8.4-02 いばらの道2
ワルツたちが『大河』に辿り着いたのは、その日の夜になってからのことだった。
本来、夜になる前に野営の準備を進めて、暗闇の中では無闇に歩き回らないことが旅の鉄則なのだが……大河が灼熱のマグマで、夜でも煌々と発光していたこともあって、夜から野営の準備を始めても問題ないと、彼女たちは判断したようである。
「うわー……これが大河かもなんだね?」
「えぇ、そうよ?でも、はしゃぎすぎて、大河で泳いだりなんかしたらダメだからね?」
「そ、そんなことしたら、イブ、火傷しちゃうかもじゃん……」
「火傷で済めばいいけどね……」
大河にたどり着いたところで馬車を降り、川岸ギリギリまで歩いていって、そんなやり取りを交わすワルツとイブ。
ワルツがここに来るのは2回目だが、イブは初めてだったので……彼女は真っ赤に溶けた岩石が流れる大河を、興味深げに眺めていたようである。
その隣では、ルシアが早速、転移魔法が使えるかどうかの確認をしていたようだ。
「(どうやって、確認しよう……。私自身が転移できるわけでもないし……)」
と、頭のなかで悩みつつ、近くにあった小さな石を転移させてみることにした様子のルシア。
すると石ころは間もなくして、
ブゥン……
と低い音を立てて、彼女の手のひらの上から消えてしまったが……
「(……やっぱり、見えないよね)」
その石ころが、無事に対岸へとたどり着いたかどうかは、ルシアの眼では分からなかったようである。
結果、彼女は、もう少し大きいものを飛ばして見ることにしたらしい。
しかし、その場に、程よい大きさの岩はなく……。
ルシアは思わず首を傾げてしまったようだ。
……だが、そこはミッドエデン最強の、歩く重機ルシア。
「(無ければ作るしかないかぁ……)」
彼女は心の中でそう呟くと……
ドゴォォォォォ!!
久しぶりに土魔法を使い、地面に5km程度の大きな溝を幾つか穿って、大きな長い柱のようなものを大河の川岸から切り出すと、
「(本当は真四角の方が良かったけど、みんなのこと巻き込んじゃうし……とりあえず、このくらいの大きさの目印があれば、暗くても見えるよね)」
ブゥン……
それごと大河の向こう側に向かって、転移させたのである。
すると流石に先程の小さな石ころとは違い、圧倒的な大きさがあったために、
ドゴォォォォン!!
という大きな音を立てて、対岸(?)に転移する大きな石柱(?)。
ルシアはそれを見て、声を上げた。
「お姉ちゃん?やっぱり、転移魔法使えそうだよ?」
と、尻尾を振りながら、彼女は転移魔法の成功を、ワルツに報告するのだが……。
どうやらルシアの魔法は、彼女の意図とは異なる結果を生み出したようである。
「……ねぇ、ルシア?転移魔法使わずに、その橋の上、渡っていけば良いんじゃないかしら?」
「えっ?」
ルシアが転移させたその長い石柱のような地面は、人側と魔族側の領域を繋ぐ、巨大な橋になっていたようだ。
「へぇ……。魔法が使えないなら、橋を架ければいいなんて、ルシアちゃんにしか出来ませんね」
「えっ……いや……うん……」
「……ユキ?実はルシア、橋を架けたかったわけじゃなくて、転移魔法が使えるかどうか試してただけらしいわよ?あの橋は、その副産物だったみたいね」
「へぇ、そうだったんですね………………えっ?」
野営の準備が終わった後、皆と夕食を食べるために、狩人と共にエネルギアから降りてきた来たユキ(A)。
そんな彼女は、今回が初めての大河訪問で、その上、眼前にスペクタクルな光景が広がっていたために、驚嘆の表情を浮かべていたわけだが……。
そこにあった橋が、意図して作られたものではない、という話を聞いて、余計に驚いてしまったようである。
「それにしてもどうしようかしらね……この橋」
ユキが固まってしまった様子を横目に見ながら、狩人の作ったデミグラスソースたっぷりのハンバーグを咀嚼しつつ、その視線を眼前に広がる橋へと向けるワルツ。
すると、正気を戻したユキがワルツの呟きに反応して、同時に質問の言葉を口にした。
「あの……何か困ることでもあったのですか?」
それに対しワルツは、咀嚼を続けたまま、口ではない場所から声を出して返答する。
「いやさ?今までこの大河があったから、魔族側と人間側とで、余計な戦争が起こらなかったわけでしょ?でも、橋が出来たことで、大河が意味を成さなくなったら……バランスが崩れて、面倒なことになるんじゃないか、って思って」
「そういうことでしたか……。確かに、その懸念はありますが……どうなのでしょうね?」
