8.4-26 いばらの道26
自分に迫りくる凶刃を、エネルギア製のタービンブレードを使って受け止めながら……。
剣士は、自分に対し、ニヤリとした気持ちの悪い笑みを向けてくるホムンクルスの少年について思い出していた。
かつて、ミッドエデンの王城の地下で、王族や政府関係者などを材料にして作られていた、ホムンクルスの少年。
数百――いや、下手をすれば、数千、数万にも及ぶ者たちを犠牲にして作られた彼のことを、その当時、剣士は、勇者たちと共に捕縛しようと試み、そして失敗した。
それも、その場にカタリナがいなければ、そのまま死んでいたかもしれないほどの大怪我を負って、である。
それを思い出し、
「くっ……!」
今もなお、相手の刃と鍔迫り合いを続ける自身のタービンブレードに力を込める剣士ビクトール。
だが、それは、相手を押し返そうとする力ではなく、何かを誤魔化そうとするために加えた力のようだ。
「んあ?どうした急に?今にもチビリそうな顔をしてるぞ?」
「くっ!」
ほぼ全力に近い力で相手の剣を押し返しているというのに、相手の表情や言葉に余裕があるのを感じ取って、剣士はより一層、苦々しい表情を浮かべた。
それから彼は、そのままでは拙いと思ったのか、一旦距離を取ることにしたようだ。
ギィィィィン!!
その瞬間、タービンブレードとホムンクルスの剣との間で、激しく生じる明るい火花。
剣士が、極短い時間だけ筋力を増強する魔法を使い、剣を振り切る反動を利用して、バックステップしたのである。
ズサァァァァ!
ズサァァァァ!
そしてお互いに吹き飛ぶような形で、距離を取る剣士と少年。
剣士の使ったその瞬間的な剛力に、一瞬、ホムンクルスの少年は驚いたような表情を見せていたが、すぐにまたニヤリとした笑みを浮かべると、彼は剣士に対してこう言った。
「楽しいっていうのは、こういうことか……」
「た、楽しいだと……?」
「あぁ、それ以外に、この感情を説明できないからな。放っておくだけで、口元がつり上がってくるんだ。そして、背筋に走るゾクゾクとした感覚と、高揚感……。これが楽しいってことだろう?」
「く、狂ってる……」
少なくとも、この瞬間、自分の感じている感覚が、恐怖以外の何物でも無かったためか、顔を青ざめながら呟く剣士。
それから彼は、どうにかしてその場からの撤退を考えようとするのだが……。
そこで彼はあることに気付いて、眉を顰めた。
「(た、盾があれば……)」
この場に侵入する際、身軽になろうと脱いだ鎧と共に、盾も一緒に魔法のバッグの中へと仕舞い込んでしまっていたのである。
もしもここに、盾が出ていたなら、ひたすら防御しつつ後退すれば、洞窟の方へと逃げられたのに……。
彼はそんなことを考えたようだ。
しかし、戦闘中に引っ張り出せるほどの余裕はなく。
盾を使用できないと結論づけた彼は、すぐに別の脱出手段を模索し始めた。
……と彼が悩んでいたのは、瞬き数回分程度の時間である。
秒数にすれば、0.5秒程度の短い時間だったことだろう。
だが、その瞬間、剣士は間違いなく、思考のリソースを別のことに割いてしまったのだ。
そんな刹那とも言うべき剣士の隙きを、少年は見逃さなかった。
ドゴォォォォ!!
「がはっ?!」
不意に剣士の身体に、強烈な加速度が生じて、彼の肺の中にあった空気が、少量の血液と共に外へと漏れ出し、
ズサァァァァ!!
