8.3-12 魔王の卵12
場面は部屋の中へと戻り。
ベッドから飛び起きて、周囲を見渡してから……大混乱に陥ってしまった様子のユキB。
寝過ごしたと思っていたら、自分のことを知った顔の者たちが取り囲んでいて……夢なのか現なのか、理解できない、そんな様子である。
そんな彼女に対し、全ユキたちのオリジナルであるヌルは、
ガシッ!
と、彼女の肩を掴んで、問いかけた。
「ツヴァイ。一体、何があったのです?」
ユキBの顔を覗き込むように、真っ直ぐな視線を向けながらも……しかし、それ以上の質問を口にはせず、静かに妹の返答を待つことにした様子のヌル。
すると、ややあってから、ユキBは……
「本物の……本物のヌル姉様なのですね?!」うるうる
自身の肩を掴んでいる姉に向かって、そう呟いてから……彼女の返答を待つこと無く、
「良かった!お姉さまが、ようやく見つかりました!」
そう口にして、
ボフッ!
と、ヌルに対して、勢い良く抱きついた。
「ちょっ……ツヴァイ!急にどうしたのでs……」
「うわーん!お姉様ぁー!」
そして、堰を切ったように泣き出すユキB。
どうやら彼女は、今日、姉に合うまで、簡単には語れないほどに、大変な思いをしてきたようだ。
それからユキBが落ち着いたところで……。
「それで、一体、何があったのです?」
眼を真っ赤にさせた妹をベッドに座らせてから、ヌルは再び事情を問いかけた。
すると、ユキBは、苦々しい表情を浮かべながら、その場にいた者たちにとって、思い掛けない一言を口にする。
「ビクセンが…………落ちました」
「「「…………え?」」」
「……落ちたとは……どういうことです?」
思わず耳を疑い、眼を見開いて、その言葉の意味を確認するヌル。
しかし、その言葉は、聞き間違えでもなければ、それ以上の意味を持った特別な言葉でもなく……。
ユキBは、苦々しい出来事を思い起こすかように眉を顰めながら、事情の説明を始めた。
「今から3週間ほど前のことでした……。ビクセンを取り囲むように、大量の魔物たちと、彼らを使役しているだろう者たちが現れて……ビクセンを制圧したのです」
「なん……?!」
「もちろん、私たちは抵抗しました。町は迷宮が暴れたせいでボロボロになってしまっていましたが、人々は健在でしたから、皆で迎え撃ったのです。ですが……相手の兵にも、魔物たちにも、一切魔法が効かなくて……。それで、どうにかお姉さまや、ワルツ様方の助けを借りたいと連絡を取ろうと思っていたら、他の姉妹たちと共に捕まって連行されて……。その連行の最中にアクシデントに巻き込まれて、気づいたらここに連れて来られた……そんな感じです」
「「「…………」」」
ユキBの言葉に、眼を細め、苦々しい表情を浮かべる一部の者たち。
そんな彼女たちが何を考えていたのかについては、人それぞれだが……皆、共通して、これまでの行いを後悔していたようである。
……ただ。
ワルツだけは違ったようである。
「……その話、もう少し詳しく聞かせてもらえないかしら?」
まるで、誰かの葬式と言わんばかりに俯く者が多い中で、彼女は俯くこと無く、そんな質問をユキBへと問いかけたのである。
その言葉にユキBは、
「わ、ワルツ様……。詳しくとは……あ、あの……どのようなことをお聞きになられたいのですか?」
ワルツから話しかけられるとは思っていなかったのか、あるいは質問が余りにも漠然としたものだったためか……。
彼女は戸惑いながら、逆に質問を返した。
すると、ワルツは、顎に指を当てながら、何かを考えるように、こう口にする。
「そうね……。まずは、襲ってきた兵士が、どんな姿をして、どんな武器を使ってのか、ってところからかしら?」
