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8.4-17 いばらの道17

「それでは、ここに手をおいて下さい」


「は、はい!」


受付嬢の指示通り、鑑定の魔道具の上に手を載せるルシア。

そんな彼女は、何処か緊張した様子で、表情が強張っていたようだ。


いや、実際、ルシアは緊張していたのだろう。

彼女はミッドエデンの勇者候補なのである。

ジョブが『勇者』と出る可能性もゼロではないのだ。

あるいは『勇者』と鑑定されなくても、想定外のジョブを診断されて、ここで騒ぎに発展する可能性は決して小さくないと言えるだろう。


しかし、彼女は、それが分かっていても、自分にあったジョブが何なのかを鑑定してみたかったようである。

もしも、自分に、魔法使いや勇者と以外の可能性があるのなら、それを知ってみたい……そう思っていたのだ。


ただ、幸いと言うべきか、今回に限っては、多少の問題が起ったところで、騒ぎが拡大することは無さそうだった。

近くには、魔眼を持つユリアも、言霊魔法が使えるテレサもいたので、最悪の自体が起っても、どうにか誤魔化すことが出来るのである。

だからこそ、ワルツは、ルシアたちをここに連れてきたのだから。


そして、ルシアが鑑定用の魔道具に手を載せてから3秒後。


「結果が出ました」


受付嬢がその口を開いた。


「な、何?」


それを、恐る恐る問いかけるルシア。


すると受付嬢は、何処か苦味のある笑みを浮かべながら、ルシアに対してこう答えた。


「もしかすると、ルシア様には向かないかもしれませんが……『ガーディアン』です」


「え?ガーディアン?」


「はい。誰かを守る戦士のことです。前衛の剣士とは少し違い、剣や鎧に頼らず、魔法や魔道具なども併用して戦う役回りの方が多いジョブです」


「ふーん……。ガーディアンだって?お姉ちゃん」


「そう。私はてっきり、ウィザード(魔法使い)って判定されるかと思ってたわ?」


「うん、私もそう思ってたけど……」


「いかがいたしますか?変更も可能ですが……このまま登録されますか?」


「あ、ごめんなさい。『ガーディアン』でお願いします」


「かしこまりました」


そして、ギルドカードの作成に入る受付嬢。


それから間もなくして出来上がったカードを受け取ったルシアは……


「これで私も冒険者かぁ……」


カードにキラキラとした視線を向けながら、嬉しそうに尻尾を振っていたようである。


「(ガーディアン……妙な偶然ね。まぁ、単なる偶然だろうけど……)」


と、ワルツが妹に向かって苦笑を浮かべていると、


「次の方、どうぞ?」


ルシアに対して、諸注意事項の説明が終わったらしく、今度はワルツの番になった。

ここにきたメンバーの中で、最後の登録である。


「えっと、私も新規登録で」


「かしこまりました。では、身分証をご提示下さい」


「はい」


「えっと……キノシタ(木下)様でよろしいでしょうか?」


「えぇ。間違いないわ?」


その聞きなれない名前に、


「きのした?」


近くに居たルシアが首を傾げる。


「(説明したいんだけど……まさか受付の前で、偽名の説明するわけにもいかないし……)後で説明するわ」


「うん……」


「それでは、こちらに手をおいて下さい」


そう言って、これまでの仲間たちと同じく、鑑定用の魔道具を提示してくる受付嬢。


それに対しワルツは、一旦、ためらった後で、


そっ……


と、そこに手を置いた。

すると、


「あれ?おかしいですね?反応しません……」


魔道具が思ったように動かなかったのか、受付嬢は首を傾げてしまう。

だが、それはワルツも予想していた問題だったようだ。


(まぁ、そうよね……。ホログラムの手で触れたところで、実際に触れてるわけじゃないし……)


それから極短い時間、悩むワルツ。


(どうしようかしらね……下手なことして、騒ぎになっても嫌だけど……でも確認してみたいし……)


彼女は、表に出さない(?)だけで、誰よりも冒険者というものに興味があったようだ。


(……うん。ミッドエデンに戻ってもやらないと思うから、ここでヤるしか無いわね……!)


そして自身の中で結論を出したワルツは、次にこんな行動に出た。


ブゥン……


「へ?」


「ちょっと、失礼するわよ?」


ドゴォン!


