8.4-03 いばらの道3
そして朝になって、太陽が東の空に登り。
ワルツは重力制御システムを使って、兵士ごと橋の上へと登ると、そこを進み、そして大河を難なく渡って……反対側の岸へとやって来た。
要するに彼女たちは、遂にボレアスの土地へと入ったのである。
それから橋を降りたところで……。
馬車の中から見える景色に、ヌルがこう呟く。
「はぁ……帰ってきましたね……。我が、愛すべき故郷へ……」すぅはぁ
「ねぇ、ヌル?言いたいことがあるんだけど、言っていい?」
「……なんか……すみません……」
ワルツが何を言わんとしていたのかを察したのか、しょんぼりした様子で縮こまるヌル。
もしもこれが、自身の意思で国を抜け出したのではなく……ユキBのように不可抗力的に国を離れることになっていたなら、彼女たちはもう少し異なる会話をしていたことだろう。
実際、ユキBの方は、少し焦ったような様子だった。
「あと、この平原を越えて、あの山脈を超えれば……ビクセンです」
エクレリアと思しき者たちに襲われ、そして奪われた自分たちの首都。
それがもう少しで手の届きそうな位置にあったためか……。
ユキBは逸る気持ちを抑えるので精一杯だったようである。
とは言っても、そこに嬉しさは無かったようだが。
そんな彼女の姿を見ながら……不意にワルツはこんな言葉を口にした。
「さて……そろそろ、騎士たちをどうすべきか、ちゃんと考えなきゃダメよね……」
その言葉に、
「「「…………?」」」
と首を傾げる馬車の中の仲間たち。
皆が、ワルツの言葉を聞いても、その理解できなかったようである。
そんな仲間たちの反応が予想外だったのか、
「えっ……みんな、騎士たちのこと、心配にならないの?」
思わず確認してしまうワルツ。
これまでの道程でも明らかなことだが、圧倒的な戦力を誇る彼女にとっては、後ろから付いてくるただの人間でしか無い騎士たちのことが、心配でならなかったようである。
それも、少々、過保護と言えるレベルで。
そんな彼女に対して返答したのは……以前の約束通り、ボレアスの領土内に到達した今日から、アトラスと交代で、こちらにやって来ていた狩人だ。
「なぁ、ワルツ。私が言うのも何なんだが……騎士たちはみんな強くなりたくて、ずっとワルツに付いてきたんだぞ?きっと、皆、相当な覚悟を持ってここまで来たはずだ。命を落とす覚悟をしている者も、少なくないんじゃないだろうか」
狩人のその言葉は……オブラートに包まれた優しい言葉だった。
直接、核心には触れることなく、できればワルツにその意味を察して欲しい……そんな意図が込められていたようである。
その言葉を聞いたワルツは、普段は鈍いにも関わらず……しかし、狩人が何を言わんとしていたのかは察せたようで、彼女の発言の裏にあるだろう真意を口にした。
「つまり、騎士たちの心配はいらない……いえ、心配することすら失礼、ってことでしょうか?」
「そこまでは言わないが……彼らのことを心配する必要はない、というのは確かだな。ワルツの指示になら喜んで従うだろうし、手を汚すことだって厭わないと思う。だけど、彼らのことが心配だからって、逆に守るようなことをすれば……奴ら、多分、傷つくんじゃないか?(私みたいに……)」
「えっ?いま何か……」
「いや、気にするな。そんなわけで……ワルツは騎士たちのことを、遠慮なく顎で使ってやってほしい。理不尽なことだって構わない。まぁ……大河を泳いで国に戻れ、ってのは無しだけどな?」
「……遠慮なく、ですか……」
その言葉を聞いて、腕を組み、眼を細めるワルツ。
誰も傷つかず、誰も死なず、誰も不幸せにならないことが一番良い、と考えていた彼女は、狩人のそんな指摘を聞いて……何よりも大切なことを失念していたことに気付いたようだ。
願い、意思、尊厳……。
自分はどうありたいか、と誰しもが心に秘めるだろう、その思いのことを、である。
「どうしようかしらね……」
直前とはまるで異なる理由で、頭を抱えるワルツ。
それから彼女は……とある決断を下したようである。
「隊長。伝令っす。って、次、3階建てに挑戦する気っすか?」
「バカッ。中2階だ」
「大して変わらないじゃないっすか……」
ワルツたちの馬車を後ろから追いかけながら、今日も自分たちの馬車を改造していたフォックストロット隊。
そんな彼らのところへと、珍しいことに、前方の馬車を経由して、伝令が回ってきたようである。
「で、どんな伝令だ?」
「えーと……」
と、回ってきたA4のコピー用紙に書かれていた文言に眼を通す、最年少の隊員。
