8.2-29 河畔の国29
あとがきを追記したのじゃ。
ベアトリクスは……夢を見ていた。
かつて、自分のことを優しく見守ってくれていた、父と母の夢を。
そして、今となっては、唯一、夢の中だけでしか会えなくなってしまっていた、親たちの夢を……。
ただ、どういうわけか、夢に出てくる2人は、いつもベアトリクスの近くにいるのではなく、少し離れた場所から、彼女のことを優しく眺めるだけだったようである。
手を伸ばそうとしても決して届くことのない、動く大きな写真を眺めているだけのような……そんな夢だったようだ。
『……どうして届かないのですの?』
近寄って、手を握りたいだけなのに、一向に届く気配のない自分の右手。
そればかりにベアトリクスが集中していると……いつの間にか、彼女の両親の姿は消え去っていたようである。
『…………』
それが無性に悲しかったらしく、親たちがいなくなっても、手を伸ばすことを止めなかったベアトリクス。
すると、そんな彼女の腕を……
「もしや……死後硬直かの?」
暗闇の中から現れた手が、不意に掴み取った。
「……?」
「まぁ、なんでもいいのじゃ。ほれ、ボケっと突っ立ってないで、さっさと歩くのじゃ?」
そして、彼女の手を握った者は、3本の銀色の尻尾を左右に乱暴に振り回しながら、暗闇の中を歩き始める。
最初、彼女たちが歩いていたのは、闇の中だった。
周囲に黒い霧のようなものが立ち込めて、遠くを望むことが出来ない……そんな悪夢に出てきそうな暗闇である。
しかし、次にベアトリクスが気付いたときには、闇はいつの間にか消え去り……その代わり、まるで薄いベールのようなものによって隔絶されたような雰囲気が包み込む、夜の街の光景が周囲に広がっていた。
人混みに溢れているはずなのに、喧騒が遠く聞こえ、そして何より、地面を踏みしめているという感触が無い……。
そんなまるで夢を見ているような、フワフワとした感覚に身を任せながら、彼女はただ手を引かれるままに、町の中を進んでいった。
それからしばらく人混みの中をかき分けて進み、大通りの角を曲がって、甘い匂いのする路地の隙間を潜り抜け……。
そして、一件のこぢんまりとした店の前まで差し掛かったところで……手を引っ張っていた者が、おもむろに立ち止まった。
「多分……ここなのじゃ?」
そう口にして、そこにあったドアの取っ手に手を掛ける、長い銀色の髪の狐娘。
ベアトリクスの頭の中は、未だフワリとした感覚に囚われていたが……自分の手を引っ張る彼女が誰なのかについては、さすがに理解できたようである。
「……テレサ?」
「む?」
カランコロン……
そして、その狐娘が振り向きざまに扉を開けた途端……ドアの隙間から漏れて出てきた真っ白な光に襲われたベアトリクスは、思わず眼を瞑ってしまった……。
「テレサちゃん、遅かったね?」
「いやの?こやつがなかなか眼を覚まさなくてのう……。仕方ないゆえ、ワルツに浮かべてもらって、ここまで無理やり連れてきたのじゃ」
「そんな感じかもだね。なんか、今起きた、って様子かも?」
手を引っ張られて店内へと入ったベアトリクスが、眩しさの中で眼を開けると……そこには知った顔の狐娘2人と、犬娘1人があった。
ついでに言うなら、ベアトリクスたちの後ろから……
「あー、疲れた」
その発言とは裏腹に、決して疲れたようには見えない黒狐娘が入ってきたようである。
まぁ、彼女はそのまま、さらにその後ろにいた黒いローブを頭から被った男と共に、別の席に腰掛けたようだが。
そんな明瞭な光景の中で……しかし、ベアトリクスは、こんなことを言い始める。
「夢の中でもテレサに会えるだなんて……私、幸せ者ですわ」
どうやら彼女は、この期に及んでも、未だにここが夢の中だと思いこんでいるらしい……。
「……ねぇ、テレサちゃん?この人をここまで連れてくる時、どこかで頭ぶつけなかった?」
「えっ?ぶ、ぶつけてなど…………い、いや、ただ手を引っ張って連れてきただけじゃから、もしやすると何かにぶつけたかもしれぬ……」
「あー……これ、ダメなやつかもだね……」
と、ベアトリクスの反応を見て、それぞれに言いたいことを口にするテレサたち。
それから、テレサとベアトリクスも、ルシアとイブが待っていた机の開いていた席に腰掛けて……。
そして、間もなくすると、
「へい、お待ち!パンデモケーキ4人前!」
予めルシアたちが注文していたのか、クリームとフルーツがたっぷり載ったパンケーキ(?)が、その場へと運ばれてきた。
「ほれ、主の分なのじゃ?」
そう言って、さも当たり前のように、フォークとナイフをベアトリクスへと手渡すテレサ。
