8.3-10 魔王の卵10
随分な扱いを受けたのか、呼びかけても返答しない、ボロボロの姿になったユキの姉妹の誰かを重力制御で浮かべながら、王城の来賓室へと戻ってきたワルツたち。
するとそこには、本来、ここにいないはずの人物が、彼女たちの帰りを待っていたようだ。
「おかえりなさい、ワルツさん。それにルシアちゃんと、テレサちゃんも。あと……お姫様?」
ワルツたちを出迎えたのは、エネルギアに乗って移動しながら、今もリアの治療の研究を続けているはずのカタリナであった。
つまりエネルギアがここに来ない限り、彼女も来れないはずなので……どうやら、彼女たちは、この大雨を振らせている分厚い雨雲に紛れて、秘密裏にオリージャへとやって来たらしい。
差し詰め、エネルギアが、剣士無しの生活に絶えられなくなって、禁断症状でも発症しだのだろう。
まぁ、それはさておき。
そこにいたカタリナの姿を見て、
「ちょうどいいところに来たわねカタリナ」
と口にしながら、嬉しそうな表情を浮かべるワルツ。
それから彼女は、自身の重力制御システムで浮かべていた意識のない少女(?)から、光学迷彩を解除して、言葉を続けた。
「そこでユキB以降の誰かを拾ってきたから、治療してもらえるかしら?」
「いったいどこで拾ってきたんですか……?」
「えっと……そこの教会跡地の地下牢?」
「それ、拾ってきたんじゃなくて、救出してきたんですよね?」
そう言いながらカタリナは、ユキの姉妹と思しき少女の頭に手を触れると……
「はい、おしまいです」
1秒足らずで、治療を終えてしまう。
「……貴女、日に日に、治療の速度が上がってない?」
「いえ、そんなことはありませんよ?速度を上げることだけを考えるなら、精度を下げれば、もっと早く治療できますから」
「そ、そう……」
「それもこれも、ワルツさんのご指導のおかげです」
「えっ、う、うん……それは良かったわ……」
日々、自らの力で進歩を続けるカタリナに対し、ワルツは何と返答して良いのか分からなくなってしまったらしい。
他、ルシアとテレサの2人は慣れているとして、ベアトリクスが目を丸くして固まっていたことについては、言うまでもないだろう。
すると、そんな彼女たちの様子に気づいている様子無く、ユキの姉妹の身体に治療し忘れが無いかを診ていたカタリナは、話題を変えて、こんな問いかけを口にした。
「しかし……オリージャという国は、何やらきな臭い事に巻き込まれているようですね?」
「いや、ホントそうなのよ。さっきも天使が襲ってきて、テレサが撃墜したところなんだけど、その後も悪魔みたいのが出てきて、シルビアが袋叩きにしたばかりでさ?」
「何を言っているのか全然分かりませんが……大体把握しました」
「ちゃんと分かってんじゃない……」
「エネルギアから降りてくる前、事前にコルテックスから報告を受けましたからね」
と言って、胸から下げた銀色のカードに手を触れるカタリナ。
どうやら彼女は、コルテックスから、新しい魔導無線機を受け取っていたようである。
それから、ワルツの重力制御システムによって浮かべていたユキの姉妹を、綺麗に拭いて、ベッドに寝かせた後。
安らかに眠っているように見える彼女のことを取り囲みながら、ワルツたちはこれからのことについて相談を初めた。
「ユキXがここにいるってことは……やっぱり、冬のボレアスって、やること無いのかしら?ヌルの件もあるし……」
「うん、お姉ちゃん。今、その発言はどうかと思う……」
「…………ごめん」
「まだ、ヌル様やユキさんに、このことを伝えてないんですよね?すぐに報告したほうがいいんじゃないですか?」
「妾もそう思うのじゃ。身内なら、なおさらなのじゃ」
と、相談を交わす4人。
すると彼女たちの会話を聞いていたベアトリクスが、事情が飲み込めない様子で、不意にこう呟いた。
「ボレアス?ユキX?もしかして……この女の子は、『魔王の卵』に何か関係でもあるのですの?」
と、戸惑い気味の表情を浮かべながら、問いかけるベアトリクス。
それに対し、テレサが返答しようとするのだが……
「関係も何も、この者は…………誰じゃったかの?」
「「「…………」」」
記憶が無い上、そもそもユキB〜Eに会ったこともないテレサには説明できなかったようなので……代わりにカタリナが説明を初めた。
「この方は、『大河』の向う側にある隣国のボレアスを治めている、魔王……の一人です」
「ま、魔王……?!」