ユキはそう言って首をかしげた後で、今度は近くにいた姉のヌルに対してその視線を向けた。
すると、そこでは、優雅に食後のデザートを楽しんでいたヌルがいて……。
彼女は、スプーンに載った白いアイスを口に運んで、幸せそうな表情を浮かべてから、こう口にする。
「それはもちろん、人間どもに一泡吹かせられるのなら……と、喜んで派兵する国もあるでしょう。私たちだって、人間側と仲良くしたいと思っていても、相手側に戦争を仕掛けられる可能性も否定は出来ませんし……。今回のエクレリアの件などは、そのいい例ではないでしょうか」
その言葉を聞いて、
「うーん……では、やはり……この橋は無くなったほうが良いのでしょうか?」
そう口にしながら、少し残念そうな反応を見せるユキ。
どうやら、彼女は、橋を残したいと考えているようである。
それに気付いたのか、ワルツはユキに対して、質問した。
「ユキは、どう考えているわけ?」
「ボクですか?ボクは……橋があっても良いのではないかと思っています。壊そうと思えば、いつだって出来るんですし、決してマイナスなことだけではないはずです。それでも、悪用する者たちが後を絶たないとするなら……その時に落とせば良いのですか?まずは橋がどんな効果を持つのか、試してみてもいいのではないかとボクは思っています」
その言葉に……
「……アインス。やはり、あなた、変わりましたね……」
「……私もそう思います」
と、細めた視線を向ける、ヌルとユキB。
一体、彼女の何がどう変わったのかは、長い間、ユキと共に同じ時間を生きてきた姉妹である彼女たちにしか分からないが……少なくとも今の彼女の思考は、ボレアスを治めていたシリウス姉妹たちの考え方から、大きく外れ始めてしまったようである。
「じゃぁ、とりあえずは、この橋は残しておく、っていう結論で良いのかしら?っていうか、ボレアス側の意見ばっかり聞いて、オリージャ側の意見は聞いてないけど……」
「……テレサに一任しますわ」
「どうして妾が決めねばならぬのじゃ……」
と、オリージャ代表(?)のベアトリクスに決定を委ねられたテレサは、重そうに頭を抱えて、意見を口にせず……。
そして、最初は橋を残すことに反対していたヌルも、それ以上は、意思表示しなかったので……。
ルシアの作った巨大な石橋は、そのまま放置されることになったようだ。
まぁ、橋の上までの登るのに、数百メートルあるので、そう簡単には誰しもが渡れるわけでは無さそうだが。
365 + 364 + 2 = 731……。
うむ。
今日ではなく、明日だったのじゃ。
明日になったら忘れそうゆえ、今日の内に書いておくのじゃ?
一体、何の数字かは……悲しくなってくるゆえ、言わぬがの。
……たまには、サボりたいのう……。
まぁ、そんなことはさておいて。
今日の話で補足すべきことは……多分、無いのじゃ。
文章の変わり目の間隔が、3行から5行に拡張されたことや、文末に3行空白を追加することにした話を言っても仕方ないしのう……。
強いて言うことがあるとすれば……大河がどんな見た目なのか、という点じゃろうか。
……かつて、ミッドエデンのある人側の領域と、ボレアスがある魔族側の領域の境目には、大河は無かったのじゃ。
そこには、現代世界で例えるとオーストラリア並の大陸があって、人々も魔物も、自由に行き来できておったのじゃ。
そんな大陸を、南北に分割するように『大河』が生じたのは、今から1000年以上前の話。
まるで、地面すれすれを、巨大な隕石が掠めていったかのように、地面が線状に抉れる事件が起こって……そこから真っ赤に熱したマグマが吹き出してきたのじゃ。
そんな大河を構成するマグマは、一般的な溶岩とは違って、粘性がとても低いのじゃ。
対流が盛んに起こっておって、表面は冷えて固まること無く、常に真っ赤な状態になっておるようじゃのう。
例えば、ハワイにあるキラウエア火山から吹き出る溶岩も、地中では粘性の低いマグマで、地面を流れて海まで到達するほどに柔らかいのじゃが……大河のマグマは、それよりも遥かに柔らかいのじゃ。
どのくらい柔らかいかと問われると、何とも表現しにくいのじゃが……サラダ油くらい、と適当なことを言っておこうかのう。
……おっと。
調子に乗って駄文を書いておったら、時間が無くなってきたのじゃ。
ここら辺で、あっぷろーどしようかのう。
ちなみに、ここで述べたことは、本文中で書かれておったことを抜粋したことなのじゃが……いや、何でもないのじゃ……。
……そんな謎の含みだけ、残しておこうかのう。