空中に浮いていた機動装甲の手のひらから光学迷彩を解除すると、それを鑑定台の上へと載せたのである。


その異様な形状をした手のひらは、受付嬢にとって、(にわか)には信じがたいものだった。

突然現れた幾何学形状の金属塊。

それが、まるで鑑定ほしいと言わんばかりの様子で、鑑定用の魔道具を上から押し潰したのである。

あたかも、目の前で笑みを浮かべながら鑑定を待つ少女自身が置いた腕のように……。


これまで幾多の冒険者たちを相手に受付を行ってきた受付嬢でも、ここまで異様な新規登録の受付を行ったことは無かったに違いない。

実際、彼女は言葉を失い、唖然として固まっているのだから。


「……恥ずかしいから、早く鑑定してもらえると助かるんだけど?」


「あ、はい……」


そして魔道具を操作する受付嬢。

その結果は……。



「…………」ずーん


「お姉ちゃん……大丈夫?」


「いや、うん……大丈夫だけど……ホント、世の中おかしいわよね……。なんで私が『荷物持ち』……」


「う、うん……(でも……あながち間違いじゃないと思うよ?)」


鑑定が予想外の結果だったためか、げっそりとした表情を浮かべながら町の中を歩いて行くワルツ。

その横にはルシア、前には狩人、そして後ろには一行が連なっていたが、そんな中でも、ワルツの表情は一際暗かったようである。

いや、正確に言えば、ワルツの後ろにいたテレサも、似たような表情を浮かべていたようだが。


「ま、しゃぁないわね。もっとポジティブに考えて、Sランクの『荷物持ち』でもやってやろうじゃないの!」


「うん!私も手伝うよ?お姉ちゃん!」


と、持ち直した様子の姉に対して、にっこりと笑みを向けるルシア。


ちなみに。

冒険者ギルドにあった鑑定の魔道具は、対象の人物が持つ魔力の特徴から、その人物がどのような『ジョブ』に向いているのかを判断する魔道具だった。

つまり、魔力をまったく持たないワルツは、判定のしようがなかったので、単なる『荷物持ち』になってしまったのである。

ちなみに、以前、イブが『荷物持ち』として判断されたのも、その当時、彼女の魔力があまりにも非力で、今回のワルツと同じく判定のしようがなかったからだったりする。


「でも、お姉ちゃん?何も依頼を受けなくても良かったの?」


冒険者ギルドを出る際、ワルツたちはそこにあった掲示板に眼を通したものの、ランクFの依頼を、その場では受けなかったのである。

それは、この町で道草を食っている時間が無かったから、という理由の他にも、もう一つ事情があったからだった。


「いやさ?Fランクの依頼を見てたら、魔物の討伐が全然無くて、9割方、薬草の採取ばっかりだったじゃない?ってことは、あの山を越えた先にある町のギルドも多分、同じ依頼で一杯だと思うのよ。それに、これから私たちはまだ旅を続けなきゃならないわけだから……」


「んー……じゃぁ、道中で薬草を取っていく、ってこと?」


「そ。ようは効率よ、効率。ギルドランクを手っ取り早く上げたかったら、まずは第一に効率を考えるべきね」


「ふ、ふーん……(効率って……なんか違うような気がするけどなぁ)」


と思いつつも、姉の提案に同意することにしたルシア。


なお。

この後、この町から北方に向かう街道から、草という草がすべて無くなり、荒野と化す事件が起こるのだが……。

その原因については、言うまでもないだろう。

夕暮れ時の冒険者ギルド。

そこには、間もなく終業時間を迎える受付嬢たちの、何処か嬉しそうな笑顔があった。


「ふぅ……疲れました」

「そういえば、今日は変な人たちがやって来ましたね」

「団体で新規登録とか……絶対、裏に何かあるわよね……」


と、会話を交わす受付嬢たち。

やはり彼女たちにとって、ワルツたちの一行は、普通の新米冒険者には見えなかったようだ。


「特に、あの一番背が高い雪女。あの人、どこかで見たことがあるんだけど……」

「気のせいじゃない?」

「うーん……私も見たことがあるような……」


それから受付嬢たちが、ヌルの雰囲気や顔を思い出して、何か心に引っかかるものを感じていると、


ガチャリ……


日が落ちて寒くなってきたために、閉めたばかりのギルドの扉を開けて、一人の少女が現れた。


そんな彼女は、ギルドの中を一瞥すると。

銀色の尻尾を小さく振りながら、受付までやって来て。

そして、柔和な笑みを浮かべながら、受付嬢に向かってこう口にしたのである。


「新規登録をしたいのですが〜、こちらの受付で良いでしょうか〜?」


……その後、このギルドが始まって以来の、とんでもない鑑定結果が出るのだが。

それをワルツたちが知るのは、もう少し先の話……なのじゃ?


――――――――


某重機狐のギルドカードの内容

・氏名:ルシア

・ジョブ:ガーディアン

・ランク:F


某ましんのギルドカードの内容

・氏名:木下

・ジョブ:荷物持ち

・ランク:F

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― 新着の感想 ―
[良い点] 792/1777 ・不意の『キノシタ』。 [気になる点] ルシアが『ガーディアン』なのは、ワルツ化が進行してきたって意味なのかな? [一言] >『この後、この町から北方に向かう街道から、…
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