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8.4-14 いばらの道14

時間は少しだけ遡って……。


「お腹減ったね?お姉ちゃん!」ニコニコ


「う、うん。そうね……」げっそり


ワルツたちは、服屋での用事を一時的に中断して、町の入口付近にある広場に向かって歩いていた。

皆と一旦合流して、昼食を摂って……そして冒険者ギルドへ行く時間になったのである。


狭い街の中で、唯一開けていたその場には、少なくない人数の冒険者と思しきものたちが、屋台で買った食事を手にたむろしていた。

とはいえ、人を掻き分けて進まなければならない、というほどでもなく、よそ見をして歩いていても人にぶつからない、というわけでもない程度の人数である。

決して大きいとは言えない町だったが、そこに軽食を扱う露天が立ち並んでいて、その上、昼食時ともなれば、自然と町の内外から人々が集まってくるようだ。


「あ、狩人さん!」


広場に狩人の姿を見つけたのか、姉の側を離れて、広場の端の方へと走っていくルシア。

すると、テレサやベアトリクスたちと共に、そこにあった石段に腰掛けていた狩人が、手を振りながら返答する。


「おう、ルシア。どうだ?そっちの買い出しの調子は?」


「うーん……あんまり良くないんだよね……。まだ、テレサちゃんと私の分しか決まってないかなぁ……」


「そうか……。まぁ、冒険者ギルドに行った後、私たちも付き合うよ」


ルシアの現状報告と、げっそりとしたワルツの様子を見て、事情を把握したのか、苦笑を浮かべる狩人。

その際、彼女たちのやり取りを聞いていたテレサが……


「えっ……」


と、耳を疑った様子で固まっていたのだが……。

ルシアも狩人も、そして彼女の隣りにいたベアトリクスも、そのことには気づかなかったようである。

唯一、ワルツだけは、同情したような表情を浮かべていたようだ。


それからまもなくして。

ワルツたちが来た方向とは別の方向から、ヌルとユキBとイブ、それにどういうわけか、この町には来てなかったはずのユリアと……見かけない小さなサキュバスの少女がやって来た。


その姿を見て、ワルツは眼を細めると、声の届く位置までやって来たユリアに対して問いかけた。


「……何かあった、って感じね?もしかして隠し子?」


「いえ、何かあったわけでもなく、隠し子でもないですよ?ただ、少々問題が発覚しまして……この子をこの町から連れて行こうと思います」


「その発言だけを聞くなら、犯罪臭がしなくもないけど……そんな感じではなさそうね?」


「はい。この子……実は、私が以前所属していた諜報部隊の隊長のお子さんです」


「諜報部隊の隊長?……あぁ、ウチの王城の地下で…………ううん、なんでもないわ」


「…………?」


急にワルツが眉を顰めて、口を閉ざしてしまった理由が分からなかったのか、首を傾げて不思議そうな表情を浮かべるサキュバスの少女。

そんな彼女の反応を見たワルツは、自身の表情を改めると、しゃがみ込んでから質問を口にした。


「あなた、お名前は?」


すると少女は、元気よく返答するのだが……彼女は、何やら大きな勘違い(?)をしているようだ。


「お、お初にお目にかかりますです。マリーは、ローズマリーって言いますです。これからお世話になりますです。えっと……よろしくお願いしますです!()()()()!」ぱたぱた


「……ユリア?貴女さっそく……こんな幼い子どもに何か吹き込んだわね?」ゴゴゴゴゴ


「い、いえ、まだ何も言ってませんよ?(ただ、ワルツ様のことを持ち上げて言っただけです)えっと……この子、諜報部の部隊長になることが夢らしいので、その影響ではないでしょうか?」


「そう……。なら、これからちゃんと、教育しなさいよ?変なこと教えたら怒るからね?……狩人さんが」


「お、おう?」


「お、おまかせ下さい!」


そう言って振り返ると、ローズマリーの頭の上に手を乗せて、『よく言えました』と褒めの言葉を口にするユリア。

その言葉にローズマリーは、最初、首を傾げていたものの……。

褒められていることに気付いてからは、顔を赤くしながら、黒い翼と尻尾を小さく振っていたようだ。



「で、どうだった?なんか新しいことは分かった?」


諜報部隊の支部まで3人で向かったはずのヌルたちが、どういうわけか、5人のグループになって戻ってきてから。

ルシアやベアトリクスたちに質問攻めにされているローズマリーを一瞥しながら、ワルツはヌルに対して問いかけた。


するとそのヌルは、諜報部隊の支部……もといローズマリーの自宅から持ってきた紙切れを見せながら、こう返答にする。


「ビクセンが陥落する前後に上層部から送られたと思しき、諜報部隊向けの暗号文が見つかりました。その他の情報については、残念ながら……」


「そう。で、それになんて書いてあったわけ?なんか、暗号化されてるっぽいけど……解析できなくはないわね。えーと、なになに……『いなくなったしりうすへいかをみつけしだいk……』……なにこれ。破れててそれ以上、読めないじゃん……」


