8.3-13 セカンドコンタクト1
降りしきる雨の中。
「ふむ……。コルには感謝せねばならぬのう……」
ルシアに転移魔法で飛ばされたテレサは、空間拡張されていた和服の袖の中から傘を取り出し、それを差しながら、オリージャの王都の中を歩いていた。
そんな、一見すると、特に問題なさそうに見えるテレサは……しかし、今この瞬間、どうしようもない大問題に苛まれていたようだ。
「……ここどこかの?」
彼女の視界に映っていたのは、見たことのない大通りに立ち並ぶ大量の屋台や、行き交う馬車、それに名前も顔も知らない人々……。
要するに、この町の地理を知らないテレサは、街の中でただ一人、迷子になっていたのである。
「ルシア嬢め……。帰ったら、稲荷寿司の負債(?)を減額させてもらうのじゃ……」
テレサはそう呟くと、とりあえず知っている景色が見えるところまで、歩いていくことにしたようだ。
それから人通りの多い街の中をしばらく進んでいくと……彼女は何やら、違和感に襲われたようである。
「(しっかし、この町は、なんというか……人の数が不自然なのじゃ。女性が多いというか……いや、むしろ、男性が少ないと言うべきか……。まぁ、その分、安心して歩けるのじゃがの?)」
彼女の眼には、ここが市場のような場所だったこともあって、多くの行商たちの姿が映っていた。
果実の大量に入った木箱を運んだり、肉や魚の荷降ろしをしたり、あるいはそれらの買い付けをしたり……。
そんな、どこの街にもあるような光景の中には……しかし、どういうわけか、男性の姿が、あまりいなかったようだ。
「(徴兵制の影響かの?それにしては、昨日、ベアが囚われておった建物の中には、暇そうな男共が転がっておったのじゃが……)」
と、昨日、ユリアたちが気絶させていった者たちのことを思い出しながら、首を傾げるテレサ。
しかし、考えても、手持ちの情報だけでは、答えは見つからなかったようである。
それからも、街の中を歩いて。
彼女が、その疑問を、より深く確信した……そんな時。
「……この『てんたくるばっふぁろー』の肉を、200kg……いや、300kg売って欲しいのだが?」
彼女にとって聞き慣れた声が、街の喧騒の中から飛んできた。
「いや、300kgどころか、50kgも在庫はありませんよ……」
「ふむ……困ったのだ。朝食を摂りたいというのに、どこの店に行っても置いてないという……。もうこうなったら、屋台を巡って、ハシゴとやらをするしか無いか……」
生肉を前に、そんな意味不明な発言をしている少女の姿に気付いたテレサは……
「む?飛竜殿?ここで何をしておるのじゃ?」
自分が迷子になっていることも忘れて、いつも通りに話しかけた。
すると、
「……おや、テレサ殿。主も、朝食を買いに来たのか?」
今気づいた、といった様子で振り返り、そして質問を口にする飛竜。
「いや、違うのじゃ。無理やりルシア嬢に転移させられたせいで、街の中を彷徨っておったのじゃ」
「ふむ……。そういえば……ここはどこだ?」
「……いや、妾も知らぬのじゃ」
「左様か……。ユキ殿たちと共に城を出たはいいが、いい匂いに釣られて気づいたら……我もここにいたのだ」
と、自身が迷子になっていることすらに気づいていなかった様子の飛竜。
とはいえ、飛竜の場合、元の姿に戻って空を飛べば、王城までなら帰れないことはないはずだが。
それから、飛竜の無茶苦茶な食事量が、元の大きなドラゴンの姿と、人の姿とではまったく異なる、という話を交わし……結局、爬虫類と思しき魔物の串焼きを3本だけ購入して、飛竜がそれを食べきり、そして彼女が満足したような表情を浮かべてから。
共食い……などと思いながらも、余計なことは口にしなかったテレサは、その代わりと言うべきか、こんな質問を飛竜に対して投げかけた。
「のう、飛竜殿?主はこの町の光景について、どう思うかの?」
「ふむ?なんとも旨そうな匂いの漂う街だと思うが?」
「いや、それは、この地区が食材を扱う屋台だらけで、匂いが籠もっておるせいなのじゃ。そうではなくての。妾が聞きたかったのは……この街は随分と女性の数が多くて、そして男性が少ないのではないか、という話なのじゃ?」
と口にしながら、周囲を見渡すテレサ。
そんな彼女につられるように、飛竜も辺りに視線を向けて……そして飛竜も、同じ結論にたどり着いたようだ。
「……そう言われてみれば、確かにメスの数の方が多いかもしれん。だが、偶然ではないか?」
「偶然のう……。これでもしも、妾に記憶があったなら、何か分かるのかもしれぬが……空っぽな妾の頭では、これといって確信の持てる推測が出来ぬのじゃ……」
と、言って、深い溜め息を吐くテレサ。
それから彼女は、改めて飛竜に対して問いかけた。
「それでのう。主が知っておる範囲で良いから、これが原因ではないか、と思しき事柄を教えてほしいのじゃ」
すると飛竜は……
「ふむ……。これが、師匠の言っていた推理、と言うものなのだな?任せよ!」
何を思ったのか、眼を輝かせながらそんな言葉を口にする。
そしてその後すぐ、口元に手を当てて目を瞑り、推理(?)を始めたようだ。
「(なんじゃろう……何か、嫌な予感しかしないのじゃ……)」
そんな出処不明な懸念を抱きながら、テレサが待っていると……
「…………見えた!」カッ!
