8.4-23 いばらの道23
「なっ……」
「何だこれは……」
洞窟の下に降りると、ランタンや光魔法の輝きによって、その姿が明らかになってきた魔物の死体の山。
それを見た勇者と賢者は、思わず眼を疑ってしまった。
そこにあったのは、冒険者ギルドにおいて、討伐推奨ランクがA以上の魔物の屍ばかり。
それも、1人や2人で戦える相手ではなく、10人や、下手をすれば100人近い者たちで相手をするような化物揃いである。
しかしそれを、剣士1人で倒したかもしれないというのだから、驚いてしまっても無理はないだろう。
それについては、勇者たちだけでなく、ヌルも同じことを考えていたようである。
「剣士……あやつ化物か?!」
「いや、そんなことないと思うわよ?確かに、いつもエネルギアに轢き殺されそうになってるけど、別に彼、改造人間じゃないし、中身は普通の人間のはずよ?……多分」
と、いつもエネルギアに轢殺(?)されかかっている剣士のことを思い出しながら、自信なさげにそう口にするワルツ。
なお、エネルギアに殺されかけながらも、彼女のことを嫌厭しない剣士のことを、ワルツはそれなりに評価していたりする。
「ビクトール……。いつの間にか成長していたのですね」
「いやいや、勇者?そんな遠い目をしても、剣士、昔から何も変わってないと思うわよ?」
ワルツはそう口にしてから、地面に滴った血が続いている方向へと視線を向けると、隣に居たヌルに対して、こんなことを問いかけた。
「ねぇ、ヌル。この先って、何処か出口につながってたりするわけ?」
するとヌルは、険しい表情を浮かべたままで、首を振る。
「申し訳ありません、ワルツ様。私も、この洞窟のすべてを把握しているわけではありませんので、それは分かりかねます。ただ……風が流れてきているようなので、その可能性は高いのではないでしょうか?」
「そう……。もしも剣士が進むとすれば、この風が吹いてくる先だと思うんだけど……狩人さんはどう思います?」
「そうだな……。アイツの性格からして、土地勘のない洞窟の中を無闇に歩き回るとは思えない。まずは、外の出ることを優先するはずだ。とにかく外にさえ出られれば、どんな場所であっても、無線機を使って助けを呼べるはずだからな」
「ですね……。その時はエネルギアが驚いて飛んでくるんでしょうね……」
「だろうな……」
もしもこのことを知ったなら、実際に血が通っているわけではないのに、恐らく血相を変えて飛んで来るだろうエネルギアのことを想像しながら、苦笑を浮かべるワルツたち。
それからも彼女たちは、滴る血と、魔物の死骸、そして流れてくる風を頼りに、剣士が歩いていっただろう洞窟の先へと進んでいったのである。
◇
「……ねぇ、勇者?もしかして、剣士って化物?」
「ワルツ様……先程、その可能性は否定されていましたよね?」
「いやさ?こんなドラゴンとか、よく分かんない強そうな魔物の死体の山を作るとか、流石に人間業じゃないと思うのよ。もう、軽く100体は越えてるわよ?」
洞窟を進めば進むほど、徐々に幅が狭まって。
そして相対的に、魔物の死骸の密度が高まっていくその通路の先に視線を向けながら、ワルツは眉を顰めていた。
彼女の表情が優れなかったその背景には、2つの理由が存在していた。
1つは、思いの外、剣士が強いかもしれないこと。
もしかすると、勇者より強いかもしれない……。
そればかりか、対魔物戦闘で無類の強さを誇る狩人に匹敵する可能性もある……。
ワルツはそこに広がる凄惨な光景を目の当たりにしながら、そんな評価をしていたようだ。
それ自体は、決してマイナスな要因では無かった。
では何故、彼女は浮かない表情をしていたのか。
問題は2つ目の理由の方にあった。
「これだけ沢山の魔物相手に……剣士のスタミナ、大丈夫かしら?」
つまり、A〜Sランクの強い魔物を相手に、連戦を続けて、疲弊していないか心配になっていたのだ。
