8.2-26 河畔の国26
その夜。
オリージャ王国が用意した料理は、それはそれは豪勢なものであった。
この国にしか無い旬の食材や、贅沢な宮廷料理の数々……。
3000人の騎士たちに対して振る舞うには、さすがに王城の厨房だけでは賄えなかったので、街中のレストランが協力して、どうにか間に合わせる事に成功したようである。
まさに、国を挙げてのもてなし、といったところだろう。
ただし、である。
「……アトラス?騎士たちがいないようですが、一体どちらへ行ったのでしょう?」
「ここで食べるか、町で食べるか、手前らで判断しろって言ったら……みんな町に出ちゃったみたいだな……」
「……ワルツ様方もいないようですが?」
「姉貴たちなら部屋にいたようだが……出てこなかったところを見ると、つまみ食いでもして、お腹いっぱいになったんじゃねぇか?ルシアあたりは、稲荷寿司を常備してるだろうし……」
「では……私たちだけで、これを平らげなければならない、というわけでございますね?」
「そうなるだろうな……」
そんなメイド勇者とアトラスのやり取りの通り、臨時の晩餐会場として設定された中庭には、彼らの姿しか無かったようだ。
より詳しく言うなら、勇者、アトラス、剣士、賢者の4人である。
彼らがいた中庭は、隅々まで手の行き届いた、花々にあふれる美しい庭だった。
中央にあるオリージャの国章を模したオブジェを中心に、東西南北へと遊歩道が広がっており……。
その遊歩道にはアーチ状に蔦が張って、そこにも花々が輝いている……そんな場所である。
そんな、工業化したミッドエデンの王城には無い、城らしい雰囲気の漂う庭に勇者たちはいたわけだが……そこで交わされていたやり取りは、決して美しいとは言えない内容だったようだ。
「ビクトール……。お前一人でどこまで食える?」
「いや、普通にしか食えないですわよ?」
「たとえお前が頑張って10人前、食べたとしても……のこり2990人分か……無理だな」
「10人て……。というか自分の分は数えてないのですわね、ニコル……。……仕方ない。ここはあの2人を援軍として呼ぶことにしましょう」
と正しい計算が出来ないほどに絶望している賢者とそんなやり取りをした後で、無線機を耳に当てる剣士。
…………
その結果、
「……なぁ、剣士。呼んでくれてありがたいんだが……一つ聞いていいか?」
「あぁ……。俺からも言いたいことがある」
「……なんですの?」
「「どうして呼んだ?!」」
剣士は、王城の外で、ひもじい思いをしながら馬の手入れをしているだろうカペラとロリコンを呼んだようだ。
まぁ、合計6人に増えたところで、3000人分の食事を片付けられるはずはないのだが……。
そんな、空腹とは対極の絶望が広がる場へとやって来たロリコンたちが、現状に頭を抱えていると、その場へとマクニールがやってくる。
どうやら彼は、勇者たち専任の接待担当らしい。
「……他の奴らはどこに行ったんだ?」
これまで通り無愛想な様子で、ボソッ、と問いかけるマクニール。
すると、どこか不機嫌そうな様子の彼の問いかけに対して、アトラスが申し訳なさそうに返答する。
「すまない……本当にすまない……。ここでの食事と、外での食事とで、自由に選んで良いということにしたんだ。できるだけ、オリージャ側の負担を減らしたいと思ってな……。そうしたら、騎士たち全員が遠慮して、外に出ちまって……」
と、暗に、オリージャ側の食事の準備が間に合うとは思わなかった、と口にするアトラス。
ただ、マクニールは、そのことについてあまり気にしなかったようで、
「……そうか」
短くそう口にして、残念そうな表情を見せた。
その様子から推測すると……彼は、怒っているわけではなく、ただミッドエデンの騎士たちとの交流が図りたかっただけのようだ。
とはいえ、ここままだと、食事の大半を残してしまうことになり、オリージャ側に対して、失礼極まりない結果を残してしまうことに変わりはなく……。
部隊を率いる総責任者(?)であるアトラスは、その最悪の事態を防ぐ他に、第2の手立てを取ることにしたようだ。
「少し待っててくれ……」
それだけ言って、耳に手を当て、内蔵無線機を起動するアトラス。
その通信相手は……
『おい、飛竜。今どこだ?』
