8.3-04 魔王の卵4
……時間は少しだけ遡る。
天使たちを追い払うために王城の外へと出てきたワルツたちの後を付いてきたは良いものの……特に出来ることが無いことに気づいたテレサは、中庭のオブジェの前で、傘を差しながら俯いていた。
とはいえ彼女は、自分が無力であることに落ち込んでいたわけではなく……その手の中に握られた1枚の紙切れに視線を落としていたようだ。
「む?なんじゃコレ?」
と、いつの間にか妙に重くなっていた袖から出てきた、その見慣れない紙切れを眺めながら、首を傾げるテレサ。
ちなみに、その紙には、こう書いてあった。
「えーと?」
『まずは、この紙と一緒に入っている指輪をはめて下さい。どの指でも構いませんよ〜?何なら足のゆb(以下略)』
「ふむふむ。これはコルの字じゃのう。あやつ、いつの間に、こんなものを仕込んだのじゃ……」
と、ほぼ透明な姿のマクロファージを思い出しながら呟くテレサ。
どうやら、コルテックスは、テレサが起きて着替えてからここに来るまでの間に、マクロファージを使って、このメモと他色々なものを、彼女の着ていた和服の袖の中へと仕込んだらしい。
「ほうほう?確かに指輪が入っておったのじゃ?どれ……」
彼女がそれを身につけると……
「……?何てことはない、ただの指輪なのじゃ……。ちょっと身体が重くなったような気がするのじゃが……雨でサビたのかの?」ギギギギ
彼女の視点から見て、特に何かが起こったわけではなく……ただ、妙に背中が重くなっただけのようである。
「それで次は何なのじゃ?」
『袖の中に魔導拡声器が入っているで、それを取り出して、空に向けて下さい』
「は?」
それからテレサが再び袖の中を探ってみると……
「ふむ……確かに拡声器らしきものが……むむ?!」
確かに、拡声器と思しき形状の何かが入っていたようだが……
「こ、これ、どうやって中にしまったのじゃ??」
腕を一旦引っ込めなければ取り出せないほどに、大きなモノだったようである。
「い、いつの間にか、妾の袖の中が、エンチャントで空間拡張されておるのじゃ……」
と呟きながら、赤と白のカラーリングが施された拡声器を、どうにか袖の中から取り出すことに成功したテレサ。
「で、次はどうするのじゃ?」
『拡声器を空へと向けてレバーを引きながら、次の言葉を、ありったけの大声で叫んで下さい』
「ふむふむ。あー、あー……」
そして彼女は、発声練習をした後で……コルテックスが書いただろうそのメモ通りに、空に向かって声を投げつけたのである……。
その頃。
天使へと対処するために、できるだけ誰もいない場所へと先行していたアトラスとテンポを追って、ワルツとルシアは、空を覆い尽くすほどの天使たちを眺めながら、中庭を歩いていた。
その際、ルシアが、空を眺めながら、こう口にする。
「ねぇ、お姉ちゃん。天使さんたちと、どうやって戦えばいいのかなぁ?天使さんたちって、どんなことをしても、すぐに回復しちゃうよね?」
その疑問に対し、ワルツもルシアと同じように悩ましげな表情を浮かべながら、こう返答した。
「ホント、どうしようかしらね?無理やり操られてるかもしれないことを考えると、無闇に命を奪うわけにもいかないし……。とりあえず、あられもない姿にして、堕天するか試してみましょっか?」
「う……うん……(あられもない姿って……どんな姿なんだろ……?)」
と姉の言葉に、少し戸惑うルシア。
その際、彼女は、本来あるべきものが無いような……そんな物足り無さに気づいたようだ。
結果、ルシアは、その場で立ち止まると、不意に後ろを振り向いた。
そこで彼女は、物足りなさの原因に気づいて、先を歩いていた姉を呼び止める。
「あれ?お姉ちゃん。テレサちゃん、いなくなってるよ?」
「あぁ……。さっき、広場のオブジェのところで立ち止まってたみたいよ?何か面白いものでも見つけたんじゃないかしら?」
「毛虫かなぁ?」
「いや、流石に、雨降ってるし、毛虫はないでしょ……(っていうか、毛虫なんか見ても面白くもなんとも……いえ。もしかすると、そんな年頃なのかもしれないわね……)」
と口にして、妹の質問に目を細めるワルツ。
対して、ルシアの方は、テレサがいるだろう中庭のオブジェの方へと視線を向けたようだが……その瞬間、彼女は、どういうわけか固まってしまったようだ。
それから、彼女は首を傾げながら、こんな疑問を口にする。
「……ねぇ、お姉ちゃん。テレサちゃんの尻尾って……あんなに毛むくじゃらだったっけ?」