飛竜は眼を物理的に輝かせながら、突然声を声を上げた。
そして彼女は、瞼の裏に見えてきただろう事柄を話し始めたのである。
「メスよりも、オスの数が少ない理由は……」
「……理由は?」
「昨日の夕食の食ざi」
「ちょっ、ちょっと待つのじゃ!飛竜よ。それ以上、言ってはならぬのじゃ!」
「む?どうしてだ?」
「世の中には言って良いことと、悪いことがあって、その発言は完全にアウトだから、なのじゃ!」
「ふむ……。人の世界というものは、中々に難しい……」
と戸惑い気味に、唸る飛竜。
ただ、その推測を途中で遮ったテレサの方は、そんな最悪とも言える飛竜の推理を完全に否定できずにいたらしく……
「(いや、待つのじゃ……。昨晩、妾は、王城で食事を取っておらぬから分からぬが……まさか、本当に……いや、そんなはずは……)」
そんな嫌な考えが頭の中でループして、不安になってしまったようである。
すると……。
そんな彼女たちの後ろの方から、不意にこんな声が聞こえてきた。
『いや〜……あれは、本当に残忍な屠殺風景でした〜……。男たちばかりを集めて、決して口には出せないような恐ろしい処理を〜……詳しく聞きますか〜?』
「……いやの?コルよ。そういうのは必要ないし、結構なのじゃ?というか、お主が言うと、途端に冗談じみて聞こえるのじゃ……(悪いとは言わぬがの?)」
自身が座っていた路地の階段先の方から飛んできたコルテックスの声を聞いて、溜息を吐きながら、呆れたような反応を返すテレサ。
それから彼女は、コルテックスに対し、安堵したような表情を見せながら、ずっと抱いていた質問を投げかけた。
「ところでコルよ?主は、今まで何をしておったのじゃ?」
『ふっふっふっふ〜……よくぞ聞いてくれましたね〜?実は〜……』
と口にしながら、路地裏からマクロファージの姿を見せるコルテックス。
そして、彼女は……このオリージャの首都に来てから、今まで姿を消していた理由を、2人に明かしたのである……。
まったくもって、袖の中が広いというのは、具合が良いことなのじゃ。
色々なものを持ち運べるし、それに魔法の影響か、重くならぬからのう。
まぁ……懐が寒いのだけはどうにもならぬがの……。
というわけで、新しいサブタイトルに変わったのじゃ?
とはいえ、名前が変わったところで、内容が大きく変わるわけではないがの。
それに正直いうと……すっかり、変更するのを忘れるところだったのじゃ。
昨日の夜、夢の中でタイトルを変更し忘れた夢を見て、飛び起きて……また寝た……。
そのせいで思い出したのじゃが……このやるせなさ、物語を書いておる者にしか分からぬじゃろうのう……。
他、かにばりずむについては、触れんで良いじゃろ。
むしろ、触れたくないし……男たちが街にいないのは、別に理由があってのことじゃからのう。
その件については、その内、語ろうと思うのじゃ?
さて……。
次の話の執筆に入ろうと思うのじゃ。
……今冬初めて作ったODENを食べながらの?




