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8.4-25 いばらの道25

「(何だこれ……いや、そんなことより、まずは隠れたほうが良さそうですわね)」


その広大な空間に入ろうとしたところで、その足を止めて、物陰に姿を隠そうとする剣士ビクトール。

不用意にその空間に足を踏み入れるのは拙い……。

彼の冒険者としての直感が、そう訴えかけてきたようである。


それから彼は岩の窪みに姿を隠すと、そこから内部を観察し始めた。


「(ここどこ?教会?)」


そこには、まるで神殿のように、複数の太い柱によって天井が支えられた大きな空間だった。

その天井には、煌々(こうこう)と輝く眩しい光源が整然と並んでおり……。

そして地面から10mほどの高さに、金属と思しき構造材で作られた足場が、まるで蜘蛛の巣を形作るかのように張り巡らせられていたのである。


それだけでも、この世界には似つかわしくない光景だったが、何よりも剣士の目を引く存在がそこにあった。


「(何ですの?あれ……)」


天井にある光源の真下に、直径5m、高さ8mほどのガラス製と思しき円筒(シリンダー)が、整然と並べられていたのである。

そしてシリンダー内部には、ほのかに緑色がかった透明な液体が満たされていて、そこに何やら見慣れない物体が浮かんでいたのだ。


「(ここからだと、よく見えないですわね……)」


剣士がいた洞窟からシリンダーまでは、まだ距離があったためか、彼の眼にはその物体が何なのかまでは見えなかったようだ。


「(嫌な予感がするけど……ここまで来たのですし、戻るという選択肢は無さそうですわね)」


好奇心に負けた彼は、隠れながら前進することにしたようである。

ただ、現在の甲冑装備のままでは、重くなりすぎてうまく動けないので……


「……ふぅ(やっぱりこっちの格好のほうが、落ち着きますわ)」


彼は甲冑を脱ぐと、持っていた盾と共に、魔法のバッグの中へとそれらを仕舞い込んだ。

ただし、剣だけは、念のために手に持って、進むことにしたようだが。


なお、普段は甲冑を着込んで盾役を担っている彼だが、瞬発力は相当に高い方である。

近くに『勇者』というイレギュラーがいるので、相対的に重鈍であると捉えられがちだが、戦闘時は勇者にも殆ど遅れを取らないのだから、相当な機動力を有していると言えるだろう。


スサッ……


岩の窪みから抜け出した剣士は、近くに魔物や人の気配がしないことを確認しながら、常に背中が壁になるように、物陰を進んでいった。

そうすれば、背中の警戒をしなくても良い、と考えたようである。


「(施設は生きているようですが、誰もいないのかしら?それにさっきまでは、あれほどたくさんいた魔物も、急に襲ってこなくなりましたし……結界かしら?だとすれば誰かが結界の魔道具に魔力を充填していることになりますけど……何か嫌な予感がしますわね……)」


一体、何のための施設なのか、知識を持たない彼には分からなかったが、可能な限り情報を集めてから脱出するつもりで、彼は前へ前へと足を進めていった。


それから何度か窪地を点々とし、そして剣士は、これ以上、姿を隠せる場所が無いところまでやって来た。

より詳しく言うなら、壁と洞窟から最も近い場所にあった、シリンダーのそばである。


そこまで来て彼は、天井に輝く照明に眼を細めながらシリンダーの中を覗き込むと、そこで再び固まってしまう。


「なんだこれ……」


液体の中に浮かぶその物体を見て、目を見開き、そう呟く剣士。


それが何なのか。

彼には少しだけ見覚えがあったようだ。


「(前に標本で、これに近いモノを見た気がしますわ……。あれは確か……錬金術ギルドにあった、魔物の子どもの標本でしたかしら……?)」


まだ彼らが勇者パーティーとして冒険に明け暮れていた頃。

冒険者ギルドで受けた依頼の中に、鉱物の調達に関するものがあって、錬金術ギルドに立ち寄った際、偶然見かけた魔物の標本。

正確に言うと、それは魔物の胎児の標本で……。

それを始めて見た当時、言い知れない不快感を抱いたことを、彼は覚えていたようである。


「(でも、あの時とは全然、形が違いますわね。見る限り、魔物とは少し違う気がしますわ。なんというか……人の赤子に似ていなくもないような……でも大きな尻尾が生えているから人ではないような……)」