「え?尻尾に毛虫が付いてるだけじゃないの?」
「あれが全部毛虫……」
そう口にして、ゾワッ、と全身の毛を逆立てるルシア。
どうやら彼女は、考えてはいけない類の想像をしてしまったらしい。
そんな妹のことが微笑ましかったのか、ワルツは苦笑を浮かべるのだが、それから、ルシアが見ているだろうテレサの方へと視線を向けて……そして妹と同じように、愕然とした表情を浮かべて固まってしまった。
「な、何あれ……」
まるで自分の眼が信じられないと言わんばかりの様子で、眼を真ん丸にしてテレサの姿を眺めるワルツ。
そこには、赤色い傘を差した着物姿のテレサがあって、何やら拡声器のようなものを空へと向けていて……そしてなにより、
「尻尾がさらに増えた?!」
今朝の段階では、確かに1本だった尻尾が、どこからか拾ってきた(?)のか、異常に増殖していたようである。
彼女たちが居た場所から尻尾の本数を正確に数えることはできなかったが、恐らくは9本以上、生えているのではないだろうか。
「やっぱり毛虫かなぁ?」
「いや、ちょっ……」
ルシアが何を想像して、そしてなぜ嫌な顔をしていたのか理解できたためか、思わず頭を抱えてしまうワルツ。
そんな時……拡声器のようなものを手にしていたテレサが、天使たちによって埋め尽くされていた空に向かって、こんな声を打ち上げた。
『……ふぉーる☆だうん?』
何処か疑問形で、その上、『☆』の部分もしっかりと発音するテレサ。
……その瞬間だった。
「「「うわぁぁぁぁぁーーー!!!」」」
空から一斉に、そんな叫びが聞こえてきたのである。
「「…………?!」」
その声を聞いて、空を見上げ、そしてそこに広がっていた光景を見て、眼を疑ってしまうワルツとルシア。
そんな彼女たちの視線の先では……空に浮かんでいたはずの天使たちが、雨と一緒になって降ってくる光景が広がっていたようである。
それも、自由落下という、ただ重力に引っ張られているだけの無力な様子で。
そんな彼らからは、天使特有の白い後光のようなものは消え、その上、背中から光の翼も失われていた。
その様子は、『ただの人間』と形容できるだろう。
つまり、テレサが拡声器を使って放ったその声は、ただの声ではなく、彼女が得意とする言霊魔法の大規模版だったらしく、
「もしかして……みんな一斉に堕天したわけ?!」
重力制御で彼らを受け止めるワルツのそんな言葉通り、皆、一斉に、天使の力を失ってしまったようだ。
こうして……。
空を飛んでいた天使たちは、そのすべてが戦わずして墜ちる事になり、天使騒動は呆気なく収束するかのように見えたわけだが…………思わぬところで、事態は進行していたようだ。
ドゴォォォォン!!
その轟音が聞こえてきたのは、王城の敷地内にある教会からだった。
音が聞こえた時点で、そこにあるはずの建物は煙を上げながら倒壊して、原型を留めないほどに無残な姿に変わってしまっていたようである。
そしてその瓦礫の中から……
「…………」ユラ
何やら、黒い布切れを被った、黒い翼の生えた物体が現れる。
例えるなら……まるで死神のような物体が……。
どうやら、テレサのその魔法が有効だったのは、『天使』だけであって、『堕天使』『悪魔』あるいは『死神』には効かなかったようである……。
……想像できる展開だったかの?
まぁ、予想外の展開など、書いた覚えはないゆえ、今更かもしれぬがのう……。
ちなみに、補足しておくのじゃが、妾の尻尾が増えたのは、コルが用意した指輪を付けたからなのじゃ?
前に、イブ嬢がコルから魔力ブースト用の指輪を受け取った話を書いたと思うのじゃが、その時の指輪と同じと捉えてもらえれば幸いなのじゃ。
なお、尻尾が何本になるのかは、その時の妾の体調や、指輪にチャージされておる魔力量によって変わる故、不定なのじゃ?
あと……もう一点、補足せねばならぬことがあるのじゃ。
ワルツとルシア嬢は重力制御の傘の下に入っておったのに、どうして妾だけは傘をさしておったのか。
これにはのう……話せば長くなる理由があったのじゃ……。
……え?せるふさーびす?
う、うむ……。
つまりはそういうことなのじゃ。
ワルツもルシア嬢も、重力を操れる故、自分で傘を作り出せるのじゃ。
対して、妾は……もうダメかもしれぬ……。
妾の上にも、ついでで良いから、重力の傘を展開してくれれば良いのにのう……。
というわけで、詳しい理由については、お察しください、なのじゃ!




