8.2-30 河畔の国30
「こんな夢のような時間がずっと続いたらいいですのに……」
お腹いっぱいに甘いものと、同年代の少女たちとの楽しいやり取りを詰め込んで……。
魔法のような時間が解けようとしていることに気付いたベアトリクスは、そこにあった時計を恨めしそうに眺めながら、おもむろにそう呟いた。
すると、その言葉を口にしてからと言うもの、徐々に表情が暗くなりつつあったそんな彼女に対して……テレサはこう問いかける。
「主は……これからのことを考えておるのかの?」
これからのこと……。
すなわち、これから王城に戻った後のことと、これからテレサたちがこの町を去った後のこと、である。
その1つの言葉が持つ、2つの意味を分かっていたベアトリクスは……
「…………」
今にも泣きそうな表情を浮かべながら俯くだけで、テレサの言葉には返答できなかったようである。
それを見たテレサが、ベアトリクスから視線の方向を変えて、ルシアとイブたちに目配せすると……
「うん、いいんじゃない?」
「イブも、問題ないと思うかもだね」
2人は何やら肯定的な返答を口にする。
どうやら彼女たちは、事前に何かを話し合っていたらしい。
するとテレサは、和服の袖の下から1枚の銀色のカードを取り出すと、それを俯くベアトリクスの目の前に差し出しながら、再び話し始めた。
「のう?ベアよ。これを主に渡しておくのじゃ?」
それを見て……
「……なんですの?このカード?」
と、首を傾げながら、問いかけるベアトリクス。
対してテレサは、ベアトリクスに渡したカードよりもかなり分厚い金属の板を懐から取り出すと、それが何なのか、短く説明の言葉を口にした。
「例えどれだけ離れておっても、いつでも会話ができる魔道具なのじゃ?」
その言葉を聞いて、
「…………?!」
眼を見開くベアトリクス。
そんな彼女の反応を見て、テレサはニヤリとした笑みを浮かべると……手にしたその銀色の板を耳に当てた。
すると、ベアトリクスもテレサを見習うように同じ仕草を見せたところで……
『……お寿司』
どういうわけか、そのカード――――無線機の向こう側から、そんな声が聞こえてくる……。
『……ルシア嬢?第一声が寿司というのはどうかと思うのじゃ?』
『それはね、テレサちゃんのお寿司に対する愛が足りてないから、そう感じるんだと思うよ?』
『すまぬが妾は、寿司に対して、愛は持っておらぬ……』
とテレサが口にすると……どういうわけか、愕然としたような表情を浮かべるルシア。
まるで、大切な人に裏切られた……そんな表情である。
すると、ベアトリクスのことを置き去りにした2人やり取りに呆れたような表情を見せながら、今度はイブがこう口にする。
『ベア様も、イブたちの声、ちゃんと聞こえてる?』
それに対し、
『こ、これ、普通に喋るだけで良いのですの?』
と戸惑い気味に、コルテックス製の薄い魔導無線機に向かって声を投げかけるベアトリクス。
それに対し、
『うん。ただ話しかければ、通信できるかも、ってコル様が言ってたかも?(確か……魔力をあまり持ってない人が使い続けると干からびるかも、って言ってたけど……教えなくても、大丈夫かもだよね?お姫様だし……)』
『コル様……。先程の話にあった、ミッドエデンの影の魔王様ですわね?』
『うん。だいたいそんな感じ。でも、変なことを言ったら、会話の内容を聞かれるかもだから、注意したほうがいいかもだね』
『えっ?あ、はい……分かりましたわ』
と、言った後で、戸惑い気味に、手に持っていた無線機をしげしげと観察し始めるベアトリクス。
年頃の彼女にとって、友人と繋がることの出来るそのデバイスは、例え魔王(?)に会話を聞かれるかもしれないとしても、まさに夢の欠片で出来た『魔法の道具』のように見えていたことだろう。
「さて……。では、そろそろ戻るとするかの?」
無線機の使い方がベアトリクスに伝わったところで、席を立つテレサ。
こうして、ベアトリクスにとって夢のような時間が終わると同時に……テレサたちのプランは、次のステップに進むことになったのである。
