8.3-08 魔王の卵8
一方、その頃。
「そう言えば、ユキちゃん?イブ、部屋に朝食を忘れてきたかもなんだけど……」
「……うっぷ……。ちょ、ちょっと今、食事の話は……止しておきましょう……」
「えっ……う、うん……」
留守番を任されていたイブとユキは、飛竜によって破壊された後で、応急的に塞がれていた来賓室の窓から、土砂降りの雨が降りしきる外を眺めつつ、そんなやり取りを交わしていた。
そんな中で、ユキはイブから、朝食の話を切り出されたわけだが……どうやら、ユキの胃は、夜が明けた今でも、最悪な状態にあるようだ。
「ユキちゃん、大丈夫?」
「だ、大丈夫です」
「……ダメかもなんだね?」
「…………はい」
と、イブの問いかけに対して、頷くほか選択肢が無かった様子のユキ。
そんな彼女たちは、部屋から出ること無く、外の出来事を眺めようとしていたようである。
だが、大雨が降っていて視界が悪かった上、角度的にも中庭を見渡せる場所に無かった事もあり、彼女たちがいた来賓室からは、天使たちとワルツたちの戦闘の様子はまったく見えなかったようだ。
……なお、言うまでもないことだが、その戦闘は既に終了済みである。
「大丈夫かな?ワルツ様たち……」
と、戦いが終わったことも知らずに、飛竜の形に大きく広がっていた窓から、心配そうに空を眺めて、そう呟くイブ。
すると、そんなイブの隣りにいたユキは、彼女の肩に手を置いて、優しげに微笑みながら、こう囁いた。
「何も心配することはありませんよ?ボレアスで迷宮と戦った時だって、戦いとすら言えないほどに一方的だったのですから。天使たちだって、同じことになるはずです」
「そお?でも……シルビア様だって、天使かもだよね?シルビア様みたいのが、1万人もいたら、って考えると……イブ、心配になっちゃうかもなんだよね……」
「えっ……えっと…………そ、そうですね……」
天使というものがどのようなものなのか知らない2人は、たまに天使らしき姿に変わるシルビアと、襲来した天使たちの姿を重ねた結果、不安に襲われてしまったようだ。
なお、天使のような姿になるシルビアは、主従関係にある『神』がいないため、『天使のような』であって、本物の『天使』ではない。
そんな彼女たちがいた部屋の中には、他にもヌルと、人の姿をした飛竜もいて、何やら会話を交わしていたようである。
「……ドラゴン殿は、この戦局、どう見られる?」
「……愚問だ(分からぬ)」
「……なるほど。つまり、ワルツ様方が勝つ、と?」
「……かもしれん(そんなことより、食事はまだだろうか?)」
と、重々しい雰囲気を纏いながら、外に視線を向ける2人。
とはいえ、飛竜の方は、深く考えているようで、何も考えていなかったようだが。
それからも、4人が、外の景色を眺めながら、とりとめのない会話を続けていると……
「……ヌル様。今、よろしいでしょうか?」
そんな声が、窓の外から飛んできた。
声の主は……
「勇者か……。今は忙しい」
と、断るヌルの言葉通り、勇者だったようである。
諸事情によりこの来賓室の廊下側の扉は、重い家具によって閉鎖されていたので、彼は窓側から声を掛けてきたらしい。
それから、戦闘メイドよろしく、両手が使える紺色のポンチョを羽織っていた勇者は、部屋の中に入ること無く、姿を雨の中に置いたままで、ヌルの返答を無視して話し始めた。
ちなみに、勇者と魔王という関係にある彼ら2人のやり取りにおいて、『忙しい』とは、『暇』を意味していたりする。
「ヌル様は、天使たちと戦ったことはございますか?」
「天使か……。300年ほど前に1度だけな……」
「その際は……攻撃しても攻撃しても、何度でも蘇ってくる天使を相手に、どのように戦われたのでしょうか?差し支えが無ければ、お教えいただけると幸いです」
そんな勇者の問いかけに対してヌルは……嬉しそうに、ニヤリと笑みを浮かべると、天使をどう処理したのかについて、自慢げに話し始めた。
「ふん………何も、難しい話ではない。私の氷魔法で眠らせた後で、迷宮――デフテリービクセンの餌にしただけだ」
「迷宮の餌……」
