8.4-05 いばらの道5
「なんか、急に寒くなってきたわね……」
大河を渡ってから2日目。
そろそろヌルの言っていた城塞都市(町?)が見えるかどうか、といった頃。
大河から離れるに従って、急速に気温が下がっていくのを感じながら、ワルツは白い雲の浮かぶ空を眺めつつ、そんな呟きを口にした。
すると、昨日よりも幾分か険しい表情が和らいでいたテレサが、未だ腕にくっついて離れないベアトリクスをそのままにしながら、ワルツに向かって問いかける。
「ワルツは、寒いのは嫌いかのう?」
「嫌いかどうかと言われれば……熱いよりはマシってだけで、寒すぎればやっぱり嫌よ?無駄に燃費落ちるし……」
「ふむふむ…………ならば!」
「おっと、こっちに来ようったって、そうはいかないわよ?」ゴゴゴゴ
「んぐっ……?!」ギギギギ
テレサがベアトリクスを連れたまま、自身の側に近づこうとしたところで、重力制御システムを展開し、2人を元の場所へと押し返すワルツ。
すると今度は、狩人とルシアが……妙な笑みを浮かべながら、ワルツに向かってこう言った。
「ん?ワルツ、もしかして寒いのか?」
「お姉ちゃん。おしくらまんじゅう、って知ってる?」
「いや……あのね?寒くないわよ?」
「「……えっ?」」がくぜん
「なんで2人共、そんな残念そうな顔をするのよ……」
考えていたことがテレサと同じだった様子の2人が、自身に近寄ってこようとしているのを、丁重に(?)お断りするワルツ。
その結果、狩人もルシアも、眼を真ん丸にして小刻みに震えていたようだが……もしかすると2人とも寒かったのかもしれない。
なお、イブも同じようなことを考えていたようだが……彼女は余計な前置きを口にせず、どさくさに紛れて、ワルツにくっつこうと考えていたようだ。
だが、一定の距離まで擦り寄ったところで、見えない壁に当たって、それ以上進めなかったことについては言うまでもないだろう。
そんな者たちの姿を見て、ワルツはこう問いかけた。
「もしかして、みんな寒いの?」
それに対し、
「「「「…………」」」」
どういうわけか、無言になるルシア、狩人、テレサ、そしてイブ。
気温的にはそれほど低いわけではなかったが、しかし、寒いとも寒くないとも、素直に言えない理由が、彼女たちにはあったようだ。
「よく分かんないけど……寒かったら、上着着てね?みんな持ってきてるでしょ?」
「「「「…………はぁ」」」」げっそり
「やっぱり、よく分かんないわね……」
と、ワルツが呆れたように口にした……そんな時だった。
「おい、見えてきたぜ?町」
御者台に座っていたロリコンが、見えている景色の中に、次の経由地点である町を発見したらしい。
その声を聞いて、妹のユキBと共に体育座りで暗い表情を浮かべていたヌルが反応すると……。
彼女は、視線を馬車の向かう側へと向けて、少しだけ明るい表情を見せながら、口を開いた。
「あれが、ボレアスと人間側とで戦争が起こった時、前線基地になる城塞都市リーパです。城の上にボレアスの国旗がはためいているところを見ると……あの町は、まだ占領はされていないようですね」
「まずは、情報収集できそうで何よりです」
その光景を見たユキBも、少しだけ安心できたのか、小さく笑みを浮かべた。
ただ……彼女たちが暗い表情を和らげた一方、ワルツは逆に眉を顰めてしまったようだ。
それから彼女は、その理由を話し始めた。
「一応、確認なんだけどさ……町に入る時、身分証の提示が必要になるじゃない?あれ、ミッドエデンだと、魔道具で一元管理されてるらしいから、一度、身分証を作ってしまえば、あとはそのカードで、どこの町でも使いまわしが出来るわけだけど……あれって、実は、全世界どこでも共通で使えるとか……そんなの無いわよね?」
と、人の入出記録を自身が管理しているわけではないので、システムの仕組みについては知らなかった様子のワルツ。
そんな彼女の言葉の意図が分からなかったのか、ヌルが質問する。
「新しく登録し直せば良いのではないのですか?」
「いやさ?もしもだけど、全世界共通で、名前とか所属とか年齢とかの情報が共有されていたとするじゃない?ってことはよ?私たちはミッドエデン側で登録されているわけだから、町に入るときに下手なことを書くと……あ、こいつら人間側のやつらだ、ってバレるんじゃないか、と思って」
つまり、ワルツは、以前、サウスフォートレスで作った身分証が、現代世界でいうパスポートのような効果をもっていて、以前登録したものと同じ情報で登録し直すと、どこの国の出身なのかバレてしまうのではないか、と危惧していたようである。
もしも、何処かで情報が一元管理されるのだとすれば、例え身分証を提示しなくても、実名を書いた時点で検索される可能性が否定できなかったのだ。
