8.3-06 魔王の卵6
ドゴォォォン!!
ドゴォォォン!!
黒い物体へと馬乗りになって、左右から激しく拳を振り下ろすシルビア。
「これ以上、犠牲者は出させません!」
ドゴォォォン!!
ドゴォォォン!!
彼女が握ったその拳が黒い物体に当たるたびに、衝撃がその物体を貫通して、地面に大きなクレータを穿っていく。
その膨大な運動エネルギーを受け止めた黒い物体は……しかし、まだ健在だったようである。
ブゥン……
シルビアの拘束から逃げるように、再び転移魔法を行使して姿を消したのだ。
どうやら、黒い物体は、シルビアの全力の殴打を受けても、未だ動ける状態にあるらしい。
しかし……闇のような翼を持った異様な姿のシルビアからは、逃げ切れなかったようである。
ドゴォォォォン!!
その音は、黒い物体が姿を消した後で、シルビアの拳が空振りして地面を穿った音ではない。
彼女が、その場にあった大気の壁を引き裂いて、超音速で移動した際に生じた爆発音である。
そんな彼女の行き先は……
ブゥン……
ドゴォォォォン!!
黒い物体が転移魔法で移動したその先だった。
つまり、シルビアは、転移魔法を行使した生じる限りなくゼロに近い移動時間の間に、転移先へと飛翔して、黒い物体を追撃したのである。
どうやら彼女の飛翔速度は、転移魔法のソレを超えているようだ。
「グアァァァァ!!」
「逃さないです!絶対に!」
ドゴォォォォン!!
ドゴォォォォン!!
それからは、完全に一方的な蹂躙だった。
大した抵抗もしないその黒い物体を殴打し、翼を引きちぎり、そして体中が血まみれになっても、シルビアはその手を止めなかったのである。
その様子を見る限り、黒い物体を覆い隠していた布の隙間から見え隠れする……オリージャの枢機卿の姿よりも、明らかにシルビアのほうが『悪魔』に近い存在だったと言えるだろう。
一体、彼女の何が、そうさせたのか。
かつて彼女は、旧メルクリオ神国で生活していた折、無理矢理に天使化させられ、そして記憶のない内に両手を汚させられた経験があった。
そして、『天使』の一人としてワルツたちのところへと派遣させられてきて……彼女たちに倒され捕まって、そして堕天させられたのである。
その後、自分の行いを知った彼女は、どうしようもない事実に絶望し……そして、人知れず、幾つかの決意を心に宿したのだ。
その一つが……自分と同じような犠牲者を守れるような存在になりたい、というものだった。
しかし、シルビアのその想いは、無残にも踏みにじられる事になってしまった。
堕天して無力になったはずの天使たちが、眼の前にいる枢機卿と呼ばれた男性の暴走によって、無差別に傷つけられてしまったのである。
その光景を、シルビアが許せるはずもなく……。
結果、彼女の心は、タガが外れたように、その身体を無理矢理に突き動かしたのだ。
「…………っ!」
ドゴォォォォン!!
ドゴォォォォン!!
ドゴォォォォン!!