「まさか、迷宮の特性も知らないのか?これだから最近の勇者は……。良いか?迷宮には核のある部屋があって、そこに人や生き物が入ると……魔力や精気を一瞬で吸い尽くして、喰らいつくのだ。天使ですら一瞬で消化されたのだから、勇者など……」
「なるほど……分かりました。では、ヌル様とは一緒に、迷宮の中を歩かないことにしましょう」
そう言ってニッコリとした笑みを、ヌルに対して返す勇者。
彼としては、ヌルに対する意趣返しのつもりだったようだが……
「えっ?い、いや…………」
勇者の言葉を聞いてからというもの、ヌルの勢いは、どういうわけか、見る見るうちに萎んでいったようである。
「……どうかいたしましたか?」
「……なんでもない……」ずーん
「…………?」
ヌルがどうしてそうなってしまったのか分からず、首を傾げる勇者。
ちなみにそれは、ヌルの心の中に何かが芽生えていたことが原因……ではなく、ボレアス特有の問題が原因だったのだが、勇者がそのことを知るのは、まだ先の話である。
更に視点は変わって……
「この胸のムカつき……どうにかならないかしら?」
「どうにもならん……(俺はお前の喋り方を聞いているだけで、ムカムカしてくるよ……)」
勇者が出ていった別の来賓室の中で、剣士と賢者は、いつ何があってもすぐに逃げられるようにと、フル装備の状態で……しかし、ベッドに横になりながら、グッタリとしていた。
どうやら彼らは、ユキと同様、昨晩に食べた大量のオリージャ料理のダメージ(?)が抜けず、苦しんでいたらしい。
「吐きそうで、吐けないですわ……」
「あぁ、同感だ……。一度吐けば、楽になれそうだが……」
「でも……そこまで気持ち悪くはないですのよね……」
と、夕食を食べ過ぎたことを後悔している様子の2人。
高級な食事――特に、霜降りたっぷりの肉料理がどのようなものなのかを想像してもらえれば、彼らが起こしている胸焼けについて、分かってもらえるのではないだろうか。
それから、彼らが、ベッドの上で、ウーウーとゾンビよろしく、うめき声を上げていると……
コンコンコン……
彼らの扉をノックする音が聞こえてくる。
その音を聞いて、
「……どうします?」
「どうしますって……出るしか無いだろ?」
と、上体を起こしながら、会話を交わす2人。
しかしどうやら剣士には、何やら懸念があったようである。
「もしも、ドアの向こう側から、天使が出てきたらどうするんです?それで襲われるような事があったら……2人だけで対処できるでしょうか?」
「そのときは……俺が天使化して対処するしか無いだろうな」
「…………」じー
「……俺に開けろと?」
「…………」こくり
「…………はぁ」
そして、ベッドから立ち……
ブワッ!
天使化した後で、真っ赤なローブを翻しながら、部屋の扉の方へと向かう賢者。
そして彼は、心底疲れたような表情を浮かべながら、扉の取手を握り、それを捻った……。
次の瞬間、
『ビクトールさーん!!来ちゃったーっ!』
ズドォォォォン!!
ドシャァァァァ!!
ドゴォォォォン!!
と、飛び込んできた少女に勢い良く跳ね飛ばされ、扉とは反対側にあった来賓室の窓を突き破り、雨の降りしきる外へと姿を消す天使姿の賢者。
どうやら、そこへとやって来た少女は、天使モードの賢者でも太刀打ちできないほどの、圧倒的な戦力(?)を持っていたようである……。
どうしようかのう……。
ヌル殿が勇者殿の言葉にしょんぼりしておった原因を書くか否か……。
まぁ、伏線として、残しておこうかのう。
……実のところ、どうでもいい理由なのじゃがの?
というわけで、ミッドエデンの王都で留守番しているはずのエネルギアが、(物語の中の時間としては)たったの2日も我慢できずに、突撃してきたのじゃ?
雨が降っておる=自身の本体の姿を誰にも見られること無くオリージャに来れる=合法的(?)に剣士殿を襲える……そんなところかのう。
彼女が何を考えておるのかは、妾にはよく分からぬが……その内、暗殺でもするのではなかろうか?
さて。
それじゃ、今日も、これから駄文を書く作業に入ろうと思うのじゃ。
いやの?
最近、少しだけ、面白いことを思い付いてのう。
それを忘れぬ内に書き留めておこうと思ったのじゃ。
じゃが……このままじゃと、8章は12節くらいまで行ってしまいそうなのじゃ……。
まぁ……今更じゃろう。




