3-07 れんきんじゅつ?
異世界系の設定でほとんど出てこないもの、電気。
魔法があるのに、わざわざ電気を使う必要はないのだから、当たり前だ。
しかし、魔法があるからこそ、電気が必要となる、そんなシチュエーションがあってもいいではないか。
(ワルツ異世界回想録 第59章冒頭)
などと、無駄なことを考えているのは、ワルツが商隊に鉄塊を売りつけた日の午後のことだ。
さて、机の上には、エナメル線もどきと、鉄塊、そして磁石が乗っている。
エナメル線もどきは、既に完成品になっているが、ここまで来るのに色々と苦労があったことは言うまでもない。
導線表面のコーティングに漆を使ったとか、線の太さが一定にならなかったとか・・・。
磁石に関しても、磁鉄鉱を探してきて、加工して、加熱して、叩いて・・・。
色々やったら、なんとか磁石として使い物になるレベルまで漕ぎつけた、というわけだ。
(発電できるようになったら、電磁石を使って、もっと強い磁石を作る予定だけどねー)
というわけで、モータを作るための準備が整った。
更に気合の入ったことに、ワルツお手製の黒板には、モーターの構造を説明した図も書き込んであった。
つまり、ルシアとカタリナに教える準備は万端だというわけだ。
ちなみに、ワルツには、今回作ったモーターにボールベアリングなどという高級な部品を使うつもりはない。
最初は何も特殊なことをせず、シンプルな普通の軸受けを使うのが楽だろう、と判断したのだ。
そもそも、この程度のモータに精度など必要は無いのだから。
・・・というよりも簡単に作ることが出来なかっただけなのだが。
「これから魔道具を作ります」
脳裏でベアリングがフェードアウトしていく様子を想像しながら、ワルツが宣言する。
「魔道具?ワルツさんは魔道具も作れたのですか?」
カタリナが問う。
「正しくは魔道具ではありませんが、おそらくこの世界の人にとっては魔道具にしか見えないのではないでしょうか」
テンションが高めで、口調がおかしかったが、指摘する者はいない。
「ではこの線を、この鉄塊に巻いていきます」
というと、ワルツは変な形をした鉄塊にコイルを巻き始める。
工作機械並みの精度と速度で巻き続け、数十秒で数百回を巻き終える。
「次にブラシ部分を作ります。えーと、この部分ですね」
黒板に書いてあるモータの構造図を指さしながら、ルシアとカタリナに説明する。
さて、巻いていた線の端を重力制御で潰して端子状にし、軸との間の部分に天然ゴムを用いた接着剤を用いて紙を挟んで固定する。
口で言うのと説明するのは簡単だが、細かい部分の加工なので、非常に面倒だ。
しかも、接着剤がすぐには固まってくれない。
しかたがないので、琥珀をリング状に削った物を仮止めに使う。
要は天然の樹脂材料だ。
「あとは、ケースの中にこれを入れたら完成です」
と、磁石を固定してある金属製のケースの中に出来たコイルを入れ、予め作っておいたブラシの付いたフタを装着する。
蓋の部分には電極が付いており、この部分に電流を流すとモータが回る、というわけだ。
試しに指で軸を回すと、思いの外、滑らかに回った。
(この分ならうまくいきそうね)
ここで硫酸の入った容器をいくつか取り出す。
「これは硫酸です。もちろん、誰かに掛けたり、飲んだりしてはいけません。酸っぱいだけだけど。あと、床の素材がなんちゃってステンレスなので、こぼさないでくださいね。こぼすと、恐らく穴が開いて大変なことになるので。因みに硫酸の材料は、前に火山に行った時に取ってきた硫黄を加熱して発生したガスを水に溶かしただけ、っていうシンプルで簡単なものですが・・・ルシアは真似しちゃダメよ?」
と、一人マシンガントークをする。
何故かやり玉に挙げられたルシアが微妙に悲しげな顔をしていた。
それはさておき、この硫酸の中に、二種類の金属(純粋な鉛と酸素と反応させた酸化鉛)を入れて電池を作る。
その電池に導線を固定すれば電源の完成だが、そのままだと出力が低いので、これと同じものを幾つか数珠つなぎ(直列)に接続する。
「そして、電池の線をこの魔道具に接続すると・・・」
といって、片方ずつ導線を接続する。
ウィーン
結構な速度でモータが回り始めた。
「おぉ・・・」
と驚いているのは先ほどまで悲しい顔をしていたルシアだ。
ちなみに、モータをただ回しただけでは、軸が見えにくく回っているかどうか分からないので、目印として紙の切れ端を軸に貼り付けてある。
(よしっ!)
