8.4-20 いばらの道20
グォォォォ!!
「えっ?ちょっ?!」
ドゴォォォォン!!
どうしてこうなったのか……。
剣士はエネルギアからプレゼントされた、彼女の船体の外壁を構成する複合素材で出来た、軽くて丈夫な盾を構えながら、飛んでくる熱風――――ドラゴンブレスに耐えていた。
そのすべての始まりは、1時間ほど前の話に遡る。
◇
「……おい、起きろ勇者たち。狩りの時間だ!」
◇
「(あの時、断っていれば、こんなことにはならなかったはずですのに……)」
朝起きて、狩人たちと洞窟探検に出かけたは良いものの、洞窟の中にあった渓谷に足を滑らせて滑落し、彼は皆と逸れてしまっていたのだ。
ただ不幸中の幸いというべきか。
彼は怪我らしい怪我を負うことはなかったようである。
本来なら、落下したその場所で待っていれば、ワルツかルシア、あるいはユリアなど、空を飛べる者たちがやって来て、難なく引き上げてもらえるはずだった。
だが、落ちた先に、運悪く地竜の一種がいて……。
彼はそのドラゴンに追われる形で、やむを得ずその場を移動する羽目になってしまったのである。
「(これ、エネルギア装備が無ければ、わたくし死んでいましたわね……)」
と、薄っすらと緑色に輝くコケを背中に載せた地竜が放つブレスの中で、盾の強度に安堵しつつ、そして同時に後悔する剣士。
しかしどうやら、今の彼の装備なら、一方的に負けることは無さそうだ。
「(逃げるべきか、戦うべきか……)」
普段、単独行動はせず、パーティーでしか行動しない剣士は、この危機的状況を前に、顔を顰めた。
この瞬間も彼は重い甲冑を身に着けていて、あまり早く移動できないのである。
そんな状況の中で、一体どうすれば相手に一太刀浴びせられるか、あるいは逃げることが出来るか……。
彼には盾を頼りにその場で耐える以外に、取り得る手立てが思いつかなかった。
「(……悩んでいる余裕は無いですわね)」
ただでさえ、迷子になっていると言うのに、これ以上、状況を悪化させるわけにはいかないと考えたのか。
ブレスが止んだところで、彼は剣を構え、地竜と戦うことにしたようである。
大きな音を立てながら戦っていれば、その内、仲間が助けに来てくれる、と信じながら。
「(サポート役はいない、回復も出来ない、援護も食料も無い……最悪な状況ですわね……)」
と、剣士が自分の運の無さを嘆いた、そんな時だった。
ブゥゥゥゥン!!
先程までブレスを使い、剣士のことを丸焼きにしようとしていた地竜が、ブレスでは埒が明かないと判断したのか、全身を撚ることで、尻尾をまるでムチのように振り回したのだ。
巨大な地竜が放ったその攻撃は、一般的な冒険者にとって、最悪とも言える攻撃だった。
単純な物理的攻撃だったが、猛烈な速度で振り回されるその固くて重い尻尾がもつ運動エネルギーは、60[km/h]程度で走る普通乗用車にも匹敵するほどのものだったのである。
それが、ブレーキをかけること無く人に直撃するとどうなるのか。
例えそこに、身体強化の魔法や、結界魔法があったとしても、高い確率で即死する、と言えるだろう。
戦場においてウォーハンマーなどの重い鈍器で殴られるのとは、わけが違うのだ。
……しかしである。
ズドォォォォン!!
その攻撃を真正面から受けた剣士は……死ななかった。
そればかりか、怪我をすることすらなかったようである。
それはもちろん、間一髪のところで、誰かに救われたから、というわけではない。
「重っ?!だが……これくらいなら行けますわ!」
彼自身の力で、どうにか乗り切ったのである。
より具体的に言うなら、自身に向かってきた尻尾を剣で切断してから、尻尾がもつ衝撃を盾でいなして、そして胴体と尻尾の隙間にうまく入り込んだのだ。
そんな非常識としか言いようのない切れ味を持ったその剣は、これまたエネルギアによってプレゼントされたものだった。
元は、彼女の推進機関であるガスタービンで使っていたタービンブレードで、それを加工し、剣にしたのである。
耐熱性、耐食性、機械的強度、その他、過酷な環境下でも決して折れることのないその単結晶ブレードは、かつて勇者が持っていた聖剣の比ではない切れ味を持っていた。
まさに、この世界にあるはずのないチートな武器だと言えるだろう。
そして剣士は、尻尾を失ったために体勢を崩してしまった地竜の隙きを見て、その後ろ足に斬りかかった。
「ぅおらッ!」
スパッ!
決して柔らかくない岩石質の硬い皮膚ごと、地竜の後ろ足の肉を切断し、そして骨を断つ剣士。
そのあまりの切れ味に、
グオッ?