「あー、カタリナ?このお姫様、魔王に耐性がないらしいから、あまり刺激的なことを言わないでね?あと、ユキたちのことは、まだ言ってないからね?」
「そうですか……。えっとですね……正確には魔王ではありません。スペアというか、代理というか…………いつも姉たちから無理難題を押し付けられて、苦労している魔王の妹です。あ、この事は、他言無用ですからね?」
「魔王の妹……」
カタリナの説明を聞いて、自分の中で『魔王像』を組み立てていっている様子のベアトリクス。
そんな彼女の脳裏では、恐ろしい姉の魔王たちが、年端もいかない妹をイジメているような……そんな光景が浮かんできているに違いない。
「信じてもらえないかもしれませんが……この人はとても優しい方です。目が冷めたら、温かく接していただけませんか?」
そんなカタリナの言葉に、
「あの……はい。分かりましたわ」
と、頷くベアトリクス。
どうやら彼女は、魔王がどういうものか、噂だけで想像するのではなく、実際に自分の眼で見て判断することにしたようだ。
……しかし、彼女には、もう一つ、どうしても分からないことがあったらしく……カタリナに対して、こう問いかけた。
「ところで……貴女、誰ですの?」
それからワルツたちが、カタリナのことを……ワルツ教の神官(?)だの、泣く子も黙る注射器魔(?)だの、魔王も裸足で逃げ出す最強の元僧侶(?)だのと説明して……
「……つまり、施術師の方ですわね?」
「はい。大体そんな感じです。それと……ワルツさんと、ルシアちゃんと、テレサ様?あとで、お話があります」にっこり
「「「…………?!」」」がくがく
と、ようやくベアトリクスに、紹介が済んだところで……
コンコンコン……
誰かが部屋の扉をノックした。
その音に反応して、最初にワルツが口を開く。
「あー……この感じ、碌でもない人が来たわね……。面倒事が嫌なら、開かないほうが良いと思うわよ?私なら、絶対に開かないわね……」
それに対し、カタリナが首を傾げながら、問いかける。
「碌でもない人……とは?」
「んー、そうね……。試しに、開けてみれば分かると思うわよ?だけど、私はちょっと、姿を隠させてもらうわ」
そう言ってホログラムの姿を消失させるワルツ。
それほどまでに、面倒な人物となると……まぁ、大体限られてくるだろう。
「……どうしよっか?」
「逃げるかの?」
「何を言っているのですか?皆さん……」
事情の分からないカタリナが、そう口にしながら、ドアの方へと行き、そこで取手を回すと……
ガチャリ……
「……ミッドエデンの者に、折り入って相談したいことがある。吾はオリージャ国王の……」
ガチャリ……
頭に金色の飾りを載せた、どこからどう見ても面倒そうな老人が立っていたらしく、彼女は扉を締めて、そこに対物理用の結界魔法を展開したようだ。
「ところで……。テンポに聞いたのですが、この王城は、窓から出入りするらしいですね?」
「うん、そうみたい」
「さてと……行くかの?」
そう言い合って、再び宙に浮かべられていたユキXと共に、窓から外へと出ようとするカタリナたち。
その際、テレサは、そこで振り返ると、後ろにベアトリクスに対し、
「ベアはどうするn」
と言いかけるのだが……。
その言葉は、最後まで発音されなかったようである。
「さぁ、行きますわよ!テレサ!」ぐいっ!
「んぐっ?!」ずさささ……
そして、ベアトリクスに腕を捕まれ、無理矢理に連行されるテレサ。
こうして……。
ワルツたちは、面倒ごとから逃げるように王城を離れ、城下町に向かうことになったのである。
30分で終わらせるつもりの作業が長引いてしまったゆえ、時間が無くなって、超速で書き上げたのじゃ。
じゃから、また、キャラクターのセリフとセリフとの間にある地の文が、箇条書きっぽくなってしまっておるやもれぬが……複雑な事情があったと、ご理解いただけると幸いなのじゃ?
まぁ、今更かの?
というわけで、超速ADコンバータが完成……じゃなくて、ワルツたちは城の外に出ることになったのじゃ?
そして、ベアトリクスの暴走が、妾を巻き込んで……もうダメかもしれぬ……。
いや、自分勝手な行動をするというわけではないがの?
おっと。
調子に乗っておったら、時間が無くなってきたのじゃ。
じゃから今日はここで、あとがきを切り上げさせてもらうのじゃ?
これから、昨晩届いたうつ伏せ用クッションを使って、どの程度、執筆効率が改善するか、評価せねばならぬしのう。
ふっふっふっふ……楽しみなのじゃ?
……もしかして、フラグかの?