するとベアトリクスは、それを受取りはするものの……そこで固まってしまったようである。
それから彼女はこう口にした。
「これ……なんですの?」
その言葉に、
「もしかして、ナイフとフォークが分からないのかなぁ?」
「いや、さすがにそれは無いじゃろ……。やはり、まだ寝ぼけておるのではなかろうかの?」
「山盛りのクリームが見たこと無い、っていう可能性も否定出来ないかもだね……(あれ?そう言えばユキちゃんが何か見せてくれるって約束してたような……)」
とそれぞれ首を傾げながら、ベアトリクスの言葉の意図を推測する3人。
その結果。
現状を単純明快に説明する方法を思いついたのか、テレサが行動に出た。
パンケーキへとナイフを滑らせ、そして一口サイズに切ったそれをフォークに浅く突き刺し、それを……
「……ほれ?」
ぼーっとしている様子のベアトリクスの口元へと、近づけたのである。
「……?」
「口を開けるのじゃ?」
「……えっと……あー」
パクッ……
そして口に含んだパンケーキ(?)を、もぐもぐと咀嚼し始めるベアトリクス。
……その瞬間だった。
「…………?!」
彼女は、それまでのぼんやりとした表情とは打って変わって、眼をまん丸く見開き、驚いたような表情を浮かべたのである。
どうやら彼女の意識は、完全に覚醒したようだ。
「うまっ……!じゃなくて、美味しいですわ!これ!」
「そりゃまぁ、この街全体に放った騎士たちに、美味しいスイーツを提供する店が無いかを、探させたからのー。それに、お主はまだ……夕食を摂ってらぬじゃろ?」
「…………」
「……だと思って、主のことを、こうして城の外に連れ出したのじゃ」
そしてニンマリと笑みを浮かべるテレサ。
一方、ベアトリクスの方には……当然のごとく、別の懸念があったようだ。
「またこれがお母様にバレたら……」
と口にしつつ、眉間に皺を寄せてしまうベアトリクス。
するとテレサは、呆れたような表情を浮かべながら、ベアトリクスの額に手を近づけると……
ベチッ!
「っ?!」
デコピンをお見舞した。
「そんな湿気た表情を浮かべておったら、せっかくの料理と主の顔が台無しなのじゃ?なーに、大丈夫なのじゃ。今回だけは、妾が『魔法』をさーびすするのじゃ?じゃから、細かいことは気にせずに、安心して食事を摂るが良い。とは言っても、主食というよりはデザートみたいなものじゃがの?」
「…………」
「……あ、そう言えば、主に渡した分のケーキを回収せねばならぬのじゃ。妾もまだ食事を取っておらぬゆえ、お腹がペコペコなのじゃ!」
と言って、無言で俯くベアトリクスの皿から、彼女に渡した分のパンケーキを回収しようとするテレサ。
しかし、ベアトリクスは……テレサのナイフが自身のパンケーキに到達する前に、皿を彼女から遠ざけると、それを自分で切り……それからテレサがしたようにして、
「お返しですわ?」
テレサの口元へと差し出したようである。
「ふむ。良い心がけなのじゃ」ぱくっ
と、遠慮なく、それを口にするテレサ。
だが、それは、意識が覚醒していたベアトリクスにとっては、特別な意味を持っていたようである。
「……ふふ。これが、恋人同士がするという、あーん、というやつですわね?」
「ちょっ……違っ……」
「ふーん……。テレサちゃん、そんな趣味があったんだ……」
「えっ?ルシア様?テレサ様って……最初からそういう人かもだよね?」
「んなわけないじゃろ?!」
とそんなやり取りをしながら、夜遅くまでガールズトーク(?)を繰り広げていく4人。
なお、そんな彼女たちの隣の机では、黒狐娘に諭された(?)黒いローブの男が、酒の入ったジョッキを抱きながら、号泣していたとかしていなかったとか……。
ふむ……。
この手を書くのは……こんなにも難しかったかのう……。
普段の修正よりも、余計に1時間以上かかったのじゃ。
しかも、まだ修正し足りない気しかしないというこの納得できない感……。
もうダメかもしれぬ……。
まぁ、でも、修正したところで、改良できるとは限らないのじゃ。
じゃから、とりあえずあっぷろーどするのじゃ?
いつまでも同じことで悩んでおっても、次の話が書けるわけではないからのう……。
――――以下追記なのじゃ。
ひとつ補足し忘れておったことがあるのじゃ。
……パンデモケーキ。
パンのようなケーキのような……パンケーキ(?)なのじゃ?
正直、妾にも、あれが何なのか理解できぬのじゃ。
あるいは、大混乱ケーキとも言えるかもしれぬのう……。
まぁ、美味しければ、どっちでもいいような気もするがの?
なお、パンでもケーキ、ではないのじゃ?
多分じゃがの……。




