8.3-34 セカンドコンタクト22
「別に、今日出発じゃなくても良かったのに……」
「まぁ、そう言うなって、姉貴。丁度、狩人姉も来てるんだし、こっちの準備も整ってるんだ。ウチの部隊の半分と一緒に、ボレアスに向かってくれ」
「えっ、いらな……ううん、なんでもないわ……」
「「「…………?」」」
正直に、騎士たちはいらない、と発言しようとした際、近くに自分たちの会話を聞いている騎士たちがいることに気づいて、言葉を改めることにした様子のワルツ。
そんな彼女と、弟のアトラスは、出発準備万端な様子の騎士たちのところへとやって来て、先の会話の通り、今日中に、オリージャを出発するかしないかの話をしていたようである。
なお、その話は、珍しいことに、アトラスの方から提案されたものだったが……その背後に、半透明なスライム状の物体が関与していたことについては、言うまでもないだろう。
ただ、その提案は、コルテックスに無理矢理に言わされたものでは無かったらしく、彼自身も、早い段階で町を出発することに賛成だったようである。
「それにシラヌイだって、もうこの町に居ないって話じゃねぇか。いつまでもここに居てもしゃぁないだろ?」
シラヌイが先にボレアスへと行ってしまったことが、彼の耳にも入っていたのだ。
まさか、それを聞かなかったことにはできないだろう。
「その情報、本当に間違いないのよね?実はこの町にまだいるとか……そんなこと無いわよね?もしもそうだったら、残念すぎるんだけど?」
「手作りのアクセサリーで河渡しを唸らせて、それを運賃代わりにする『シラヌイ』なんて名前のやつ……どこの世界を探しても、アイツ以外に居ないだろうよ?」
「それもそうね……」
と、アトラスの言葉に対し、納得げな表情を見せるワルツ。
どうやら彼女は、下手をすれば、機械である自分と同じくらいのスピードと精度で、金属の装飾をしてしまうシラヌイの事を思い出したらしい。
その後でワルツは、何かに納得するように、無言のまま数回頷いてから、再び口を開いて言葉を続けた。
「まぁ、出発することに、異論はないけど……いいの?もう一度エクレリアが攻めて来ても、貴方たちだけで対処できる?」
「航空戦力とか衛星兵器とか弾道ミサイルとか使われない限り、どうにかなんだろ。最悪、コルテックスの作った『どこでも○ア』を使って、アイツ自身に来てもらえれば、何でもありだと思うしな」
「ああ、そう言えば、その手があったわね」
どうやらワルツもアトラスも、ミッドエデン最強の議長(代理)なら、どんなことがあっても簡単に対処できると思ったようである。
確かにそれは、あながち間違いでも無いのだが……2人共、コルテックスに断られる、という可能性については考えていなかったようだ。
そんな2人からほど近い場所では……
「ふふっ……。ワクワクしますわね!」にっこり
「……ふぁ?」
「旅ですわよ、旅!」
「ま、まさか、お主もついてくる気ではなかろうの?!」がくぜん
ベアトリクスの発言を聞いたテレサが、それはそれは驚いたような表情を浮かべていた。
それも、彼女の3本の尻尾が、これ以上無いくらいパンパンに膨れ上がるほどに……。
「えぇ。陛下にも、義母君にも、許可はいただきましたわ?天使たちのことを一撃で沈黙させる方になら、私のことも安心して任せられる、って。後は、ワルツ様だけですけれど…………ワルツ様ーっ!私も一緒に付いて行っていいですわよねー?」
「ぜんぜん、いいわよー?」
「ちょっ!?」
「これですべての障害は無くなりましたわ!一体、何の障害か……お聞きになりますかしら?」そわそわ
「き、聞きたくないのじゃ……」げっそり
と、口にして、頭を抱えてしまった様子のテレサ。
恐らく彼女は、今この瞬間、これまで自分がしてきた行動について、後悔しているのではないだろうか。
まったくもって彼女の新しい人生というものは、波乱(?)に満ち満ちているようである。
そして、さらに別の場所では……
「勇者……。次、会うときは、その格好……元に戻っていることを願っているぞ?」
「……諦めて下さい」にこっ
「…………」
以前から知人関係にあったマクニールと勇者が、別れの挨拶を交わしていたようである。
そんな彼らの近くには、もう一人、別れの言葉を口にする者の姿があった。
「勇者どのォ!姫様をお頼みしますぞォォ!」
雄叫びのような声を上げて、今にも血の涙を流しそうな様子で……。
勇者に対し、ベアトリクスのことを頼み込むクラークである。
なお、これは余談だが、彼はベアトリクスの学問の師を務めているらしく、彼女のことをまるで自分の娘のように大切にしていたようだ。
「……クラーク様。その頼みは、私ではなく、ワルツ様かテレサ様に頼んだほうがよろしいのでは?」
「た、頼めぬ……。吾輩の秘密を握っておるあの者たちには、口が裂けても頼めぬのだッ……!」
「貴方も、不正に手を染めていたのですね……」
クラークの一言を聞いて、事情を把握した様子の勇者。
