8.3-03 魔王の卵3
雨の降りしきる空を覆い尽くしていたのは……雨雲だけではなかった。
縦100人、横100人からなる隊列を組みながら、天使たちが空に浮かんでいたのである。
それは、ある者たちにとって、救いの光景だった。
そこに浮かんでいる天使たちは、ミッドエデンに頼らなくても、自分たちを災厄から守ってくれるだろう守護者たち……。
プライドを大切にしている一部の者たちにとっては、これ以上無いほどに、条件の良い戦力だったのである。
一方、別の者にとって、天使たちは厄介な存在だった。
彼らがやって来たことで、ミッドエデンの者たちを王都から追い出さなくてはならないのである。
それも、招き入れた次の日の朝に……。
ミッドエデンとの友好を考える者たちにとって、そこにいる天使たちは、むしろ来なくても良い存在だったのだ。
その他、個人的な繋がりのあった者たちにとっても、迷惑極まりないことだった。
もっと、ゆっくりしていけばいい……。
たとえ直接的な繋がりはなくとも、政府の半数以上の者たちが、そう考えていたようである。
そしてまた、別の者たちにとっては……
「腕がなるぜ!」ゴゴゴゴゴ
「システム、フルブーストモードで再起動…………完了」
……憂さ晴らしをするための、良い的のように見えていたようだ。
ただまぁ、まだ距離があったので、すぐに戦闘開始、というわけにはいかなかったようだが。
そんな中……。
王城の敷地内には、そのどれにも属さない考えを持つ者たちがいたようである。
より正確に言うなら、つい数秒前までは、天使がやってくることに歓迎していたようだが……思わぬタイミングで誤算が生じてしまい、考えが大きく揺らいでいる、と言うべきだろうか。
その誤算は……神々(?)と密約を交わして、天使たちをこの地へと召喚することに成功したオリージャ国教会の枢機卿のところで起こっていたようだ。
「ど、どういうことです?!ただ『魔王の卵』だけを引き渡せ、とは!?」
教会の中で、ザーッという雨の音よりも大きな声を出していたのは……何故か、包帯だらけの姿になっていた、枢機卿その人だった。
どうやら彼は、魔道具と思しきガラス玉越しに、誰かと会話をしているようだが……その際、なにやら聞き捨てならない話を聞いてしまったようである。
「今、天使たちに『魔王の卵』を持って帰られたら、一体誰がオリージャを守るというのです?!」
それからも続く枢機卿と、正体不明の人物との会話。
そして結論は……
「オリージャには……消えてもらう……ですと……?!馬鹿な!」
枢機卿が想像した中で、最悪なものだったようだ。
いや、恐らくは、完全に想定の範囲外の話だったに違いない。
「ま、待って下さい!」
透明なガラス玉に向かって、必死になって声を上げる枢機卿。
しかし、通信は無情にも切れてしまったようで……
「…………」
彼は絶望のあまり、頭の中が真っ白になってしまったようである。
その直後、彼の姿は…………。
『……オリージャ政府に勧告する。即刻、『魔王の卵』を供出せよ!』
ワルツたちが空を眺めていると、オリージャの空へとやって来た天使の内、その先頭に居た天使が、魔道具で出来ているだろう拡声器を使って、そんな声を投げかけてくる。
それに対し……
「『魔王の卵』とは何だ?!」
「聞き及んでおりませぬぞ!」
「誰だ!誰の管轄だ!」
と、寝耳に水、と言った様子で、慌てふためくオリージャ政府関係者たち。
てっきり、天使たちが味方につくかと思いきや、何処か降伏勧告にも似た通告を投げかけてきたことで、皆、混乱してしまったのだろう。
そんな中。
王城のテラスに出て、政府の重鎮たちと一緒に、傘を差しながら空を眺めていたオリージャ妃が、どこか慌てた様子で声を上げた。
「枢機卿は?!あの方はどこに行ったのです?!」
そう言いながら、周囲を見渡すオリージャ妃。
ただ、その際、彼女が『魔王の卵』という言葉に首を傾げていたところを見ると……やはり彼女はテレサの魔法で、昨日の記憶を失ってしまっているようだ。
そんなオリージャ妃の声に反応して、彼女の近くに居た別の男性も口を開く。
「……そうだ!昨日の会議の時、枢機卿が天使を味方にできたと言っていたじゃないか!一体、どういう取り決めになっているんだ!?」
そして、その言葉に共感したのか、次々と同じようなニュアンスの声を上げていく、オリージャ政府関係者たち。
すると……その場に集まっていた人混みの中から、雑踏の中でも妙に透き通って聞こえる、こんな声が聞こえてきた。
『もしや〜……私たちは枢機卿に裏切られたのではないですか〜?このまま『魔王の卵』とやらを差し出さないと、天使たちに何をされることか〜……』
するとその声に反応したらしく、
「まさか……そんなはずは……」
と、一部の者たちが狼狽え始める。
どうやら彼らは、頭の片隅で、それに近い懸念を抱いていたようだ。
そんな彼らに対し、謎の声はまるで彼らを精神的に追い込むように、不穏な発言を続けた。
『よく考えてみて下さい。1日や2日程度で、そんな簡単に、1万もの天使を召喚できると思いますか〜?そして、エクレリアとミッドエデンの襲来……あまりにもタイミングが良すぎるとは思いませんか〜?』
「「「…………?!」」」
『これはもう、あの枢機卿が、私たちのことを騙していたとしか思えません。何よりの証拠は〜……ここに彼が姿を見せないことです』
「「「…………」」」
テラスが人で溢れていたために、誰が話しているのかも分からないその声を聞いて、顔を真っ青にしながら、必死になって枢機卿の姿を探そうとする政府関係者たち。
しかし、その謎の声が言う通り、どんなに探しても、そこには枢機卿の姿はなく……
「まさか……本当に?」
「じゃぁ、俺たちどうなるんだ?」
「に、逃げたほうが……」
皆、混乱が、ピークに達してしまったようだ。
……しかし、その謎の声は、ただ混乱を闇雲に齎しただけではなかった。
今度は、混乱や絶望とは真逆の……希望を口にし始めたのである。
『しかし、私が仕入れた情報によると〜……どうやらミッドエデンの者たちなら、天使と対抗できる術を持っているという話ですよ〜?……ほら〜。あの銀色の髪をした狐娘を見て下さい。何か面白そうなことをやりそうですね〜』
その言葉を聞いて、『銀色の髪をした狐娘』がどこにいるのかを探し始める政府関係者たち。
すると、その狐娘の姿は中庭の中央にあって……彼女は空を見上げながら、何かを構えていたようである。
次回、妾覚醒!……だったら良いのにのう……。
……いや。
なんか、考えがイブ嬢と同じになってしまうような気がするゆえ、やっぱり、覚醒などしなくても良いのじゃ……。
それはそうと。
『覚醒』という言葉を聞いて、妾は思うのじゃ。
では、覚醒する前の人生は、一体何だったのか、と。
覚醒を境に、人生がガラッと変わってしまうというのなら、その前の人生は無かったことと同じなのではないか……。
妾には、それが随分と悲しいことのように思えてならないのじゃ……。
それが、いわゆる、対価、というやつかのう……。
……まぁ、機械狐には関係のない話じゃがの。
さて。
今日もこれから、能力を鍛えるための訓練に入ろうかのう。
……やってもやっても、なかなか向上する気配の無い、駄文を生産するばかりの、執筆の訓練を、のう……。