彼はその文言を読むと……何やら複雑そうな表情を浮かべて、そこに書かれていた言葉を口にした。
「あの……よく意味が分からないんすけど…………今を以って隊列は解散し、部隊ごとに行動せよ。その後は、ボレアスの冒険者ギルドで、最低Aランク以上の評価をもらった後、シラヌイという名の少女の情報を集めつつ、速やかにボレアスの首都であるビクセンへと集合されたし……などと、書かれてるっす……」
「「「……は?」」」
「いや、コレを見てくださいよ……」
そう言って差し出されたコピー用紙に、首を傾げながら眼を通すフォックストロットリーダー他数名。
するとそこには、最年少部隊員が言ったとおりのことが書かれていたようだ。
「なん?!だ、団長、一体何を考えて……」
「いや、この司令出したの、団長じゃないっす……」
「じゃぁ、誰だよ」
「ワルツ=A=Eyeって書かれてるんすけど……」
「「「…………え゛?」」」
その名前を聞いて、そして直接見て……2度、固まってしまった様子のフォックストロット隊。
なお、それは、他の部隊も同じだったようで……一部の者たちは馬車の操縦を誤って路肩へと脱輪し、手や足を滑らせて馬車から落ち、あるいはそこに立っていた木や、他の馬車に衝突するなどなど……隊列全体が大混乱に陥ってしまったようだ。
ワルツの命令は、言い方を変えると……見知らぬボレアスの地に放置する、と言っていることに等しかったのだから……。
ただ、書類の最後の方に、こうも書いてあったようである。
「……なお、このミッションに辞退するものは、大河に架けた橋のふもとに集合せよ、か……」
その文言を見て、深くため息を吐くフォックストロットリーダー。
しかし、彼は俯いたままで、ニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべると……
「このミッション、断るやつ、いるのか?」
まるで本物の狼のように鋭い目つきを見せながら、部隊員に対し、そう口にした。
「いや、最初はびっくりはしましたけど……恐らく、いないでしょうね。少なくても、俺の知り合いには、いないですよ」
「これ、他にどんなルールがあるんだ?」
「ここに書いてあることがすべてなんじゃないっすか?」
「だとすれば……何でもありってことだな。この際、ボレアスの冒険者ギルドを強襲するか」
「「「いや、それはさすがに……」」」
「分かってるよ。ったく……。本当に面倒なミッションを持ってくるぜ、ウチの女神さまは……」
そう言って、フォックストロットリーダーは再び大きなため息を吐くと……部隊のこれからを話し合うために、無線機の受話器を手にした。
その通信相手は、他の部隊のリーダーたちで……。
どうやら彼らは、彼らなりの方法で、このミッションを遂行することにしたようである。
知らぬ者がいるかもしれぬから、一応言っておくのじゃが……この物語は、異世界の話なのじゃ?
当然、冒険者ギルドも、商業ギルドも、錬金術ギルドも、世界中にあるのじゃ。
ただ単に、人嫌いなワルツが、これまでそういった協会組織を避けて近寄らなかっただけなのじゃ?
まぁ、無駄に近代化されて、コル等に管理されておるミッドエデンにとっては、あまり必要のない組織かもしれぬがの。
というわけで、ここからは、少しだけ異世界系の物語っぽいことを書こうと思うのじゃ。
ただ問題は……妾が、その辺の知識に乏しいことなのじゃ……(知っておったら『ゴールド』なんて通貨の名前は使わなかったのじゃ……)。
じゃから、想像だけで書くことになるやも知れぬが……ここはそういう世界なのじゃと、思ってもらえると幸いなのじゃ。
さて……。
あ、そうそう。
1点だけ、どうでもいいことを補足しておくのじゃ。
フォックストロット隊のメンバーが、何の獣人なのかについて。
この物語には、妾、ルシア嬢、カタリナ殿、コル以外の狐の獣人は出てこないのじゃ。
そこまで希少な種族……というわけでもないのじゃが、話の都合上、出さないつもりなのじゃ。
……ただでさえ薄い、妾のあいでんてぃてぃーが、掻き消えてしまう恐れがあるからのう……。
じゃから、フォックストロット隊のメンバーたちは、狐の獣人ではないのじゃ。
彼らは狗……じゃなくて、狼の獣人なのじゃ?
犬は2人で十分……というか、本当は1人でもいい……いや、何でもないのじゃ……。
なお、某4人組アーティストとは何ら関係ない模様なのじゃ?
変な被り物はしておらぬからのう……。
……駄文はこんなところでいいかのう。
そんなわけで、今日もこれから茶を飲みながら、異世界の話を膨らませることにするのじゃ!