それから彼は、少々戸惑い気味に、クラークへと、こう答えた。
「可能な限り善処いたします。……いえ、むしろワルツ様方なら、私が動かずとも、ベアトリクス様を守ってくれることでしょう。ですが……」
「……ですが?」
「……ワルツ様方から様々な知識を身に着けたベアトリクス様がここへと帰国した時、ベアトリクス様がこの国にどんな変化をもたらすのか……そこまでは、私にも想像できません。恐らくは、この国をより良くするために……事細かな不正を見つけ出しt」
「姫様ァァァ!!なりませぬ!やっぱりなりませぬぞォォォ!!」
「……見苦しいぞ、クラーク……」
と、クラークの言動に対し、眼を細めるマクニール。
なお、これは余談だが、マクニールも何らかの不正を行っていたらしい。
彼のところへは、周りの者達が驚くほどに、異常なほど多くの情報が入ってきていた……と言えば、その内容については、想像してもらえるだろうか。
それからも準備が進み、間もなくして出発しようか……といった時であった。
王城を取り囲むように、所狭しと建てられていた家々の向こう側から不意に……
ゴゴゴゴゴ……
という低音の地鳴りのような音が響いてきたのである。
その音を聞いて、自分たちの馬車に荷物を積み込み、出発準備を進めていたユキとイブは、
「何の音だろ、ユキちゃん……。もしかして……エクレリア?!」
「どうでしょうか……エネルギアちゃんかもしれませんよ?」
「エネちゃん……こんなうるさくないかもだから、多分違うと思うよ?」
思わずその手を止めて、音のする方へと視線を向けたようである。
もしも、その音が、エクレリアの者たちによって立てられた音だとするなら、これからのスケジュールを大幅に変更しなくてはならないのだから……。
だが、その音は、エクレリアとは無関係だったようである。
では、何の音だったのかというと……
ゴゴゴゴゴ…………
家々の向こう側から現れて、徐々に空を覆い尽くし始めた、全長300mを超える真っ黒な船体――――ポテンティアからだったようだ。
ただ彼も、本来は特段うるさいというわけではなかった。
むしろ、通常の飛行時における騒音は、タービンによる推進機構を搭載しているエネルギアよりも、よく分からない原理(おそらく風魔法か、科学ならMEMS系の何か)で推進しているポテンティアの方が、圧倒的に静かだったのである。
なら、その本当の音源は何のか。
それは……ポテンティアのさらに後ろからやってきたようである。
その姿を見て、ワルツは思わず呟いた。
「エンデルシアの飛行艇……。コルテックス……あの娘、準備出来てないとか言っておきながら、実はできてたんじゃない……」
黒光りする巨大なポテンティアの船体の後ろから、少なくない数のエンデルシアの飛行艇が付いてきていたのである。
どうやら、エンデルシアの飛行艇群は、かつてミッドエデンのサウスフォートレスを襲った70万の兵士たちの内、オリージャ出身の者たちを乗せて、彼らのことを母国へと送還しにやって来たようだ。
飛行艇と書く度に、妾の脳裏を、新○和製の救難艇が飛んで行くのじゃ……。
いや、それを分かっておって、飛行艇という言葉を使ったのじゃがの。
あの境界層制御技術……妾の身体にも付けt……いや、なんでもないのじゃ……。
なお、エンデルシアの飛行艇は、救難艇的な形状をしておるものがいないわけではないのじゃが、基本的には、某RPGに出てくる飛空艇を想像してもらえると助かるのじゃ?
そういえば、前に書いたスケッチは何処に行ったかのう……。
それはそうと。
一部、補足しておこうかのう。
MEMSについて。
この物語では、たまに工学的な名称を使うことがあるわけなのじゃが、MEMSもその一つなのじゃ?
まぁ、いまさらなのじゃがの。
での、MEMSというのは、Micro Electro Mechanical Systemsの略で、マイクロメートル単位か、それ以下の機械的動きを伴う電子部品のことを指す言葉なのじゃ?
まぁ、そのままの意味じゃの。
今回のポテンティアの場合は、船体をマイクロマシンで構成されておるゆえ、その表面にあるマイクロマシンたちを協調して動かすことで、風を発生させて前に進む、というもの(かもしれぬ)のじゃ?
イメージとしては……うちわを持った小人が、ポテンティアの表面に無数に並んでおって、彼らが必死になってうちわを扇ぎ、風を発生させておる……そんな感じじゃと捉えてもらえると助かるのじゃ。
とはいえ、ポテンティアが実際にどんな物理的作用で浮遊したり推進しておるのかについては、誰にも分からぬのじゃがの?
他にも、色々と説明を省略しておる部分があるのじゃが……どうしたものかのう。
これまでは下手に説明せず、検索してもらったほうが早いと思って書いて来なかったのじゃが……まぁ、正確な説明に関しては、文献の方を参照してもらうとして、ここで簡単な説明くらいはあってもいいかもしれぬのう。
ちょうど、あとがきで書くことが思いつかn……いや、なんでもないのじゃ……。