そんなワルツの懸念に対し、ヌルは「んー……」と唸った後で、返答した。
「流石に、それは…………無いと思いたいですね」
「えっ?どういうこと?」
「確かに人々の入出を管理しているのは、ボレアス政府です。それはミッドエデンも同じだと思いますが……その管理をする魔道具が自国製ではないというのは、両国とも同じなのではないですか?」
「確か……ミッドエデンもそうよ?ウチの国は農産業と工業が発達しつつあるけど、魔道具の産業はからっきし(?)だから、昔からあるものを使いまわしてるはずだし……それに、旧ミッドエデン王国は、魔道具をメルクリオから譲渡されていた、って話を聞いたことがあるから、間違いないんじゃないかしら?って、もしかして、入出管理の魔道具を作ってるのって……巡り巡って、同じ国だったりするのかしらね?」
「ボレアス国内にある魔道具も、一部の汎用的な魔道具や、ダンジョンから出てきたモノを除いて、特殊な魔道具は他国から売買したものだったり、譲渡されたものばかりです。ですから、元がどこで作られたものなのかは……私たちも把握していないので、出処が同じ可能性は否定できないですね……」
と、今まで、魔道具がどこでどうやって作られているのか考えたことも無かったせいか……実は情報が何処かへ筒抜けだったのではないか、と思い始めた様子のヌル。
それはワルツも同じで、彼女たちは思わず頭を抱えてしまったようだ。
それからワルツは、不意にこんなことを思い出した。
「そういえばユリアたちは、どうやったのかしら?」
ワルツは、魔族であるユリアたちが、初めてミッドエデンに潜入した際、どうやって入出管理システムを通過したのか疑問に思ったらしい。
人間側の領域にいる者が魔族側の領域に行くのも、魔族側の領域にいるものが人間側の領域に行くのも、意味はまったく同じなので、ユリアの例を参考に出来ると考えたようだ。
なお、イブは、ボレアスで作った身分証を持っていて、その上、人間側の領域でも同名で新規に登録したために、見た目がまったく同じ身分証を合計2枚持っているが……流石に『イブ』という名前だけでは魔族だとバレなかったらしく、問題になったことは一度も無かったりする。
それは、ボレアス出身のカタリナも同様である。
ただ、それは、有名ではない者たちに限られた話で……今となっては世界的にある程度、名前が知られてしまっていたワルツやルシアたちも同じとは言えないだろう。
では、どうするのか。
……話は簡単である。
「多分、偽名を使っていたのではないでしょうか?(まぁ、ユリアの場合、『魔眼』や『魅了』を使えるので、いくらでもどうにでもなると思いますけど……)」
「偽名?ユリア、最初からユリアって名乗ってたけど?確か身分証にもそう書いてあったような……」
「あれ、ボレアスの諜報部に所属していたときに使っていたコードネームですよ?」
「「「えっ……」」」
「なにそのカミングアウト……」
「確か本名は……」
と、ヌルがここにはいないユリアの本名を口にしようとした……そんな時だった。
「ヒヒィン!!」
ガコン……
馬車が不意に停車したのである。
「ロリコン?何事?また犯罪じみたことを考えたんじゃないでしょうね?」
「いや、それが……」
「否定出来ないのが悲しいな……。だけど……」
とロリコン、カペラが、事情を説明しようと口を開く……その前に、
「おい!そこの馬車!乗ってるやつは、全員、表に出ろ!」
そんな大声が、馬車の前方から飛んできたのである。
どうやらワルツたちの馬車を怪しんだリーパ所属の兵士が、馬車の前へとやって来て、停車させたようだ。
何故、彼らが馬車を怪しんだのかについては……大河があるために、本来、来るはずのない方向から馬車が現れた、と述べれば十分だろうか。
どうやらワルツたちは、偽名を使うかどうかを悩むよりも、もっと別のことに頭を使うべきだったようである……。
さて、どうしたものかと頭を悩ませておることがあるのじゃ。
……後ろから付いてきておる勇者たちの乗った馬車について。
いや、正確には、勇者たちのことをどう書けばよいか、悩んでおるのじゃ……。
……主に、存在を忘れそう、という意味での?
まぁ、そんなどうでもいいことはさておいて。
これから書かねばならぬことが大量に出てくる予定なのじゃ。
冒険者の階級の話についても、できるだけシンプルなシステムにしようと思うのじゃが、それでも駄文の量が増えてしまうのは避けられそうに無さそうなのじゃ……。
独自の世界を組み立てておる以上、仕方のない事なのかもしれぬがのう。
というわけで、どうにか頑張って書いていくゆえ、お付き合い下さい、なのじゃ。




