8.3-20 セカンドコンタクト8
それから、ミッドエデンの王姫だった頃の記憶を失っていたテレサが、オリージャ国王に、どう対処していいものかとアタフタして……。
そんな時、タイミングよくやって来た顔の青いアトラスにアシストを頼み、どうにかこうにかミッドエデンとオリージャのこれからについて、話し合いを始めた……そんな頃。
街にある宿屋の部屋の中で……
「…………」ずーん
「…………」ずーん
「…………2人とも何をしているのです?」
膝を抱えながらベッドの上で小さくなっているユキBと、近くにある机に肘を付きながら頭を抱えるユキF……そして、そんな2人の行動が理解できなかったユキAが、妙な雰囲気を作り出していた。
なお、彼女たちと一緒に行動しているはずのイブは、今この部屋にいないようである。
そんな中、アインスから投げかけられた問いかけに対して、ヌルがげっそりとした表情を浮かべながら返答する。
「ワルツ様に、今すぐボレアスに連れて行って欲しい、とお願いしたいのですよ……アインス」
その言葉にツヴァイも口を添える。
「私も同じです。ですが……」
「ですが、言えない、と?」
「えぇ……」
「はい……」
と、同時に首肯するヌルとツヴァイ。
彼女たちが祖国や姉妹たちを心配するのは当然のこととして……。
しかし2人は、何らかの理由から……今すぐにエネルギアやルシアの転移魔法を使わせてもらって、祖国に戻らせてほしい、という頼みを口にできなかったようである。
その原因について、まずはヌルが説明を始めた。
「自ら好き勝手に国を抜け出してきたのです。……もはや、自業自得としか言えませんよ……」げっそり
それに続いて、ツヴァイも口を開く。
「ワルツ様方は、ボレアスの民たちのために、食料を運んでいる最中という話……。これ以上、迷惑を掛けることは出来ません……」げっそり
「……なるほど」
2人が何故げっそりとしていたのか、その理由を知って、納得げな表情を浮かべるアインス。
もちろん、そんな彼女も、今すぐに祖国へと戻りたいと考えていたようだが……彼女は彼女で、ミッドエデン側に残ってやらなくてはならないことがあったので、今すぐボレアスに帰りたい、とは言えなかったようである。
だが、2人とは帰れない理由が異なっていたためか……。
帰りたくても素直にそう言えない姉妹たちに対して、アインスは前向きな発言を口にした。
「……いずれにしてもワルツ様方は、近々、ボレアスに行く予定です。ですから、今は無理に戻ろうとはせず、その時までに、ボクたちはボクたちで、情報の整理と収集、それに戦うための準備をすべきではないでしょうか?」
それに対し、
「し、しかし……しかしですよ?アインス姉様。もしかしたら他の妹たちも……」
「そうですよ、アインス。あなたは心配にはならないのですか?もしかすると今頃、他の妹たちや国民がひどい目に遭っているのかもしれないのですよ?」
と、すぐには納得できなさそうな反応を見せるツヴァイとヌル。
人の命……それも自国民や姉妹たちの命が関わることなので、2人ともそう簡単には、アインスの言葉に頷けなかったようである。
その結果、アインスは、こう言葉を続けた。
「ヌル姉様とツヴァイ。よく考えてみて下さい。もしも、ボクたちが単独でボレアスに帰れる事になったとして、魔法が効かない相手と、一体どうやって戦うというのです?それもたったの3人で……」
「それは……」
「……気合でどうにかする、などとは言わないでくださいよ?ヌル姉様。ボクたちは誰一人欠けること無く、確実に国民たちを救わなければならないのですから」
「「…………」」
アインスの言葉に、閉口するヌルとツヴァイ。
そんな彼女たちの表情は、厳しい様子で頭を抱えている……というわけではなく、アインスの発言に驚いている様子だった。
その反応に気づいたのか、
「……ど、どうしたのですか?2人とも……。そんな、迷宮の1階層目から巨大な地竜が出てきて面食らった冒険者のような顔をして……」
と、実際には迷宮探索をしたことのないアインスが、想像だけで問いかけると……
「アインス……。あなた、変わりましたね……」
「本当に……アインス姉様なのですか?」
彼女のことを昔からよく知っている2人は、信じられない、といった様子でそんな言葉を呟いた。
「えっ……か、変わったって……ボクは何も変わってなんかいませんよ?」
「いえ。昔のお姉様なら、何も考えずに、きっと、全軍突撃!などと口走っていたはずです」
「そうですね……。それが怖くて、姉妹たちを追加で4人作ったのですから……」
「えっ……そ、そうだったのですか!?」
と、自身の誕生の裏話を知って驚くアインス。
どうやらユキ(A)の性格は、彼女が思っているよりも、ボレアスを去ってからのこの短時間で、大きく変化していたようである。
一方。
王城近くの厩舎では……
「よーし、ハナコとコハナ。キレイになって良かったな!」
「「ヒヒィン!」」
ここまでワルツたちのことをミッドエデンの王都から運んできた2頭の愛馬に、ブラシを掛け終わったロリコンが、道具を片手に満足したような表情を浮かべていた。
そこには、ロリコンの相棒であるカペラもいて……彼は、嬉しそうな相棒と馬2頭の姿を前に、苦笑していたようである。
