8.4-01 いばらの道1
ガコン……ガコン……
と、時折石を踏んで、大きく跳ねる馬車の車輪。
その衝撃は、馬車の中まで伝わってきていたが、流石にここまでの長旅で、みな慣れきっていたのか、新参のベアトリクスを含めて、声を上げる者はいなかった。
その上、
「旅が始まって以来、一番人の数が少ないんじゃないかしら?」
「そうかもしれないね」
「イブもユキちゃんと一緒に付いていきたかったけど……カタリナ様と一緒にいるのはイヤかもだからね……」
そんなワルツとルシア、それにイブの言葉通り、馬車の中の人口密度が一時的に低くなっていたこともあって、余計に静かになっていたようだ。
その内訳は、ワルツとルシアとイブ。
それに、ヌルとユキB。
あとは、
「妾も戻りたかったのじゃ……」
「テレサとの旅……幸せですわ!」わくわく
「よ、よかったのう……」げっそり
テレサとベアトリクスの、合計7人である。
他の者たちは、オリージャの王都を出たところで、そこで待っていたエネルギアの艦内に戻ったり、ミッドエデンの王都に戻ったり、あるいは別の馬車に乗っていたりして、バラバラに行動しているのでここにはいない。
なお、ロリコンとカペラは、いつも通り、この馬車者の御者席である。
「ま、いいんじゃない?たまには静かでも」
「静か、って言っても、7人いるけどね。それに食事の時間には、みんな来る、って言ってたし……」
と、別行動に戻った仲間たちが、口々に言っていたことを思い出すルシア。
そんな姉妹の会話に、今日もメイド服姿のイブが割り込む。
「ル、ルシアちゃん……?忘れちゃいけない人が、もう一人いるかもだよ?」
少しだけ険しい表情を浮かべながら、そう口にするイブ。
なお、彼女が言っているのは、影の薄い狩人のこと……ではない。
人間側の領域にいる間、狩人がやってくるのは、朝と夜の食事の際だけであって、今はミッドエデンの王城で本来の仕事を全うしているはずである。
では一体、誰の話をしていたのかというと……天井の幌の向こう側から、まるで染み込むようにその場へと落下してくる、液体のような透明な物体があった……といえば、想像が付くのではないだろうか。
そして、落下してきたソレは、床に落ちるなり、身体の表面を振動させることで、言葉を放ち始めた。
『いえいえ、イブちゃん?私のことは気にしなくて良いのですよ〜?マクロファージは飽くまでも、王都にいる私と、その場を繋ぐためのインターフェイスでしかないのですから〜』
透明なスライムよりも、どちらかと言えばガスのような見た目に近い魔導生命体――――マクロファージである。
彼は、コルテックスが遠隔地で操作していなくても、ワルツたちに付いていくようにプログラムされているようで、放っておくと馬車の幌の上で昼寝(?)をしているらしい。
そんなマクロファージの姿を見て、ワルツがおもむろに口を開いた。
「コルテックス?そういえば、この先の大河、どうするわけ?渡るのに、普通の転移魔法は使えない、って話よね?また、私が運ぶ感じでいいの?」
それに対し、マクロファージ越しに、コルテックスが返答した。
ただ、どういうわけか、残念そうな様子だったが。
『お姉さまに、おまかせしますよ〜?あ〜……そういえば、失敗してしまいました〜。エンデルシアの飛行艇が、大河を渡れるのか試してみればよかったですね〜。もしも、越えられるようなら、エンデルシアと結託して、ボレアス行きの定期航路の開拓をしても良かったのですが〜……』
「それ……エンデルシア側は、良いって言ってんの?」
『まぁ、ここにエンデルスもいるわけですし、どうとでもなるのではないですか〜?ね〜?エンデルス〜?』
『はっ!コルテックス様のご用命とあらば!』
『ほらね〜?』
「さっそく、属国化してるわけね……」
オリージャを出発する際、コルテックスが彼の国を傀儡化できないか、と呟いていた一方で……エンデルシア王国は、既に彼女の操り人形になっていたらしい。
なお、エンデルシア国王や宰相のキュムラスを、コルテックスがどうやって従順にさせたのかは……不明である。
まぁ、それはさておいて。
「さーて、どうしたものかしらねぇ?(コルテックスは我関せず、って感じだし……)」
と、ワルツが大河の渡り方で首を傾げていると……
「じゃぁ、お姉ちゃん。私の魔法が使えるかどうか試してみる、っていうのはどうかなぁ?」
ルシアが嬉しそうに尻尾を振りながら、姉に対してそんな提案を口にした。
「前に来た時、転移魔法は試してなかったよね?もしも使えるなら、そのまま使えると思うんだけど……」
「んー……そうね。じゃぁ、試してみて、使えそうだったら、やってみましょうか」
と口にするワルツ。
こうして大河は、ルシアの転移魔法が使えたら転移魔法で。
もしもダメだった場合は、ワルツの重力制御システムを使って、飛び越えることになったようだ。
すると、そんな折。
イブがおもむろにこんなことを口にした。
「イブの転移魔法も、ルシアちゃんみたいに使えれば良いかもなのに……」
その言葉に、