「どんな姿で、どんな武器、ですか……。一言で表現するなら……見たことのない防具と武器を使っていました。まるで真っ黒い全身タイツのような、身体にフィットする防具を身に着けていて……。そして頭には、飾り気の無い、黒く丸いヘルムを被っていて、その内側にある表情を伺うことは出来ませんでした。それで武器の方は……これが非常に凶悪で、大きな音と共に、まるで弓のようなもので貫かれたような傷を残す、見たこともない武器を使っていました……。ただ、その傷痕には、小さな金属の粒のようなものが残っていたので……恐らくは、高速で金属の粒をぶつけるようような武器なのだと思います」
「……そう」
ユキBの言葉を聞いて、目を細め、残念そうな表情を見せるワルツ。
その他、その話を聞いていたユキ(A)やカタリナも、眉を顰めていたところを見ると……どうやら彼女たちには、ユキBの説明した者たちの姿が、はっきりと想像できたようである。
……いや、むしろ、こう表現したほうが良いだろうか。
彼らがどこから来た者たちなのかを知っていたようだ、と……。
それからワルツは、もう一つ質問を口にする。
「あと……使役されていた魔物の方に、何か特徴は無かった?」
それに対しユキBは、思い返すかのように眼を閉じると、恐らくは彼女自身が見ただろう魔物の特徴を口にし始めた。
「そうですね……。魔物自体は、ビクセン周辺に生息している、普通の魔物だったのですが……剣や魔法などでどんなに攻撃しても、倒れる気配がまったくありませんでした。まるでゾンビのようなのに、でも動きが機敏というか……。あ、それと、身体の何処かに、金色のリングのようなものを身に付けていましたね。恐らくはあれが、魔物たちを使役するための魔道具だったと思うのですが……お恥ずかしい事に、それが何だったのかまでは、分かりませんでした」
「そう……。大体分かったわ。ありがとう」
「い、いえ……」
そう言って、複雑な表情で俯くユキB。
まともな情報提供すら出来ない自分が、どこまでも無力であることを実感している……そんな様子である。
とはいえ、ワルツにとってユキBの説明は、十分すぎるほどの内容だったようだ。
結果、彼女は、ユキBの座っていたベッドから離れ、窓の方へと振り返って数歩ほど移動すると、こんなことを口にし始めた。
「面倒よね……。ホント、面倒。何も、この世界まで来て、わざわざ争いの種を持ち込む必要なんて無いのに、一体、何がしたいのかしらね……。あっちの世界で、散々、痛い目にあっているはずなのに……。ま、人のこと、言えないけどさ……」
そんな彼女に対し、
「えっと……あの、ワルツ様?」
心配そうに問いかけるユキ(A)。
するとワルツは、振り返って、小さく疲れたような笑みを浮かべると、
「ううん。なんでもないわ。でも、少しでも早くボレアスを取り戻さなきゃダメそうね。それにこの国に攻め入ろうとしている連中への対処も、ね……」
そう口にして首を振ると、雨の降りしきる窓の外へ再び視線を向けた。
そんな彼女に対し……しかし、その場にいたものたちは、それ以上、話しかけなかったようである。
その詳しい理由は不明だが、もしかすると……振り向いたワルツの両目が、真っ赤に輝いていたことと、何か関係があるのかもしれない……。
……いやの?
話をぶった切って、ひな祭りネタか、温泉ネタをねじ込ませたらどうか、とテレサに提案したら、書くべき物語が違う、と抗議されてしまっての?
仕方なく、こうしてあとがきだけ書かせてもらったんじゃ。
とはいえ、そんな簡単に、ひな祭りネタを、普段文を書いておらぬワシが書けるわけもないんじゃがのう。
え?ワシが誰か?
……推して知るべしじゃ!
そんなわけでじゃ。
今日はテレサが家におらぬ故、ワシがこうして、あとがきを埋めておるわけじゃ。
じゃが、この話の内容がよう分からぬワシには、あまり詳しいことが書けぬ。
というか、そもそもワシは、この物語に、尻尾の毛の先端すら登場せんからのう……。
まぁ、しっかりとしたあとがきについては、テレサが帰ってきたら、書くのではなかろうか。