この状況下において、それが意味するところは、すなわち、死、である。
これがもしも狩人によって行われていたとするなら、そろそろ彼女は息切れを起こしていることだろう。
「現れる魔物の数が、一向に減らないところを見ると……これは拙いかもしれません」
「これで疲弊してなかったら、ホント化物よね……」
勇者の言葉に頷きつつも、先程までの発言を撤回して、剣士を化物呼ばわりするワルツ。
そんな彼女に、勇者は苦笑を浮かべていたようだが……。
何やら疑問に思うことがあったらしく、彼は真顔に戻ると、すぐ前を歩いていたヌルに対して質問した。
「……ヌル様。一つ質問があるのですが……」
すると、周囲を警戒しながら歩いていたヌルが、少しだけ遅れて返答する。
「……なんだ勇者?」
「この洞窟は、何故これほどまでに強い魔物が多いのでしょうか?」
「さっきも言っただろう。元々、この洞窟には強い魔物が多いうえ、上層部にいる強い魔物たちを崖の下に突き落としたせいだ、とな」
「しかしそれは100年ほど前の話では?」
「……一体何が言いたい?」
そう口にして、鋭い眼光を勇者へと向けるヌル。
そんな、見るだけで心が凍りつきそうな魔王の視線を向けられた勇者は、しかし、狼狽えることなく、言葉を淡々と続けた。
「果たして魔物たちの寿命がどれほどのものかは私には分かりかねますが、これほどの魔物たちが100年も前から生き残っているとは考えにくいのです。しかも、ここには強い魔物しかおらず、弱い魔物がいない……。そんな環境の中で、魔物たちは何を食べて生きているのか、不思議に思いませんか?」
「共食いでもしているのだろう。自然の摂理の中では当然のことだ」
「もしもそうなら何も問題はないのですが……ビクトールが倒した魔物以外に、骨らしきものが無いのが気になるのです。普通、共食いをしているというのなら、食べ難くて、消化にも悪い骨まで食べてしまうというのは、あまり考えにくいのですが……」
そう口にしながら目を細め、そして考え込む様子の勇者。
これだけの魔物がいるのだから、共食いをしているのなら、少なくない数の骨が散乱していてもおかしくはなかった。
だが、そこには、剣士によって殺害されたと思しき魔物たちの死骸しか無く……。
それが逆に、勇者の懸念を増長していたようである。
そして彼は、懸念の核心を口にする。
「誰かによって餌が供給されている……などということはありませんか?」
するとヌルは、すぐに首を振って否定した。
「少なくとも我が国が、魔物たちの餌に予算を掛ける、などということはない。もともとボレアスは『迷宮』で経済が成り立っている国だ。『迷宮』なら放っておいても魔物たちが勝手に増えていくゆえ、わざわざエサ代を考える必要は無いからな」
「…………」
「私の話が信じられんのか?」
「…………いえ。ヌル様がそうおっしゃるのなら、ボレアスは関係ないのでしょう。しかし、これだけの強力な魔物の数は、異常な気がしてなりません。現状では情報が少ないので判断出来かねますが、この先にもしかしたらヒントがあるかもしれませんね……」
「ふん。勇者が何を考えているのかは分からんが、恐らくは何もありはしないだろうて」
そう口にして、不満げに、だが少しだけ口元を釣り上げて、勇者の前を歩いて行くヌル。
対して勇者はそれ以上、何も言わず……。
隣りにいた賢者と共に、後方を警戒しながら、一行の最後尾を歩いていくのであった。
今日はやらねばならぬことがあるゆえ、あとがきは省略させてもらうのじゃ?
いやの?
限られた1日の時間の中で、好きな物語を読むというのは、中々に難しいことなのじゃ。
その上、明日までにやらねばならぬことがあって、それも消化せねばならぬのじゃ。
まぁ、一番の問題は、花粉症なのか風邪なのか分からぬが、身体がダルいことなのじゃがの……。
まったく……。
もしもこれが風邪だとするなら、いったいどこの狐がうつしおったのじゃ……。