黒い外套のようなものを羽織った枢機卿が完全に動かなくなってからも、その手を止めなかったシルビア。
すると、そんな彼女の手を、
そっ……
と抑える別の手が現れる。
「後輩ちゃん?もう……いいんじゃないかしら?」
ユリアが作り出した幻影魔法の手だった。
なぜ彼女が、自身の手を使って止めようとしなかったのかについては……言うまでもないだろう。
「うぅ……先輩……。助けられませんでしたぁ……」ぐすっ
「そうね……。残念ね……」
そう短く答えて、今度は自身の手を、シルビアの肩へと乗せるユリア。
今のユリアには、それ以外に、出来ることが無かったようである……。
それから、半ば挽肉状態になっていても、悪魔化(?)していたためか、完全には生命活動を停止していなかった枢機卿の身体を……ワルツが超重力で蒸発させて。
それから彼女たちは、王城に残してきたイブやユキ、そのほか勇者たちと合流すべく、城の入り口へと戻ってきた。
するとそこで彼女たちは……
「「「…………」」」
「まぁ……普通、こうなるわよね……」
唖然として固まるオリージャの政府関係者や、オリージャの兵士たちに迎え入れられることになる(?)。
そこにはクラークやマクニールの姿もあったようだが……天使たちとテレサ、それに枢機卿とシルビアの戦いが、余りに常軌を逸したものだったためか、何と話しかけていいのか言葉が見つからない様子だった。
あるいはこう表現できるかもしれない。
……皆、ミッドエデンの力を舐めていた、と。
そんな中で唯一、
「み、見ましたわよ!テレサ!格好良かったですわ!流石は未来の旦那様!」
これまで通り、ネジの外れたような発言をするベアトリクスが駆け寄ってきて、テレサの両手を掴み、そしてそれをブンブンと振り回し始めたようだ。
「な、何の話じゃ?って、旦n」
「天使たちを制圧したのって、テレサの力なのですわよね?!」
「い、いや、何がどうしてあんなことになったのか、妾もよく分かっておらn」
「そんな謙遜なさらなくても、皆が活躍を見ていましたわよ?」
「えっ……う、うむ……(コルのやつ……余計なことをしてくれたのじゃ……)」
そしてテレサは、自身の和服をいつの間にか改造して、袖の中に拡声器と魔力ブースト用の魔道具を仕込んだにも関わらず……しかし姿を見せなければ、通信も飛ばしてこないコルテックスのことを思い出しながら、戸惑ったような表情を、天使がいなくなっても雨の降りしきっていた空へと向けた。
その後で彼女は、このままだと変に担ぎ上げられかねない、という結論に達したらしく、その場から逃亡を図ることにしたようである。
「さ、さてユリアとシルビアよ?町に戻ろうかのう?宿に荷物を置きっぱなしなのじゃ?」
「はい?荷物ならこk」
「……置きっぱなしなのじゃ?」ゴゴゴゴゴ
「えっ……あ、はい……戻りましょう」
テレサが放つ気配を察したのか、まだ本調子ではないシルビアをエスコートしながら、王城の外へと繋がる門の方へと足を向けるユリア。
その際、彼女たちがそこにいた人だかりに近づくと、
「「「…………?!」」」ズササッ!
と、まるで蜘蛛の子を散らしたように人々が逃げていった。
やはり、異常な戦い方をしていた当事者である彼女たちは、それを見ていた人々に対し、畏怖の念を植え付けてしまったようである。
「というわけで、ベアよ。残念じゃが、妾は町へと戻らねb」
「では、私も行きますわ!」
「……は?」
「アレだけの活躍をしたテレサですもの。嫁入りすると言って付いていっても、誰も文句は言いませんわよ?」
「なん…………む?あそこでこちらを見ておるのは、オリージャの妃どn」
「お母様なら、今朝、私が自由に決めていいと仰られましたわ!ほら、こちらを見て、嬉しそうに手を振っていますわよ?」
「も、もうダメかもしれぬ……」
自分が良かれと思ってやったことが、すべて裏目に出てしまったことで、ベアトリクスから逃亡することも、ついでにこれからの人生(?)についても、諦めそうになるテレサ。
どうやら、彼女の新しい人生は、妙な運命(?)に囚われているようだ。
うーむ……。
少々、泥臭すぎたかもしれぬのう……。
まぁ、綺麗な話が嫌いじゃから、これで良いじゃろう。
そう考えねば……やっていけぬのじゃ!
というわけで、シルビアvs枢機卿の戦いは、一方的な蹂躙によって終了したのじゃが、ここで一点、補足しておこうと思うのじゃ。
……枢機卿をどうして『黒い物体』と表現したのか。
これのう、最初は『黒いボロボロの外套のようなものを被った枢機卿』という表現にしようか悩んでおったのじゃ。
じゃがそれだと、何となく生々しい気がしてのう……。
それ以外にも、見た目の雰囲気として、表情の伺えない死神のような存在を書きたかったゆえ……枢機卿という言葉を極力使わないようにして、『黒い物体』という表現を使ったのじゃ。
言葉で理由を書くのは比較的簡単なのじゃが……実際の表現はそう簡単にはいかなかったのじゃ。
まぁ、少しずつ、書き慣れていくしかあるまい……。