『「「「…………えっ?」」」』
と耳を疑ってしまった、その場にいた者たち。
彼女のその一言は、存外に衝撃的な効果を持っていたようだ。
実際、ワルツが、驚いたような表情を見せながら、確認の言葉を口にする。
「イブ……。貴女、転移魔法なんて使えたの?」
「うん。すっごい短い距離かもだけどね……」
そう言って、ポケットから取り出したキャンディーを床に置き、それを、
ブゥン……
と転移させて……5cm少々動かすイブ。
あまりに残念すぎる転移魔法だったが、しかし、転移魔法であることに変わりはなく、
「へぇ……」
『以外ですね〜』
「イブちゃんも鍛えれば強くなれるんじゃないかなぁ?」
と、皆が感嘆の声を上げて、驚いていたようである。
……しかし、それは序の口にしか過ぎなかった。
それはワルツのこんな言葉で、明らかになる。
「そう言えば聞いてなかったけど……イブが、使える魔法って、他にどんなものがあるの?」
「えっとねー……今の転移魔法でしょ、お鍋を温める火魔法でしょ、水を飲むのに使う水魔法でしょ、証拠隠m……布団を乾かすときに使う風魔法でしょ、生ゴミを埋めるときに使う土魔法でしょ、とーちゃんの実験の手伝いをしてたときに身に付けた雷魔法でしょ、部屋の中を明るくするときに使う光魔法でしょ、逆に明るい部屋の中で寝るときに使う闇魔法でしょ、アイスが食べたくなったときに使う氷魔法でしょ、重いものを持つときに使う身体強化魔法でしょ、おめかしするときに使う変身魔法でしょ、雨漏りを防ぐのに使う結界魔法でしょ、それに……あ、イブ、回復魔法も使えるかもだよ?擦り傷くらいしか治せないかもだけどね。あとね……」
『「「「…………」」」』
「いや、ちょっと待ってイブ。私の聞き方が間違ってたわ。こう聞くべきだったわね。……使えない魔法ってある?」
「使えない魔法?えっとね…………ねぇ、ワルツ様?使えない魔法って何?」
『「「「…………」」」』がくぜん
「う、ううん……。なんでもない。なんでもないわ……(もしかして、イブって秀才?)。ちなみに、どうやってそんなに多くの魔法を身に付けたわけ?」
「え?簡単な話かもだよ?だって……どの魔法も、生活する上で必要な魔法かもでしょ?だから、最初は使えなくても、使いたいなーって思って練習してたら、いつの間にか使えるようになったかも!」えっへん
それを聞いて、
「ヌ、ヌル姉様……。私たちも、今からまだ頑張れるでしょうか?」
「うっ……ど、どうなのでしょうね……」
と、数百年間生きているのに、未だ氷魔法しか使えない姉妹が戸惑い、
『……ふっふっふ〜。こんなところに面白そうな実験材料がいたとは〜……完全に盲点でした〜』
「……コルテックス?変なことを考えるの止めなさいよ?」
一部のマッドサイエンティストが、離れた場所で笑みを浮かべ、
「闇魔法って……何?」
最近、光魔法と重力制御魔法しか使っていない少女が驚愕した表情を見せ、
「凄いですわ、イブちゃん!是非、私にも魔法を教えて下さいまし!」
「あ、暑苦しいのじゃ……(離れてくれぬかのう……)」
イブと同じ犬の獣人が、狐の獣人にくっついたまま、憧れるようにキラキラと眼を輝かせた。
それほどに、多種多様な魔法が使えるイブは、この世界でも、貴重な存在だったらしい。
「でもイブ、小さな魔法しか使えないかもだから、日常生活を普通に送るしか出来ないかもだけどね……」
『「「「(それが一体どれだけ難しいと思って……)」」」』
「あれ?どうしたの、みんな?」
『「「「…………」」」』ふるふる
「そ、そう?」
自分が魔法の話をした後で、皆の様子がおかしいことに気付いたイブだったが……。
結局、彼女は、自身の貴重性に気づくこと無く、膝を抱えながら、そこに転がっていた飴玉を、転移魔法で弄ぶことにしたようだ。
なお、これは余談だが……1[mm]程度の浮遊なら、重力制御魔法も使えるとか。
まぁ、浮かせられる対象は、極軽い物に限られるようだが。
先日、読書を解禁した、という話をしたと思うのじゃが、連日、暇があれば、読書をする日々を過ごしておるのじゃ。
朝食を食べておる間、昼食を食べておる間、夕食を食べておる間……あれ?まぁ、良いか。
で、のう。
こう言うのも何なのじゃが……ふと魔が差してしまったかもしれぬのじゃ……。
……もしかして、そんなに、文書の校正をせんでも、普通に読めれば良いのではないか、と……。
……うむ。
思考を停止する、という言葉は好きではないのじゃが、きっとこういうときに使う言葉に違いないのじゃ。
まぁ、語尾が同じ文字で連続するとか、前の文と次の文に連続性がないとか、キャラクターの特徴が無いとか、景色が見えてこないとか……それが自分の書いた文じゃったら、見ておって耐えられぬから、今のやり方を変えるつもりはないがの。
……え?
お前は何を言っておる、じゃと?
き、傷つくから、多少のことは目こぼししてほしいのじゃ……。
まぁ、そんなことは置いておいて、なのじゃ。
……ホント、前半の話の修正を、そろそろ本気で考えねばならぬかもしれぬのう……。