「「「えっ?!」」」


「……何よ?こんな低レベルの暗号、解読できて当然じゃない……」


そこに書かれていた暗号文字をスラスラと読み始めた途端、驚愕の視線を送ってくるヌルたちに対し、ため息混じりにそう返すワルツ。

なお、その暗号文は、特殊な魔法がかかっているわけでも、そして数学的に暗号化されているわけでもく、単に文字を図形に置き換えただけの原始的なものだったので、誰にでも解読できる簡単な暗号だった。

だたそれでも、解読にはそれなりの時間を費やすはずだったが……それをまさか、瞬時に解読されるとは思っていなかったようで、ヌルたちは驚いてしまったようだ。


「で、この続きは?」


「それが……転写の魔道具にセットされていた紙が、ちょうど切れていて……分からずじまいでした」


「あらそう……。ちなみにだけど、その転写の魔道具とやらを使って、逆に質問できないわけ?」


「残念ながら、この町の支部は、ボレアス全土の支部の中でも末端ともいえる場所なので、送信側の魔道具は置いてありませんでした。もう少し大きな町なら、どうにかなるのですが……」


「ふーん……。じゃぁ、やっぱり、あの山を超えなきゃダメってことね」


ヌルの言葉を聞いたワルツは、その視線を、町の向こう側に広がる高い山脈へと向けた。

より正確に言うなら、その山脈の向こうにあるだろう、ここよりももっと大きな町へと。


しかし、当然、山脈が邪魔をしているので、彼女の眼に町の姿が映ることはない。

その代わり、彼女の眼に入っていたのは、ボレアスの南部地方と中央平原とを隔てる2000m級の山脈と、その5合目付近から頂上付近に至るまで、真っ白な雪に覆われていた光景だった。

ひと目見ただけでも、半端な体力や知識では、登ることすら困難な雰囲気を放っていた、と言えるだろう。


そのためか、ヌルに対し、ワルツはこんな質問を口にする。


「ねぇ、ヌル。これから先なんだけど……まさか、あの山脈を登って超えるの?」


「夏なら登っても越えられますよ?ですが、雪の降り積もった今では……我々、雪女でも難しいですね」


「まぁ、そりゃそうでしょうね。物理的に雪に埋まっちゃったら、たとえ寒さに強い雪女でも関係ないしね……」


「はい。ですから、別のルートを通って、あの山を越えようと思います」


「転移魔法?」


「いえ、ダンジョン超えです」


「ダンジョン?迷宮じゃないの?(言語が違うだけで、意味は同じだと思うんだけど……)」


「『迷宮』ではありませんよ?『ダンジョン』は生きているわけではなくて、まるで『迷宮』のように長くて大きい洞窟のことを指す名称です。ただ、内部は迷宮と同じように入り組んでいて、迷宮よりもかなり強い魔物がうろついているので……安全なルートから外れると大変な事になります」


「そんなところに、よく安全なルートなんて作れたわね……」


「えぇ、暇d……この国を治める者として当然なことですから」


「暇って……ヌルが作ったわけね……」


思ったよりもハイスペックで、しかし残念な思考をしているヌルの話を聞いて、彼女に対し呆れたような視線を向けるワルツ。

なお、普段、周りにいる者たちから、同じような視線を向けられていることに、ワルツ自身は気づいていなかったりする……。

ボレアスにおいては、『ダンジョン(迷宮)』と『迷宮(ダンジョン)』は異なるものなのじゃ。

……生きておる生物か、生きてはおらぬ洞窟か、の違いだけじゃがの?

なお、洞窟の方の『ダンジョン』には、トレジャーボックスは自動生成されない模様なのじゃ。

まぁ、トレジャーボックスにも富にも興味のないワルツたちにとっては、どうでもいいことじゃがの……。


さて。

今日は何を書こうかのう?

もう、ダンジョンと迷宮の違いについては書いてしまったしのう……。

あるいは、ボレアスの中央側と南側とを繋ぐダンジョンについて、説明しても良いのかもしれぬが……それは本編の方で書くべきことじゃと思うしのう……。


……うむ。

これにするかのう。


――――――――


ユリアたちが諜報部の支部を出た後、広場に向かって歩いていた際の話……。


「いいですか?マリーちゃん。諜報部隊員……ひいては情報局員になるためには、守らなくてはならないルールというものがあります」


「ルール、ですか?」


「そうです。これから広場に行くと、ワルツ様という方が、恐らく私たちのことを待っているはずです」


「ワルツ様?」


「話せば長くなりますが……私たちのご主人様です」


「ご主人様?シリウス様ではないですか?」


「いえ、ワルツ様です。そうですよね?ヌル様」


「そうですね……。確かに、ご主人様です。いえ、むしろ亭sy」


「……そういうわけで、まずワルツ様に会ったら、挨拶をすることが重要です。私たち諜報の道に生きる者たちにとって、目上の人々に対する挨拶は、息をすることと同じくらい必要なことですから」


「は、はいです」


「いいですか?会ったら必ず、自己紹介をするんですよ?でも……そんなに心配することはありません。私がマリーちゃんの側に、ずっと付いていますから」


「はいです!頑張りますです!」


――――――――


こんな感じだったのじゃ?

……多分の。

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