1.1-06 HelloWorld 6
微修正したのじゃ。
夜明け前の大草原を駆け回る少女たち2人。
その後ろから鎧を着た男たちが追いかけているのは、何も、追いかけっこをしていたから、というわけではない。
少女たちは暴漢たちから逃げ、そして男たちは少女たちを捕まえようと走っていたのである。
しかしそんな中、追いかけられているはずのワルツは、必死な様子のルシアと違い、どういうわけか楽しそうな様子だった。
もちろん、彼女は遊んでいるわけではないのだが、思わず笑みを浮かべてしまうような事情があったらしい。
それは、超兵器である彼女にとって、男たちが暴漢どころか、単なるタンパク質の塊程度の存在でしかなかったことや……。
あるいは、これまで友人と言える者がおらず、兄弟たちと一緒に山奥で引きこもりのような生活を送っていたことが、少なからず関係していたのかもしれない。
なにしろ彼女が何の柵もなく草原を走ったのは、これが初めてのことだったのだから……。
その一方で。
男たちは魔法で筋力を強化しているのか、それとも元々そういう種族なのか……。
朝露に濡れる草原を苦にすること無く、容易にワルツたちの前へと回り込んできた。
その際、彼らが、直接、ワルツたちのことを捕まえようとしなかったのは、彼らは彼らで少女たちを相手に戯れようと考えていたからなのかもしれない。
その度、ワルツは、よろけるフリをして、男たちからルシアを守りながら、どうにか逃げ続けたのだが……。
10分ほど走ったころ、ついに彼女たちは取り囲まれてしまったようだ。
何故、機械であるワルツが足を止めたのか……。
彼女の隣に少女がいた、といえば、事情は分かってもらえるのではないだろうか。
「まだガキだが、いい獲物を捕らえたぜ。狐の獣人は高く売れるからなぁ!」
「(…………ん?あれ?私の事は?いや、売られたくないけど……)
と内心で憤りながら、下衆な笑みを浮かべる男たちを前に、次の行動を考えるワルツ。
隣りにいたルシアは、この時点で、会話が出来ないほどに息を切らしており……。
この時点で、走って逃げる、という選択肢は、彼女たちに残されていなかったようだ。
ワルツがそんなことを考えていると……。
後ろから音を立てずに忍び寄ってくる者の姿が、ワルツの真後ろにいた機動装甲のカメラに映り込んでくる。
「隙ありっ!」
「あっそ」
ガンッ!
そんな鈍い音を立てながら、ズルズルとその場の地面へ沈み込んでいく男。
それはワルツが何かをした、というわけではなく……。
ワルツたちに飛びつこうとした男が、不可視の機動装甲に気づかずに突進して、顔面から機動装甲の脚部にぶつかった結果だった。
ただし。
事情を知らない男たちには、また別の光景に見えたようだが。
「くそっ!こいつ、魔法使いか?!結界、張ってやがる!道理で余裕をかましてやがるわけだ!」
「注意しろ!1人で前に出ようとするな!」
「そっちのクソ女はヤッちまってもいいが、狐娘には手を出さねぇように注意しろ!大切な売りもんだからな!」
「えーと?この人たち、何言ってんのかしら?」
その悪意ある言葉を聞いて、ワルツはどうしたものかと悩んだようだが……。
今のところ、追いかけられた以外に何かされたわけでもなかったので、実力行使には出なかったようである。
まぁ、それはさておき。
「(それにしても結界魔法ねぇ……)」
と、魔法の種類が、思っていたよりも多いかもしれないことに、内心で感心していたワルツ。
そんな彼女の中では、幾つかのプランが浮かび上がってきていたようである。
ようするに、自身に搭載された機能を、魔法と称して使うというのもアリなのではないか、と。
その際、ワルツは、何かを思いついたらしく、男たちの前で不敵な笑みを浮かべたようだ。
対して、男たちの方は、そんなワルツのことを見て、これまでにないくらい警戒した。
……くる。
魔法使いが攻撃してくる……。
そんなことを考えていたようである。
ただ……。
彼女の隣りにいたルシアが、ワルツの笑みに気づくことは無かった。
息を切らしていた彼女は、男たちから飛んでくる殺意に耐えることに必死だったのだ。
結果、彼女は、ワルツの手をギュッと握りしめる。
一歩間違えれば、一瞬先の未来で自分を待っているのは、一切光のない絶望と苦痛かもしれない……。
そんなやり場のない恐怖を、一体どこに置けばいいというのか……。
彼女は手を握ることでしか、その恐怖を押さえられなかったようである。
だが……。
彼女が縋った年上の少女は、戸惑いも恐怖も見せず。
