8.3-05 魔王の卵5
魔法を使った結果、九尾の狐と見まごわんばかりの姿から……毛の生えていない尻尾を持った、よく分からない生き物の獣人へと変貌してしまった、残念すぎるテレサ。
そんな彼女自身は、尻尾の変化と、自身が魔法を使ったことには、まったく気づいていない様子で、空から落ちてくる天使たちの姿を見て、ただ、ぽかーんと口を開けて、見上げていたようである。
そのためか、彼女は、教会の方から轟音が響いてきて、自身に向かって真っ黒な物体が急速に接近してきても、すぐには反応できなかったようだ。
ドゴォォォォ!!
「む?」
不意に自身を襲う凶風を感じてから、ようやく、事態に気付くテレサ。
そんな彼女が背後を振り向くと……そこには何やら黒い翼を持った人影のような物体が浮かんでいた。
そしてその人影のような物体は、テレサに対して、こんな質問を口にする。
「……貴様、ミッドエデンの者か?」
「誰じゃ?お主」
「……もう一度だけ問う。貴様、ミッドエデンの者か?」
「うむ。いかにも。妾は、ミッドエデンの狐……らしいのじゃ?」
その瞬間、
「……死ネェェェェ!!」
と、目にも留まらぬ早さで、闇の塊のような魔法を放つ、空飛ぶカーテンのような黒い物体。
その魔法は、テレサが瞬く前に、彼女へと迫り……そして、
ドゴォォォォン!!
彼女の頭に当たって爆ぜた……かのように見えた。
しかし、今回に限っては、テレサの2度目の葬儀を上げる必要はなさそうである。
何故なら、テレサにその球体が当たる前に……4つの障壁が、その凶弾から彼女を守ったからだ。
まず、1つめは、
「テレサ……貴女、今、狐に見えないわよ?」
と口にするワルツの重力制御システムである。
そして、2つめは、
「ねぇ、テレサちゃん?1人だけで、たくさんの天使たちをいっぺんに人間に戻せるのに、その変なやつとは戦えないの?」
と呆れた表情で問いかけるルシアが繰り出した重力制御魔法。
そして、3つめは、
「……もう二度と、テレサ様を失いません!」
王城から急いでここまで駆けつけてきたユリアによって行使された、実態のある幻影魔法(?)。
そして4つ目は、
バサッバサッ…………シュタッ!
「堕天使……でしょうか?初めて見ました」
恐らくは自身が天使化していることに気づいていないだろう、天使モードのシルビアによる風の障壁である。
最後の一つの壁が、どの程度の強度を持っているのかは不明だが……少なくとも前者3つの障壁だけで、直径10kmくらいの隕石くらいなら、余裕を持って防げるのではないだろうか。
「ルシア嬢?お主は一体何を言っておるのじゃ?それに、ワルツ?妾はどこからどう見ても狐なのじゃ?いつもよりも減っておるとは言え、この残った一本の立派な尻尾を……って、毛が無くなっておるじゃと!?」
「魔法使ったことに……気づいてなかったのね……」
「そうみたいだね……」
そう口にしながら、呆れたようなジト目をテレサへと向けるワルツとルシア。
それから彼女たちは、目の前の黒い物体を、重力の力場を操作して束縛しながら、相談を初めた。
「ねぇ、お姉ちゃん。コレ何かなぁ?」
「んー……やっぱり、声を出してたみたいだから、人なんじゃないかしら?少なくとも天使じゃ無さそうよね?」
2人がそんな会話を交わしながら、捕まえた羽虫を眺めるように、その黒い物体を観察していると……
「グァァァァァ!!」
その物体は、不意に奇声を上げ……その瞬間、
ブゥン……
と、その場から姿を消してしまった。
「「「…………?!」」」
その突然の出来事に、一斉に身構えるワルツたち。
目の前にいた黒い物体が、転移魔法で姿を消したことを察して、いつ攻撃が加えられても良いようにと、身構えたのである。
そしてすぐに、その黒い物体は、再び姿を見せたようである。
