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8.2-31 河畔の国31

魔族の領域とほど近いこの地におけるセキュリティーは、それ相応に強固なものであった。

特に王城は、その中でも群を抜いて歩哨の数が多く、敷地内の何処かで異変が生じれば、瞬く間に大量の兵士たちが駆けつけるほどに警備が厳しかったようである。

とは言っても、ベアトリクスの件の通り、内側から外に出る分にはザルだったようだが。


では、王城内部の施設から、同じ敷地内にある別の施設に侵入する(?)場合はどうなのか。

それは場所にもよるのだが……教会という施設は少々特殊な扱いにあるようで、周囲の施設に比べても、特別に高い警備が敷かれていたようである。

恐らくは、ミッドエデンの騎士たちがここに来ていることも、少なからず関係しているのだろう。


ユリアたちはそんな教会へと侵入する事になったわけだが……どうやら彼女たちにとっては、歩哨の数など、大きな問題ではなかったようである。


「(…………)」さっ


「(…………)」こくり


透明な姿になっていても、お互いだけが視認できる特殊なサインを出しながら、周囲を警戒しつつ、地面を歩いて教会へと近づいていくユリアとシルビア。

その上、念には念を入れて、物陰へと音もなく身を滑らせ、時にはわざと物音を作り出して兵士たちを誘導して……。

そして決して見つかること無く彼女たちは進んでいった。

そんな彼女たちの動きは、普段、コルテックスから、現代世界の諜報活動について教わっていたためか、この世界の他のスパイたちと比べても、異次元のレベルにあったようである。


ところで……。

彼女たちは、なぜ空から教会へと近づかなかったのか。

それにはこんな理由があった。


「「(…………!)」」


教会まであと少しのところで、急に足を止めた彼女たちの行動が示す通り……教会の周囲に、不可視の結界が張り巡らされていたのである。

どういった種類の結界なのかは不明だが、状況から推測すると、術者に対して侵入を通知するものか、あるいは認められた者以外の侵入を許さないような効果を持っているのだろう。