と、内心で安心する。
ここまで注目を集めていて、動かなかったら沈黙の空気に精神が耐えられるか自信が無かったのだ。
一度モータを止め、あるものを作るワルツ。
鉄インゴットから少量の鉄を切り出し、薄く潰し、円形にカットする。
ついでに、円盤の真ん中にモータの軸と同じくらいのちょうどいい大きさの穴を開ける。
そして、60度ごとに切れ目を入れ、切れ目を入れた部分から捻る。
最後にモータの軸に固定したら、扇風機の完成だ。
「じゃぁいくわよ」
と言って配線を繋ぐワルツ。
すると、勢い良くファンが回り始めるのだった。
「うわぁ・・・。魔法?」
再びルシアが驚く。
「ううん、魔法じゃないわよ」
そして、最後にもう一つ実験を行う。
「ここにおなじみのオリハルコンがあります」
といって出したのは、倉庫にあったオリハルコンのインゴットだ。
「これをこうします」
と言って重力制御で細い線にするワルツ。
「さらにこうします」
と言って、より細くする。
もはや目で見ることも難しいくらいに細くなった。
「そしてこれをこうします」
といって電池から伸びている導線をオリハルコンにつなげると・・・、
ピカッ
っと光る。
要は、電球だ。
フィラメントの材料になるタングステンも、自生している竹も見つからなかったので、代わりに溶融温度が高いオリハルコンを流用したのだ。
「眩しいくらいに明るいですね」
と感想を述べたのはカタリナだ。
「余裕があったら、こんな感じの眩しいライトを地下にもつけようと思うのだけど・・・」
「いいですね。ちなみにこれは魔法ではないですよね?」
「えぇ。科学・・・要は錬金術よ」
そんなこんなで、3日が過ぎ、3台の水車と発電機(予備を含む)と、各部屋用の換気設備が完成した。
ちなみに、地下室の明かりには、電球を使ったのでは電力がもったいないので、魔道具のランタンを採用した。
こうして、ようやくクリーンルームを作るための準備が整った。
ホコリをシャットダウンするためのフィルタ部分には、サイクロン掃除機でお馴染みの遠心分離装置と、油を使ったホコリ吸着部、そして布を使ったフィルタの三段構えとした。
本来はまだ足りないくらいだが、問題が起こるようなら、これから改良していくつもりだ。
この日から、ワルツ達の工房は本格的に稼働を始める。
まず、ワルツはクリーンルームの掃除を重力制御で行った後、早速、半導体製造に入った。
同時に抵抗やコンデンサなどの受動部品の製造にも着手するのだが、なんといっても大変だったのは、本命の半導体だ。
ちなみに、最初に手がけたのは、LEDだ。
実は簡単に作れるのだが・・・。
それはまた別の話か。
一方で、ルシアもカタリナもホムンクルス(アンドロイド)を作るべく、行動を開始する。
カタリナの場合は、サル型の魔物の解剖を行いながら、動物の様々な器官・骨格の仕組みについて学んだ。
流石に人を解剖するわけには行かなかったので、ワルツに書いてもらった人の骨格のスケッチと解剖した動物の仕組みを見比べて、人の仕組みを予想していったのだ。
殆どの場合は、ワルツに教わる事ができていたのでそれほど大きな問題にはならなかったのだが、どうしてもわからない時は、自分を切りつけて確認するなど、すこし猟奇地味たこともやっていた。
ただし、皆には秘密だが。
ルシアは、ワルツとカタリナの補佐だ。
特にワルツの手伝いをすることが多く、内容としては、大きめの金属を加熱するための火魔法や、何に使うのか分からないが光魔法の使用を求められることが多かった。
その際、光魔法からメーザー魔法やレーザー魔法、更にはX線魔法などが創りだされたのは必然だろうか。
ちなみに、ワルツは特にX線魔法を求める傾向が高かった。
間違っても生き物に対して使ってはいけない、とワルツに忠告を受けたのだが、何故かまでは理解できなかった。
一方でカタリナに対しては、ワルツ特製の合金と黒い粉を加熱して、骨のようなものを作り出す作業に付き合わされた。
揃っていくパーツが人骨のようで、少し怖い感じもあったのだが、自分が尊敬するワルツがカタリナと楽しそうに専門的な会話をしているのを見て、怖がっていてはいけないと、むしろ積極的に関わっていった。
こうして、1ヶ月ほど経過した頃だった。