「随分とブラッシングに慣れてきたんじゃないか?ロリコン」
と、自分の分のブラシを手入れしながら、問いかけるカペラ。
なお、最近まで馬の手入れの方法を知らなかったロリコンに対し、その方法を教えたのはカペラである。
「慣れてきたっつうか……気持ちを込めて優しく磨いていると、次第に宝石のように輝いていく馬が、つい愛おしくなってきてな……。それに2頭とも、まだ3歳だし……」
「……なんだ。ただのロリコンか……」
「あ?悪いか?」
「いや、なんでもない。いくらでも好きに愛でるがいいさ」
と、ロリコンの言動に慣れていたのか、あるいは細かいことを考えないようにしたのか、道具の手入れへと戻るカペラ。
それからロリコンも、相棒の発言に怪訝な表情を浮かべつつ、使ったブラシに付着していた馬の毛を取り除こうと手を動かし始めるのだが……。
そんな折、彼は何かを思い出したらしく、隣で作業していたカペラに対して、こんな問いかけを口にした。
「そういえば、カペラ。お前、逃げようとは思わないのか?」
その言葉に、
「ちょっ!やめろ!ロリコン!誰かに聞かれたら、俺たち揃って消されるぞ!」
と、慌てふためくカペラ。
しかし、ロリコンは、周囲を見渡して、自分たちと馬以外に誰もいないことを確認してから、その言葉の理由を話し始めた。
「なに。ここには馬と俺たち以外に、誰もいないんだ。それに……本当に逃げようとしてるってわけじゃないんだから、気にすんなって。……でだ。お前確か……前はこの国で生活してたことがあるんだろ?なら、地理にも詳しいんだから、逃げようと思えば逃げられんじゃねぇのか?」
その言葉に、カペラは大きくため息を吐くと、自身の考えを口にする。
「はぁ……そうだな。逃げようと思えば、逃げれられるだろうさ。まぁ、だけど、今のところ、逃げようとは思わないな……」
「どうしてだ?」
「命が惜しい、ってのも、一つの理由だが……肩書は奴隷で、汚れ仕事ばかりを押し付けられているが……奴隷に払われるとは思えない額の賃金をもらって、少しの自由と十分な睡眠時間を貰ってるんだ。自堕落な生活を送りたいなら話は別だろうが、普通に働いているのと大して変わらないし、現状に不満は無いからな……」
と、言った後で、自身の言葉に納得するようにうんうんと唸るカペラ。
そんな彼に対し、ロリコンは……怪しげな表情を浮かべながら、こんな言葉を口にした。
「……本当にソレだけか?」にやり
「……何が言いたいんだ?」
「周りを見渡せば、それなりの美女だらけ……って話だ(エンデルシア国王談)。幼女にしか興味のない俺にはよく分からないが……お前、誰か好みの女性でもいるんじゃねぇのか?騎士たちの間ではテンポ様の人気が高いようだが?」
「お前、尻尾生えてないけど、ホント首尾一貫してるよな……。だが、そういうわけじゃない。とはいっても……他に理由が無いわけでもないが……」
「何だよ?」
「……飯」
カペラのその言葉を、
「飯……」
と繰り返すロリコン。
どうやら彼は、その言葉に、何やら共感を持ったようである。
「確かに美味いよな……飯……」
「でも最近、食べてないんだよな……」
「はぁ……狩人姐さんの飯が恋しいぜ……」
そう口にして、奴隷である自分たちにも手を抜かない料理をご馳走してくれる狩人の事を思い出す2人。
彼らは両方とも、女性には興味無い、といった類の話をしていたようだが……少なくとも狩人には特別な感情を抱いているようだ。
「つぎ食えるのはいつになるだろうか……」
「あの飯のためなら……逃げたいとも思えるかもな……」
「あぁ、そうだな……」
と、2人の頭の中が、狩人の料理のことで一杯になった……そんな時であった。
「に、逃げる……?!」
不意に、厩舎の入り口の方から、そんな言葉が聞こえてきたのである。
「「…………?!」」
その言葉に、顔を真っ青にしながら、全力で振り向くロリコンとカペラ。
だがそこには既に、言葉を放っただろう人物の姿はなく……。
ただ、黄色いクセ毛だらけの尻尾だけが、入口の外で、ちらりと翻っていたようだ……。
『鳩が豆鉄砲を食ったような顔』……。
ユキ殿の発言で、地竜が云々、と言っておったところで、本当はそう表現したかったのじゃ。
じゃがのう……。
この世界には鳩がいないゆえ、その表現を使えなかったのじゃ……。
鳩やスズメに近い動物として、一応、ニクやワイバーンがいないわけではないのじゃが……ニクに喧嘩を売ったら売った者が、逆に肉塊になるじゃろうし……ワイバーンも比較的温厚とは言え、鳩のように逃げ出すとは限らないからのう……。
というわけで、少々回りくどい表現になってしまったのじゃが、地竜を例に挙げさせてもらったのじゃ?
それとのう。
『馬』という表現はあるのじゃが、あれは地球の馬とは違うのじゃ?
確かに馬の形はしておるのじゃが、身体のいたるところから……おっと。
これ以上の説明は伏せておくのじゃ?
表現に色々と問題があるからのう……。
ゆえに、物語の中でも、『馬』という表現以外には説明しないつもりなのじゃ?
どんな馬なのかは……まぁ、読者の想像におまかせするのじゃ。
しかし……このままじゃと、この世界の動物は、皆、まともではなくなってしまうのじゃ……。
たまには……愛玩動物でも出してみようかのう……。




