8.3-28 セカンドコンタクト16
その頃。
ワルツたちと同様に、異変を察したミッドエデンの騎士たちは、オリージャの王都の中を歩哨していた。
とはいえ、彼らが不用意に大きな音の響いてくる場所へと近づくことはなく……。
逆にその方向から逃げてくる市民たちの避難誘導や、救援活動など兼ねて、街の中に異変が無いかを探しながら歩き回っていたようである。
そんな中、騎士たちの内の、とある部隊が、音の聞こえてくる方向とはまったく異なる場所の市壁付近を、疲れた表情を浮かべながらユラユラと歩いていた……。
「……こちら、フォックストロット隊。二日酔いで死にそうなんだが、迎え酒を飲んでもいいか?」
『くっ……私語は慎め、フォックストロットリーダー。二日酔いで頭痛が痛いのは、ここにいる皆が同じだ……。オーバー』
「はぁ……。だよな……」
オリージャの首都にたどり着いたその日、夕食を饗すという王宮の提案に乗らなかった彼らは……町で、大好きな酒を頭から浴びるように飲んでいた。
しかし次の日は、シラヌイの捜索のために、アルコールを一滴も飲めず……。
二日酔いが、今になって、彼らの身体に大きな負担(?)となって現れていたようだ。
「はぁ……これなら大人しく、アトラスさんに付き合ったほうが良かったかもしれないっすね……」
「確かに、パーティーの場でも少しくらいは酒が出たかもしれねぇけど……アトラスさん……酒飲めねぇからな……。まさか、俺たちだけ酒盛りするわけには行かねぇだろ……」
と、まだ未成年な上、下戸なアトラスが、自分たちに選択肢を与えていたことを思い出すフォックストロット隊の面々。
だが、その後悔が先に立つことはなく……。
彼らはただゾンビのように、街の中を徘徊するほか無かったようだ。
そんな折。
不意に先頭を歩いていた隊長が、尖った獣耳をピクリと動かして立ち止まると……彼は何も言わずに、左手を肩の高さまで上げた。
四十肩のせいで腕が上がらない……訳ではなく、後ろから付いてきていた部隊員に対する停止のサインである。
どうやら彼は、何かを察したらしい。
すると、先程までゾンビのような動きで歩いていたメンバーたちは、急に機敏な動きを見せると……その服装が自分たちの姿を最も効果的にカムフラージュしてくれる場所を見つけて、そこへと溶けるように身を隠し始めた。
そんな彼らが来ていたその服は、特別な服装ではなく……甲冑とは言えない程に軽量化された、ミッドエデンの騎士団員が着る制服で、極端な話、普段着と言っても過言ではない服装だったようである。
しかし、狩人の厳しい特訓の成果のためか……。
彼らは、完全に、街の風景の中へと同化してしまった。
例えるなら、まるで影のうs……気配を希薄に出来る狩人のように……。
それからまもなくして、姿を隠している彼らのいる場所へとやって来る者たちの姿が3つほどあった。
身体には全身タイツのようなものを身に付け、頭には飾り気のない丸いヘルムを被り、手に細長い筒のようなものを持った、黒ずくめの者たちである……。
その様子を見る限り、どうやら市民でも、オリージャ兵でも、そしてミッドエデンの者でもない、町の外からやってきた新しい来客らしい。
十中八九、この国に宣戦布告したというエクレリアの兵士だろう。
「(えーと?確か……アトラスさんが何か言ってたな……。魔法の攻撃は通らないから、殴って倒せ、だったか?いや、打撃も刃物も通らないんだったか?……まぁ、いいや)」
早朝のブリーフィングで、総司令官のアトラスが何か言ってたことを思い出し掛かるフォックストロットリーダーだったが……このままだとタイミングを逃してしまうと思ったのか、アトラスの発言を思い出す前に、彼は行動を始めたようである。
「…………」さっ
彼は黒ずくめの者たちが目の前を通り過ぎるのと同時に、再び手を上げると、部下たちに対して、何やら幾つかのハンドサインを見せたのだ。
それが意味するところは……
サッ……
サッ……
サッ……
「…………?」ゴキッ「ぐっ…………」
「どうしt」ゴキッ「がっ…………」
「ひ、h」バキッ「ぶっ…………」
体術で制圧しろ、である。
それも手段を問わず……。
それから、呆気なく生命活動を停止した黒ずくめの者たちから、念のため武器らしき物体を引き離して……。
そして、彼らをマジマジと観察しながら、フォックストロットリーダーは呟いた。
「何だ……。アトラス様の話を聞いた限り、もっと強い奴らと思ってたんだが……正直、拍子抜けだな。これなら、うちの嫁の方が遥かに強そうだな……」
彼は、どんな攻撃も無効化してしまう、というアトラスの話を思い出したらしく、あまりに簡単に制圧できた黒ずくめの者たちに対して、怪訝な表情を向けたようだ。
もちろん気を抜いた訳ではなく……もしかすると、実は死んだふりで、不意をついて起き上がってくるかもしれない、と考えながら……。
しかし、その可能性は無さそうだった。
なぜなら……
キラキラキラ…………
不意に死体が光りに包まれたかと思うと、まるで砂が風に飛ばされるかのように、光の一部が四散を始め、死体と共に、目の前から消え去っていったからである。
その光景を見て、
「なんだこれ?」
「さぁ?隊長が知らないものを、俺らが知ってるわけないじゃないっすか……」
「試しに……少し確保しておきますか?」
と、戸惑い気味の表情を見せるフォックストロット隊。
その際、隊員の一人が、飛んでいく光の粒を捕まえようとして、それを手で掬おうとするのだが……。
まるで魔法のごとく、手を透き通るように飛んでいってしまったために、残念ながら粒子のサンプルは確保できなかったようである。
「見た目は幻想的な感じなんすけど、これが死体の粒だと考えると……気持ち悪いっすね……」
「嫌な想像すんなよ……」
「うわっ……もしかして俺、汚いものを触ったか?!」
それから彼らが、風に消え行くその光の粒を、どこか青い顔をしながら見送って……。
その後で再び、歩哨に戻ろうかと考えていると……不意に路地の向こう側から、
パァン!!
そんな何かが破裂したような音が聞こえてきた。
「近いな……」
「この『銃』だか、っていう武器を使ったときに出る音だよな……」
「誰か……ヤられたんすかね……」
街の壁に反響して聞こえてきたその音を聞いて、眉を顰めるフォックストロット隊。
彼らは音の聞こえてきた方向に繋がる道へと、その視線を向けると……
「……帰るか」
「いっすね。その選択肢」
「よし、帰りましょう」
そう口にしながらも……帰り道とは逆の方へと歩いていったようである……。
それも、先程のように、気配を消しながら……。
一つだけ書けなかったことがあるのじゃ……。
フォックストロット隊の構成員について。
……まぁ、詳しいことは、本文中で述べるゆえ、まだ書かないでおこうかのう。
ただのう。
一つだけ書いておこうと思うのじゃ。
実は、このフォックストロットリーダーだけは、既出の人物なのじゃ?
とはいっても、名前がある人物ではないがの。
その内、彼が何者なのか、書くつもりなのじゃ。
恐らくは……ミッドエデンの王都に戻った後の話になる予定じゃがの?




