん!!』
ドゴォォォォ!!
「ぐはっ!?」
狩人の肩を掴んだまま硬直していた剣士の横っ腹に、エネルギアが全体重を掛けて、タックルを決めたのである。
その結果、剣士はエネルギアと共に吹き飛び、クレーターの下へと、2人揃って姿を消してしまった。
「ん?渡さない?何の話だ?分かるか、ワルツ?」
「さぁ?っていうか、今ので剣士、死んだんじゃないですか?」
「そうか……。せっかく助かったのに残念だったな……」
「「「…………」」」
そんな狩人とワルツのやり取りを聞いて、微妙そうな表情を浮かべる他のメンバーたち。
その際、皆、クレーターの崖の下に消えていった剣士に対して、同情するような視線を向けたようだが……。
結局、狩人は、皆のその様子に、気づかなかったようである。
こうして、ワルツたちは、ボレアスの南部地方と中部地方を隔てる山脈を越えることに成功したのである。
まぁ、U字型に山脈が無くなった場所を通過して、『越えた』と表現して良いものかについては、疑問が残るところだが。
一点、補足しておくのじゃ。
何故、山が無くなってしまったのかについて。
これにはいくつかの理由があるのじゃ?
まず1つ目は、エネルギア嬢が、剣士殿を探すために、マイクロマシンを使って、山を食べてしまったからなのじゃ。
まぁ、正確には食べたわけではのうて、土砂を運んだり、融解させたりして、山ごと退けてしまっただけなのじゃがの?
ちなみに、余談なのじゃが、その大半はエネルギア嬢によるもの……ではなかったのじゃ。
実はエネルギア嬢の他にも、姿が見えないだけで、マイクロマシンの塊であるあやつも来ておったのじゃ。
そもそも、エネルギア艦内に常備しておるマイクロマシンの量など、たかが知れておるからのう。
で、2つ目の理由。
ルシア嬢が洞窟から避難する際に、土魔法で削ったのじゃ。
とは言っても、山の半分を消し飛ばしたとか、そういうわけではのうて、反対側の出口まで真っ直ぐな穴を穿っただけじゃがの?
まぁ、小さい穴か、と言われれば、決してそんなことは無かったのじゃがの?
その辺は、お察しください、なのじゃ。
山が消えた理由は、以上の2点なのじゃ。
あと、洞窟の中に、他に人間は居なかったのかについてなのじゃが、結論から言うと、居なかったのじゃ。
それには理由があったのじゃが……その内、語られるのではなかろうかのう?
まぁ、大した理由ではないのじゃがの。