切られた感覚が無かったのか、地竜はそのまま体勢を崩して倒れつつも、その状態で首を傾げていたようである。
だが、最期まで地竜がその原因に気づくことは無く……。
次の瞬間、彼の意識は、永遠の闇に囚われてしまったのであった。
◇
「エネルギアから貰ったこの剣……こんなヤバげな武器でしたかしら……」
ほぼ一方的に、地竜を屠ってしまったその剣に対し、怪訝な表情を向ける剣士。
その切れ味は、呪われた魔剣や妖刀の類も顔負け、と言っても過言ではないほどのものだったので、彼はその剣を持っていることが、段々と心配になってきてしまったようである。
なお、言うまでもないことかもしれないが、剣士がその剣を捨てた場合、ほぼ確実に、彼はエネルギアに呪われてしまうことだろう。
「あとで、エネルギアにお礼を言わなければいけませんわね……」
そんな呟きを口にしながら、切断した地竜の解体を始める剣士。
どうやら彼は、たとえ遭難しかかっていたとしても、せっかく倒した魔物なので、そのまま放置するのは勿体無いと考えたようだ。
その際、解体用のナイフを地竜の身体に突き立てたところで、すぐに刃が欠けてしまったので……。
結局、彼は、エネルギアブレード(?)を使って、解体することにしたようである。
と、そんな時だった。
グルルルル……
血の臭いを嗅ぎつけたのか、別の魔物が暗闇の中から現れたのである。
その魔物を暗視魔法が掛かっていた眼で見て……剣士は唖然とする。
「カトブレパス?!」
手足が筋肉質で異様に太く、牛ほどの大きさがあり、見た目は角が生えた犬のような魔物、カトブレパス。
冒険者ギルドにおいては、地竜と並び、Sランクに指定される魔物である。
カトブレパスの最大特徴は、何と言っても、視線を向けただけで相手をまるで石のように麻痺させてしまうその魔眼。
それゆえに、冒険者たちは、マトモな方法でカトブレパスを討伐できなかった。
しかも、体力もドラゴン並。
近づくだけで石化してしまう要塞、と表現しても相違はないだろう。
「く……くそっ!」
カトブレパスが現れた瞬間から、急激に身体が動きにくくなった……そんな気がして、顔を顰める剣士。
結果、彼は、カトブレパスの視界から逃げるのではなく、石化が終わる前に、片を付けることにしたようだ。
一度、石化が始まってしまった場合、相手を倒すしか、術から逃れる方法が無かったのである。
そんな厄介なカトブレパスを倒す方法は無いわけではない。
一つが、目隠しをして戦う方法。
『魔眼』を視界に入れなければ、術に掛かることはないのである。
だが、それは誰にでも出来るものではなく、まだ経験の浅い剣士には、当然不可能な方法だった。
別の方法としては、『魔眼』の効果が届く範囲外から攻撃を加える、というものもあった。
だがこれも、狭い洞窟の中では、不可能な方法であると言えるだろう。
そんな中で剣士が取った選択肢は、自身が石化して固まる前に相手の『魔眼』を無効化する、という方法だった。
要するに、殺られる前に殺る、というわけである。
特別な力を持たない冒険者たちがカトブレパスを狩る場合も、この方法が取られる事が多かった。
ただ、その場合は、Aクラス以上の冒険者たちが、20人ほど寄って集って一斉に襲いかかり、数名の犠牲者が出ることを覚悟の上で討伐する必要があったようだが……。
しかし、剣士には、それ以外に取り得る選択が無かった。
まさか、眼を瞑って、盾にしがみつき、カトブレパスが通り過ぎるのを待つわけにもいかないのである。
それゆえ彼は、カトブレパスに向かって、一人だけで斬りかかっていった。
例えるなら、溺れる者が必死になって藁を掴むように……。
一方、カトブレパスの方は、小さな人間が1人立ち向かってきたところで、大した問題ではない、と考えていたようだ。
むしろ餌の方から自ら近づいてきた程度にしか思っておらず、その口を大きく開けて待っていたのである。
もしも彼が、自分に近づいてくるその人間こそが、眼の前にいる地竜を1人で倒した人物だと分かっていたなら、そんな愚行には及ばなかったに違いない。
スパァンッ!!
そして、鼻の先端から尻尾の付け根まで、まるで単細胞生物が分裂するかのように、真っ二つに別れるカトブレパス。
こうして彼も、地竜と同様、切られたことに気づかず、絶命したのである。
「なんだこれ……」
切った感触が無かったのか、自身の剣に恐怖を感じる剣士。
しかし、彼が恐怖を感じるのも束の間。
ガルルルル……
グルルルル……
ウォォォォン……
洞窟のいたるところから、血のにおいを嗅ぎつけたのか、次々と魔物がやって来たようである。
それも、一体一体がA〜Sランク以上の、災害認定されてもおかしくなさそうな魔物たちが……。
どうも登場人物が1人の場合は、地の文の割合が増えてしまうためか、文量が多くなる傾向があるのじゃ。
個人的には、あまりに長いと読んでおって疲れるから、もう少しだけ短くしたいのじゃがの。
まぁ、20%程度の誤差なら、許容範囲内かの。
というわけで、なのじゃ。
剣士殿が大変な目に遭うパターンに突入したのじゃ。
それもこれも、すべては剣士殿のためなのじゃ?
……多分の。
今ある問題は、この先の展開をどうするかで悩んでおることかのう。
シナリオは2つ。
じゃが、結果は同じ。
悩ましいのう……。
……うむ。
ここで悩んでおっても、結論は出ないのじゃ。
仕方ないゆえ、そこにある白くて柔らかい物体に突入しながら考えるのじゃ?
何か良い方法は…………zzz。