と、透明な液体の中に浮かぶその物体が、時折小さく動くその様子を見ながら、剣士が眉を顰めていると、


ザパァァァン……


不意にどこからともなく、水が流れるような音が聞こえてきた。


「……!」


その音を聞いた途端、再び壁際に移動して、そしてそこにあった金属製の装置の裏側へと姿を隠す剣士。

それから、ゆっくりと音が聞こえてきた方向を覗いてみると、


ドスンッ……ドスンッ……


全身を濡らした幼い地竜と思しき魔物が、先程まで剣士がいた洞窟の方へと、ゆっくり歩いていく様子が、見えたようである。


「(あんなのもいたのですわね……。となると、洞窟の中であれだけ大量の強い魔物たちがいたのは……この施設が原因?)」


洞窟の中へと消えていった幼い地竜の姿を見て、剣士は合点がいったようである。

なぜこの洞窟に、大量のSランク級の魔物がいたのか。

そして、シリンダーの中身が何なのかを。


「(ま、まさか……)」


剣士がその先にある答えに辿り着く直前で、事態は大きく動く。


「……おいおい。覗き見は良くねぇんじゃねぇのか?」


剣士の頭の上から、不意にそんな声が聞こえた来たのである。


「……?!」


その瞬間、剣を構えて、開けた方向へと移動する剣士。

もちろん、いつでも走って逃げられるようにと、洞窟に繋がる方へ。


すると、それが分かってか分からずか、剣士に話しかけただろう人物は、逃げ腰の剣士のことを鼻で笑い、


「ふん。まぁ、わざと見せたんだけどな」


そう口にすると、


シュタッ!


上にあった通路から直接飛び降りて、地面へと着地した。

その様子を見て、剣士は確信する。


「(あ、これ、ヤバい奴だ……)」


通路から地面までは10m。

つまり、4階建ての建物ほどの高さがあったのである。

それを難なく降りてくるのだから、異常としか言いようがないだろう。


結果、剣士は剣を構えるものの、戦わずに逃げることにしたようである。

とはいえ、このまま走って逃げても、逃げ切れる気がしなかったようで、すぐに逃げるのではなく、機会を伺うことにしたようだが。


そんな剣士の行動が意外だったのか、上から降りてきた人物――少年は、剣を構えた剣士に対し、こんなことを口にする。


「ほう?逃げないのか?逃げても良いんだぜ?」


すると、実際に逃げたかったためか、後ろを振り向くこと無く、剣を構えて腰を振りながら、ゆっくりと洞窟に向かって後退を始める剣士。

その様子がおかしかったのか、少年は苦笑を浮かべながらこう言った。


「本当に逃げんのかよ……」


「えぇ。お言葉に甘えて、逃げさせてもらいますわ?」


「しかも、ようやく喋ったと思ったら、オカマか……」


少年がため息混じりにそう口にした……その瞬間である。


シュタッ!


彼はまるで地面すれすれを飛ぶようにして、剣士に向かって突進してきたのである。

しかも、その手にはいつの間にかロングソードが握られており……


ブゥン!!


瞬きにも等しい時間で、それを振り回して、剣士に斬りかかった。

それを、


ガァァァァァン!!


重い金属同士がぶつかりあうような音を立てながら、タービンブレードで受け止める剣士。

それがあまりにも意外だったのか、少年は眼を見開きながらこう言った。


「なん…………フッ。俺の剣を受け止められたのは、お前が初めてだよ!オカマ!」ギギギギギ


それに対して、剣士は、


「生憎、普段からもっと重くて早い攻撃(?)を食らっているからな。あと、オカマではないですわ!」グググググ


と口にしながら不敵な笑みを浮かべるのだが……。

実際には内心では泣きそうになっていて、一刻も早くその場から立ち去りたかったようである。


しかし、目の前の少年をどうにかしなければ逃げることはでき無さそうで……。

結局、剣士は、『逃げ』の優先順位を変更せずに、とりあえず戦うことにしたようである。




……だが。

少年の次の一言で、大きく方向修正を迫られることになる。


「……ん?お前、どこかで見たことが……確か、ミッドエデンの城で、俺に殴られて死にかけてた奴に似てるような……」


「…………まさか、お前……」


「その表情、当たりか」ニヤリ


「あの時の……ホムンクルス!?」


そして、そこにいる()()()()()()()が何者なのかを察して、驚愕の表情を浮かべる剣士。

その瞬間、剣士の脳裏から、『撤退』以外の文字が無くなったことについては、言うまでもないだろう。

はぁ……書き終わったのじゃ……。

もう、体力の限界なのじゃ……。

温泉に行ってくるのじゃ……。


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