ただそれは、ワルツたちの近くではなく……
「や、やめっ」
ドシャッ……
翼を失って空から落ちてきて、ワルツの重力制御システムで受け止められて、そして無事にゆっくりと地上に降ろされた元天使たちの所だった。
要するに、その謎の物体は、現状を把握できず戸惑う元天使たちを……襲い始めたのだ。
それに気づいて、
「や、やめなさい!」
と、声を上げて、重力制御の力場を黒い物体へと展開するワルツ。
しかしその瞬間、
ブゥン……
その物体は、ワルツに拘束される前に、再び転移魔法を使い、一瞬で移動すると、
「死ネェェェェ!!」
「「「ぎゃあぁぁぁぁ!!」」」
別の場所で、元天使たちを襲い続けた。
「ちょっ…………ルシア!転移魔法で、どこでもいいから、天使たちを送り飛ばして!」
「う、うん!」
その瞬間、
ブゥン……
という低い音と共に、一気に姿を消す、1万人の無力な人々。
ルシアが彼らのことを、一体どこへと飛ばしたのかは不明だが、ともかくこれで、黒い物体は元天使たちのことを襲えなくなったはずである。
……そう『対象』を失ったのだから。
「……やばっ!姉貴!何が何でも止めろ!」
これから何が起こるのか、何となく想像できたらしいアトラスが、ワルツに向かってそんな声を上げる。
対して、ワルツの方は、何が何なのかよく分からなかったようで、
「え?」
一瞬の躊躇を生んでしまった。
「天使たちがいなくなったんだ!なら次に襲われるのは、ミッドエデンの騎士たちだろ!」
「…………!」
そして、その可能性にようやく気づいたワルツが、少し離れた場所で、馬車の影に隠れながら、戦闘態勢を取っていた騎士たちに視線を向けるのだが……既に、手遅れだったようである。
ドゴォォォォン!!
そんな爆音を上げながら吹き飛ぶ、一部の馬車。
どうやら、黒い影は、アトラスが懸念した通り、彼の部下たちを襲ってしまったようである。
……しかしである。
どうやら、その場にいた誰もが想像したような最悪の事態は、幸いなことに起こっていなかったようだ。
つまり、馬車が吹き飛ばされてしまったとはいえ、騎士たちは皆、無傷だったのである。
では何故、最悪の事態を防ぐことが出来たのか。
それは、騎士たちが日頃から厳しい訓練を受けていて、こうした自体を想定した行動をしていたから……というわけではない。
あるいは、ワルツかルシアが作り出した、重力の障壁が間に合ったから……というわけでもない。
……その黒い物体を、身体を張って止める者の影があったからである。
「……えっ……」
「……うわぁ……」
「……まじかよ……」
その光景を目の当たりにして、思わず眼を疑い、そして目を背けてしまいたくなった様子のワルツたち。
何故ならそこに……
ドゴォォォォン!!
ドゴォォォォン!!
と、衝撃音を上げながら、黒い物体を素手で殴っている……シルビアの姿を見たからである。
しかもそこにいた彼女は、先程までのような天使の姿はしておらず、元の黒い翼に近いような……いや、最早、黒とは形容できない、それ自体が闇のような翼を持っていたようだ……。
こういう話はのう……少し、かなり、書きにくいのじゃ。
誰が良いとか、誰が悪いとか、そういう話ではないからのう……。
皆が、白であって、そして黒でもあるのじゃ。
中間を考慮しなくても良い、真っ白や真っ黒だったら……話は、きっと書きやすいのじゃろうのう……。
まぁ……その話を、妾が書けるかどうかは、また別の話じゃがの?
というわけで、明日はシルビアが無双をする話なのじゃ。
むしろ、もう始まってるかの?
本当は、千切っては投げ、千切っては投げ……いや、なんでもないのじゃ……。
でもまぁ、たまには……やたらリアルな戦闘回を書いても良いかもしれぬのう。
とは言っても、明日はいつも通りの駄文で書き上げる予定じゃがの?