その言葉通り、飛竜だったようである。
ただ、その質問に対して、飛竜から直接返事が戻ってくる事は無かった。
その代わり、彼女の近くにいるだろうユキから返事が飛んでくる。
『アトラスさん?ユキです。ちょっと、ドラゴンちゃんは今、無線機を使えない状態にあるので、代わりにお返事しますね?』
『……それを聞く限り、嫌な予感しかしないが……まぁいいさ。それで、夕食の準備が整ってるんだが……ユキたちはこっちに来ないのか?』
そんな言葉を投げかけられたユキは、なにやら難しそうな雰囲気を無線機の向こう側で出しながら、アトラスに対し、こう返答した。
『ちょっと複雑な事情がありまして、いま部屋から抜け出せないんですよ……』
『ますます、嫌な予感しかしないな……』
とアトラスが、呟いた時だった。
『……えっ?あ、ちょっと待って下さい。えっと……何ですか?テンポ様』
ユキは無線機の向こう側で、テンポと会話を始めたようである。
なにやら、込み入った内容の話をしているらしい。
そしてしばらく経って、
『……扉からは出られないと思うけど、窓からなら良い?……分かりました』
何らかの結論に達したようだ。
それからユキは、無線機越しに返事を待っていたアトラスに対して、こう答えた。
『えっと、テンポ様からの許可が出たので、今から行きますね?』
『えっ?お、おう……』
御年250歳の元魔王が、どうしてテンポに行動の許可を取らなくてはならないのか分からず、戸惑うアトラス。
ともあれ、彼は、援軍がやって来そうなことに、少しだけ頬を緩ませたようである。
……まぁ、それも、一瞬のことだったが……。
ドゴォォォォン!!
その音は、ミッドエデンの者たちにとって、最早BGMと等しい轟音だった。
何かが崩れて、地面に落ち、そして砕け散る音である。
とはいえ、ここはオリージャ。
しかも壊れたのが……
「んな?!」
と、マクニール他、オリージャの兵士たちが唖然としている通り、王城の一角にある来賓室の壁となれば、騒ぎにならないほうが不自然だろう。
その上、そこから……
バッサバッサ……
とメイド服を来た巨大な飛竜が、空を飛んでこちらに向かってくるのである。
その光景には、ある程度、事情を把握しているアトラスも、思わず頭を抱えてしまったようだ。
「はぁ……すまない。うちの者が粗相をしてしまったようだ。修理費用はミッドエデンで全額負担するから、後で請求しててほしい」
と、疲れた表情を浮かべながら、マクニールに対してそう告げるアトラス。
ただ……自分たちの方へと飛んでくる飛竜を、唖然として眺めていたマクニールには、彼の言葉は届いていないようだが。
こうして、オリージャの王城の一部を対価(?)にして、3000人分の食事は、元の姿に戻っていた飛竜の腹の中へと、無事に収まる事になったのである。
なお、猛烈な速度で食事を進める飛竜よりも先に、自分たちの夕食を確保しようとして、その場にいた者たちが慌てて食事の取り合いを始めたことについては、言うまでもないことだろう。
書きたくても書けなかったことがあるのじゃ。
アトラスが通信しておる最中のマクニールの反応について……。
オリージャには無線機も、遠隔会話できる魔道具も無かった故、『一人で何言ってんだこいつ』という雰囲気を出しておったのじゃ。
じゃがのう……。
2回見直した中で、その文言をねじ込ませようとしたのじゃが、うまく入れられなくてのう……。
仕方なく、あとがきで書くことにした、というわけなのじゃ。
まぁ、それほど重要な話でもない故、問題はなかろう。
ここで話は変わるのじゃが……剣士の喋り方について、ちょっと工夫した点があったのじゃ。
現状では、ベアトリクスと同じ『DEATHわ』喋りなのじゃが、そのままの喋り方でも、彼女と少し……いや、かなり雰囲気を変えられる(かもしれない)表現方法があることに気づいてのう。
今回の話から、試しに適用してみたのじゃ。
まだ、導入検討段階じゃから、ハッキリとした違いは出ておらぬかもしれぬが……2人が揃って喋るようなことがあっても、見分けられるようになるのではなかろうかのう?
さて。
今日は日曜日……。
つまり……今日はこれから、可能な限りのストックを貯める作業が始まるのじゃ!
…………多分の。