そして、10mほど先の地面まで、一瞬にして吹き飛ばされたのだ
それをやったのは、言うまでもなく、ホムンクルスの少年だった。
「あ?急に動きがトロくなったんじゃねぇのか?オカマ」
右手で剣のグリップを逆さに握り、そして左手で掌底打ちのような構えを取っているホムンクルスの少年。
どうやら彼は、ごく短い時間の内に剣士の懐へと入り込み、そのまま剣士の鳩尾に掌底を打ち付けたらしい。
それを受けた剣士の方は、
「ガハッ……ガハッ……」
かろうじて、死んではいなかったようである。
それが意外だったのか、少年は再び驚いたような表情を見せて、口を開いた。
「殺すつもりで急所を突いたつもりだったんだけどな……。まぁ、その分、肋骨か内蔵をやられてるはずだから、もう虫の息か」
それから少年はトドメを指すために、剣士の方へ、一歩一歩と近づいていった。
一方、吹き飛ばされた剣士は、今にも零してしまいそうな意識を、なんとか必死に保ちながら、この窮地を脱するための方法を考えていたようである。
「(あー、やべぇ……ホントに死にそう……。この感じ、骨が何本かいったな……。でも、どうする……死んだふりをして斬りかかるか?いや、そんなことして。もしも切れなかったら、わたくし、絶対終わるよな……。でもそれ以外に出来ることなんて何も無いだろ……。……ここで終わるのか?わたくしの人生……)」
気づくと、徐々にその痛みも薄らいで……。
剣士はこのとき、自分の最期を感じていた。
その際、彼は、これまでの人生について思い返していたようである。
しかし、思い出しても人生に碌な思い出はなく……。
彼の脳裏に浮かんできたのは、元の世界にいるだろう両親や、同じく元の世界に居た頃に世話になった親方、それに勇者たちくらいのものだった。
……いや、最後にもう一人。
「(エネルギア……)」
自分に対して、妙な好意を抱く、少女の笑みだったようだ。
「(もう一度だけ会えるなら……感謝の言葉を言いたいな……。アイツがいたから、魔物に食われて死ぬんじゃなくて、わたくしは剣士として戦って死――――)」
そこまで考えた剣士の思考は、その瞬間停止した。
それは、その瞬間、剣士が息絶えたから、というわけではなく、少年が剣士にトドメを刺したから、というわけでもない。
剣士は大切なことを思い出したのだ。
「(……逃げることしか考えてないのに、何が戦って死ぬだ!俺はまだ何もしてないじゃないか!)」
その瞬間、幽霊のように上体を起こして、あと5mほどの距離に近づいてきていた少年に向かって眼を向ける剣士。
「(身体が軋む?痛む?関係ないな……)」
まるでアンデッドか何かのような彼のその動きに、少年は当然のように警戒して、そしてその場で立ち止まった。
それも何か恐ろしいものを見たかのように。
それから少年が襲ってこないことを確かめた剣士は、ゆっくりと立ち上がると、丸くした眼を向けてくる少年に対して、こう宣言した。
「……俺の名はビクトール。エネルギアに生かされ、彼女のことを守る、彼女のためだけの騎士だ。さぁ、戦いを始めよう。戦士の戦いをな!」
ズドォォォォン!!
そして再び始める2人の戦い。
いや、この瞬間、初めて、戦いらしい戦いが始まったのである。
そう、一方的な虐げ、と言う名の戦いが、の。
まぁ、そういうわけでもないのじゃがの。
で、のう。
この2日間、過去の記録を更新する勢いで書いたのじゃ。
それはもう、マシンガンもびっくりな勢いでキーボードを叩き続けたのじゃ。
おかげで、ストックが1週間分以上溜まったのじゃ?
やはり、何を書きたいのかが決まっておれば、勝手に手が動くようじゃのう。
いや、むしろ、温泉のせいじゃろうか……。
さて……。
温泉のことを書いたら、もう書くことが無くなったのじゃ……。
これはさっさと、2週間分のストックを貯めよ、という内なる妾からのお達しかのう?
というわけで、妾はこれより、再びキーボードを連打するという作業に戻ろうと思うのじゃ。
……えんたーきーばかり連打しておったら、勝手に物語が完成するような、そんな素敵なキーボードは何処かに無いかのう……。