これがもしも、空から侵入しようとしたなら……結界に気づいても慣性があるために急には止まれず、2人は結界にぶつかっていたに違いない。

彼女たちはそれを事前に予測し、泥臭く地面を歩いて、教会へと近づこうとしていたのだ。


「(やっぱりあったわね……)」


「(地面から近づいて正解でしたね)」


と、口には出さずにサインだけで会話をするユリアとシルビア。


その後でユリアは、結界の前に立つと……


「(…………)」


珍しいことに、何やら長い詠唱を始めたようである。


そんな彼女が使うことの出来る()()は、ただ一種類。

テレサが使うものとは少し種類の異なる幻影魔法(?)だけである。

そのため、ユリアは、そこに張られた得体の知れない結界を中和したり、あるいは解除したりする魔法は使えなかったが……そこは魔法の使い様。


「(……おっけー)」


「(じゃぁ、行きますか)」


ユリアは、自分たちに掛けた透明になるための幻影魔法の上から、さらにもう一つ幻影魔法を行使したのである。

言い方を変えるなら……幻影魔法を多重に掛けて、2つの効果をもつ幻影フィールドを自分たちの周囲に展開した、と表現できるだろうか。


それから目の前にあった結界へと、堂々と近づいた2人は……次の瞬間には、まるで最初からそこには何も無かったかのように、結界を通過してしまう。


「(さすが先輩です。結界魔法のセンサーを幻影魔法で(だま)してしまうなんて……)」


「(ホント、魔法は使い様よね……。コルテックス様にアイディアを教わる前の私だったら、絶対に思いつかなかったと思うわ……)」


「(ですよねー)」


というやり取りをする2人のサイン通り、ユリアはそこに張られていた効果不明の結界の認識を騙すことで、内部に侵入することに成功したのである。

……そう。

幻影魔法で騙すことが出来るのは、何も、人間や魔物などの生物だけでなく、魔法自体もその対象だったのだ。


より詳しく説明するなら……彼女は展開されていた結界に対し、自分たちの存在を『空気』である、と認識させたようである。

もしも空気がダメなら『光』。

光がダメなら『電波』。

電波がダメなら『音』……といった形で、結界の認識を欺く方法はいくらでもあった。

そんな幻影魔法の効果に気づけたのは、彼女たちの会話の通り、コルテックスが議長室の横に設置した実験施設で行っている研究のおかげだったようだ。


それからも透明な姿のままで、周囲は真っ暗だというのに、注意深く物陰へと姿を隠しながら、慎重に教会の敷地内を進んでいくユリアとシルビア。

その際、トラップや別の結界魔法が無いかを注意深く観察して……。

幾つかの罠らしき仕組みを回避したところで……彼女たちは遂に、教会の入り口へとたどり着いたようである。


「(さて……ここからが問題ですね。先輩)」


と、閉ざされた教会の大きな扉へと視線を向けながら、ユリアに言葉を送るシルビア。


一方、ユリアの方は、特に問題だとは思っていなかったようで、


「(それじゃぁ行くわよ?)」


そう口にして、再び自分たちに追加の幻影魔法を掛けると……


ブゥン……


そこにあった扉を開けることなく、石造りの壁の中へと溶け込むように歩いていってしまった。

それもまた幻影魔法の効果らしい……。


その様子を見て、


「(…………パないですよ、先輩……)」


と、唖然としながらも、ユリアの後ろを追いかけるシルビア。

短くない時間をユリアと共に過ごしてきた彼女にとっても、幻影魔法(?)がここまで万能だとは、流石に思っていなかったようだ。




それから教会の内部へと、難なく侵入することに成功したユリアとシルビア。

そこには罠や結界がある気配はなく……どうやら彼女たちは、張り巡らされていたセキュリティーの内部へと入り込むことに成功したようである。


そんな彼女たちから見える教会内部――――大聖堂の光景は……ミッドエデンの国教会にあるものとは、大きく異なっていた。

教会という場所が放つ(おごそ)かな空気自体に変わりはなかったが、天井や壁には、金や銀などの貴金属類を使った装飾が施された祭具や、妙に凝ったデザインのオブジェなどが飾られていて、質素とはまるで対極の雰囲気を放っていたのである。

まぁ、ここが王城の敷地内にあって、未だオリージャ政府が、政教分離が果たせていないことを考えれば、当然の光景なのかもしれないが。


「(……これ、税金で賄ってるんですかね?)」


「(多分ね……。ミッドエデンなら、議員がキレるレベルね……)」


と、その光景を観察しながら、サインで会話を交わすシルビアとユリア。


それから彼女たちが、数多く並ぶ椅子の隙間に身を隠しながら、祭壇の方へと進んでいくと、そこに……


「…………」


「…………」


目当てのオリージャ妃と……司祭服を来た見知らぬ男性が立っていたようだ。

そこで2人は、なにやら込み入った話をしていたようである。


「(それじゃ、私は右から回るから、後輩ちゃんは左からね?)」


「(了解!)」


そして、大聖堂を左右へと別れるユリアとシルビア。

そんな彼女たちの目的は、オリージャ妃と男性の会話の内容の盗み聞きである。


それから、ユリアたちがゆっくりと椅子の影から近づいていくと、小声で話していた2人の会話の内容が聞こえてきた。


「……それで、どうなのです?天使たちは予定通りに来るのですか?」


と話すのは、オリージャ妃である。

どうやら今回の天使の件には、彼女も一枚噛んでいたようだ。


「……ええ。今のところ順調のようです」


「そうですか……。それは重畳(ちょうじょう)。これで、憎きミッドエデンの者たちと共に、下賤なエクレリアの者共を葬れるというわけですね」にっこり


「そうなりましょう」にやり


と、さらっと重要な事を口にするオリージャ妃たち。

どうやら、この国に来たミッドエデンの騎士たちたちは、今日この日の夜に食べた食事が、最後の晩餐、ということになりそうだ。


それからも2人の会話は続いていく。

修正しておったら、途中でカタリナ殿から電話がかかってきて、ついつい長電話をしておったら……このあとがきを書いておる時点で、0時まで残り15分しかなくなってしまったのじゃ……。

まぁ、駄文しか書いておらぬから、十分な時間なのじゃがの?


それで、なのじゃ。

今日は2つほど、補足したいことがあったのじゃ。


まず1つ目は、結界について。

前話では、ユリアたちは王城の屋根から飛び降りた(?)ことになっておったのじゃが、当然、そこにも結界があったはずなのじゃ。

……本来はの。

じゃがのう……この日だけは、王城の本体に結界は張られておらんかったようなのじゃ。

ミッドエデンの者たち……特にワルツたちが来賓室に招かれていることもあって、下手なセキュリティーを展開できなかったようなのじゃ。

彼女たちが、王城に出入りするたびにセキュリティーに引っかかる可能性がある他にも、分析される可能性も否定できなかったゆえ、最初から展開しなかった……といったところじゃろう。


で、次。

ユリアがどうして壁抜けを出来たのかについて。

これはのう……コルが教えた範囲外の幻影魔法の効果なのじゃ。

原理としては、結界魔法を騙した方法と殆ど同じなのじゃが……詳しいことは、ここでは言わないでおこうかのう。

ネタが減っても困るのじゃ!


というか……時間がないのじゃ。

今日はここいらでお暇するのじゃ?

さて……これからお茶ブーストをして、新しい話の執筆に励むとするかのう……。

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