一方、その頃。
「……ねぇ、後輩ちゃん。よく考えてみたんだけど……夜が明けたら、天使たちが来るかもしれないって話よね?」
「えぇ。ワルツ様から聞いた話だと、確かそのはずですよ?」
「ということは、よ?明日の朝になったら私たち、この町から出発しなきゃならないのよね?じゃぁさ……いつ、シラヌイさんのことを探すの?」
「えっ?そ、それは……」
そして、黙り込むユリアとシルビア。
どうやら2人は、どんなに計算しても、時間が圧倒的に足りないことに、ようやく気が付いたようだ。
そんな彼女たちがいたのは、王城の屋上……正しくは城の屋根の上である。
予定だと2人は、そこから城の壁伝いを降下し、その先にある部屋へと侵入して、諜報活動をするつもりだったのだ。
だが、前述の通り、大きな問題が立ち塞がっていた(?)ために……彼女たちは、これからの行動について、思わず悩んでしまったようである。
「やっぱり……どっちか諦めるしか無いんじゃないですか?」
と、現実的な落とし所を探そうとするシルビア。
しかしその提案にも、避けがたい大きな問題があったようだ。
「じゃぁ……どっちを優先する?」
「えっ……ど、どっちを……ですか?」
シラヌイを探すための情報収集を優先すべきか、それとも、王城でこれから行おうとしていた諜報活動を優先すべきか……。
どうやら彼女たちにとっては、その両方ともが、簡単には諦めることが出来ない大切な案件だったらしい。
するとそんな時。
王城の敷地内に建っていた、一際大きな教会へと近づく人影の姿が、彼女たちの眼に入ってくる。
そこからここまでは、随分と距離が離れていたが、その人物が暗闇の中で魔法のランタンを持って歩いていたおかげで、遠くからでもその姿をはっきりと視認できたようだ。
「あの人……あの自称『お姫様』のことを吹き飛ばした、おばさんじゃないですか?」
「あ、ホントだ……じゃなくて、おばさん、って言う言葉遣いはどうかと思うわよ?後輩ちゃん」
「じゃぁ……BBAですか?」
「それ、もっとダメよ……」
と、関係者の中に、オリージャ妃と同じくらいの年齢の女性たちが多くいることを思い出しながら、シルビアの言葉使いを聞いて、頭を抱えてしまうユリア。
ともあれ、彼女自身もオリージャ妃については良く思っていなかったようで、それ以上、後輩の言葉遣いを正そうとは思わなかったようである。
「……仕方ないわね。シラヌイさんのことは、後でちゃんと考えるとして……今はあの妃の後を追いましょうか」
それからユリアは、幻影魔法によって自分たちの姿が透明になっていることを確認すると、
「……さて。後輩ちゃん。スニーキングミッション開始よ?」
「了解!」
シルビアと2人で王城の屋根から飛び立ち、教会の方へと飛び立っていった。
そして……諜報活動のプロフェッショナルたちのミッションが始まったのである。
んー……。
あとがきで何かを書こうと思っておったのじゃが、途中でネタを思いついたら……跡形なく消し飛んでしまったのじゃ。
まぁ、跡形が残っておるから、こうして何かを書こうとしておったことを覚えておるんじゃがの?
それについては、思い出したら書こうと思うのじゃ。
……え?完全に忘れるパターン、じゃと?
……否定しないのじゃ。
実際、もう覚えておらんのじゃからのう……。
まぁ、それは置いておいて。
どうもやはりベアの話になると、心的負荷のせいか、執筆スピードが遅くなってしまう気がするのじゃ。
もしやすると、ベアの話に限ったことではなく、こうしたほのぼの系の話すべてに言えることかもしれぬがのう……。
ただ、楽しそうなやり取りをしておる影で……誰にも見えぬ駆け引きが妾たちの間で繰り広げられておったことは、紛れもない事実なのじゃ。
……己の誇りと尊厳と夕食をかけた駆け引きが、の。
それについては、機会があれば書こうと思うのじゃ。
じゃがまぁ、ハッキリ言って……あまり書きたくないのじゃがの……。