ルシアに向かって優しげに微笑んでから、直ぐ前を振り向くと、確認の言葉を口にした。
「一つ確認したいんだけど……」
「あぁ?なんだ姉ちゃん。お前に用はねぇから安心しな?目を閉じてジッとしてりゃぁ、最高の気分のまま天国に送ってやらぁ!」
「……なんかもう、面倒くさくなったからいっか……。貴方たちが何者でも、どうでもいいわ……」
「なめてんのか、このアマ?!……お前ら!一気に畳み掛けるぞ!」
『おう!』
ワルツが余裕な態度を見せていたためか、業を煮やした様子で、ジワリジワリと距離を詰めてくる男たち。
それを見たワルツは、あろうことか、その場にしゃがみ込むと――
「えっ……お、お姉ちゃん?!」
「大丈夫よ?さっきも言ったでしょ?というわけで……逃げよっか?」
彼女とは逆に、まったく余裕が無かったルシアの頭を、優しく撫でたのである。
その会話は、男たちにも聞こえていたようで……。
ある結論に達した彼らの1人が、こんな魔法をワルツたちに向かって展開した。
「そう簡単に逃がすか!転移防止結界!」
「(へー。転移魔法なんてもんがあるんだ……)」
と、男の言葉を聞いて、どこか感心げな表情を見せるワルツ。
その魔法は、その場から転移魔法で移動することを防ぐための魔法のようだったが……。
昨日、この世界にやって来たばかりのワルツが、一切の練習もなく転移魔法が使えるわけもなく……。
彼女たちに向かって展開された魔法は、まったくの無意味で終わってしまったようだ。
では、どうやってワルツは逃げようとしていたのか。
至極、簡単な話である。
「ごめんねルシア。ちょーっと、ジッとしててね?怪我するかもしれないから」
「えっ……」
ワルツはそう口にすると、戸惑い気味のルシアのことを両手で抱きしめた。
その様子は、傍から見れば、最期の瞬間を悟った姉妹のようにも見えなくなかったが……。
次の瞬間に聞こえてきたこんな音と現象が、すべてをひっくり返すことになる。
――そう。
物理的に。
キィィィィィン……
周囲を突如として包み込む、甲高い音。
それと共にワルツたちを包み込んだのは、息をするのも躊躇われるような高温の暴風だった。
「か、風魔法……いや、火魔法か?!」
男たちは、その暴力的とも言える風に対し、必死に抗おうとした。
そこにあった岩の影に隠れたり、身を守るための結界魔法を展開したり、地面に伏せて草にしがみついたり……。
しかし、最大推力1000tを優に超えるその――――ガスタービンエンジンの前では、為す術無く……。
屈強な男たちは、次の瞬間、猛烈な勢いで地面を転がっていってしまった。
「ホント脆いわよね、人間って……。この程度のそよ風で吹き飛ぶとかさー」
まるで、塵がごとく吹き飛んでゆく男たちを眺めながら、それまで浮かべていた笑みを薄れさせ……。
そして、どこか不満げな様子でそんな言葉を口にするワルツ。
それから間もなくすると、未だ透明な機動装甲のその脚部に搭載されていたエンジンの音が、轟と表現できる爆音へと変わり……。
そして、ついにはその場の地面が削れ、融解し、赤熱を始めたところで……。
少女たちの足は、ゆっくりと地面を離れて、そして暗闇が駆逐されつつあった高い空へと浮かび上がったのである。
「お、お姉ちゃん?!と、飛んでるよ?!」
「うん。この際だし、ちょっと遠くまで移動しようかなー、って思って」
「こ、これ魔法なの?大丈夫なの?ケガしないの?!」
「大丈夫よ?これは…………うん。魔法ではないわね」
ルシアの問いかけに対し、魔法だ、と偽ることができたにも関わらず、ワルツはそれを肯定しなかった。
ただ、そのことについてはそれ以上触れようとせず……。
彼女は有耶無耶にすることにしたようである。
それからある程度の高度――具体的には、2000m前後まで上昇したあたりで、彼女はエンジンを停止し……。
そして重力推進に切り替えたところで、話を誤魔化すかのように、こう言った。
「やっぱり、空は静かに飛ぶものよねー」
重力制御システムを使い、周囲の気圧、温度が、ルシアにとって快適な状態になるように調整しながら、流れてくる風を感じて、再び笑みを浮かべるワルツ。
その瞬間、彼女たちを照らし出すかのように、地平線の彼方から、2つの太陽が同時に顔を出したのは……。
果たして偶然か、あるいは、ワルツの計らいか。
「うわぁ…………きれい……」
「お空へようこそ?ルシア」
こうして2人は、金色に染まった空の中を、しばらくの間、ゆっくりと散歩したのであった。
……念のため言っておくのじゃが、男Aのセリフは妾のセリフではないのじゃ?