8.2-25 河畔の国25
「奥様?!」
驚いたようで……それでいてこうなることが最初から分かっていたような表情を浮かべながら、クラークは平手打ちされて、2mほど吹き飛ばされてしまったベアトリクスへと駆け寄った。
すると、
「……クラーク。少し甘やかし過ぎではなくって?……目障りよ。1週間ほど、牢に入れておきなさい」
と、地面に倒れたままのベアトリクスに冷たい視線を向けながら、クラークに対し指示を出すオリージャ妃。
それに対し、
「い、いや、しかし……」
クラークは反論しようとするものの、
「……何か?」
「い、いえ……」
それを口にすることは叶わず。
下手をすれば、自分が牢には入ることになると思ったのか、彼は大人しく従うことにしたようである。
その後、オリージャ妃は、最初からその部屋の中に誰もいないかのように振り返ると、口にハンカチを当てながら、外へと出ていったようである。
あたかも、ミッドエデンの者たちと同じ空気を吸うことが汚らわしいと言わんばかりの態度で……。
その姿を見送った後、
「酷い人……」
と王妃に対する感想を口にしながら、ベアトリクスに駆け寄って、回復魔法を掛けるルシア。
この部屋に、ベアトリクスを連れてきたテレサも、
「べ、ベアトリクス?!お主、大丈夫かの?!」
急いで彼女の側へと駆け寄った。
そんな彼女たちは……地面へと伏せているベアトリクスへと近づいた際、何か気づいたことがあったようである。
「……古い傷がたくさんある?」
「……そのようじゃのう……」
ベアトリクスが着ていた服の下の普段見えないような場所や、太ももの一部に、青あざのようなものや、少し前に負ったと思しき傷が見え隠れしていた。
それを見る限り、今さっき付いたような傷ではなく、治りかかった傷か、それなりに時間が経過した傷のようだ。
それを見られたことに気づいたのか、
「も、もう。結構ですわ……。離れて下さいまし……」
と、回復魔法を掛けるルシアに対して、手の平を見せて制止させようとするベアトリクス。
とはいえ、ルシアの超大出力回復魔法の効果が出るまでに時間が掛かるわけもなく……
「はい、おしまい」
「えっ……?あっ……痛みも引いているし、身体も軽くなりましたわ……。ありがとう……」
次の瞬間には、すべての傷の治療が終わってしまったようである。
ルシアが魔法を止めた後、ベアトリクスは、既に傷が消えてしまったことにも気づかずに、麻布で出来た際どいサイズの服を引っ張って、古傷を隠すような素振りを見せながらこう口にした。
「こ、この傷は……け、剣術の稽古をしていて付いた傷ですわ」
それに対して、
「ふむ……。それは……随分と厳しい稽古のようじゃのう……」
と、申し訳無さそうな表情を浮かべながら、呟くテレサ。
そんな彼女の表情を見たベアトリクスは、彼女が何を考えているのか悟ったのか、小さく笑みを浮かべながら首を振りつつ、こう言った。
「私がお母様に怒られたのは、テレサが悪いからではありませんことよ?こんな格好をして、勝手に外に出た私が悪かったのですわ……」
「いや、それは……」
「心配なさらないでくださいまし?テレサ。1週間もすれば、また外に出て来られますわ……」
そう口にして、自ら立ち上がり、クラークへと自分を牢に連れて行くように、視線だけで指示を出すベアトリクス。
そんな彼女の行動に、クラークは苦々しげな表情を浮かべると、黙って部屋の入口の方へと歩いていってから、ワルツたちに向かって頭を下げ、短くこう言った。
「……失礼した」
その言葉に対し、ワルツたちは返答できず、ただ見送るしかできなかったようである。
それからベアトリクスもクラークの後を追って……
ガチャリ……
2人は、この部屋から姿を消した。
「あの人……あのままでいいのかなぁ?」
部屋の中にいる人物が身内だけになった後。
ルシアは、姉に対して問いかけた。
それについては、ベアトリクスと同じ(?)犬の獣人であるイブも、同意見だったようである。
「なんか気に食わない人かもだったけど……見て見ぬふりは出来ないかもだね……」
とそれぞれ口にしながら、ワルツに対して、何かを期待するような視線を向ける2人。
するとワルツは、頬に手を当てて、難しそうな表情を浮かべながら、2人に対してこう返答した。
「うん……私もそう思うわ。だけどね……他人の家の中までどうこう口を挟むっていうのは、そう簡単な話じゃないのよ……」
「なんで?」
「どうして?」
「だってさ……もしもあの娘をここから連れ出したとするじゃない?そうしたら、あの娘、たぶん2度とここには返ってこれなくなっちゃうと思うけど、果たしてそれは、彼女にとって良い選択だと言えるのかしら?中には親しい人もいるだろうし……。あるいは、あのお妃様を吹き飛ばすって手もあるかもしれないけど、そんなことしたら、まず間違いなく、ミッドエデンとオリージャは戦争になるわよね?……あまりこういう政治的な話はしたくないし、考えたくもないけど、たった1人のために数万人の人々が犠牲になるのか、それとも数万人のために1人が犠牲になるのか……。今、あの娘が取り巻いてる状況っていうのは、つまりそういうことだと思うのよ……」
「「…………」」
そんなワルツの説明を聞いて、不満げな表情を浮かべつつも、考え込む様子のルシアとイブ。
しかしそれ以上、彼女たちが抗議の声を上げなかったのは、彼女たち自身が家族と家を失い、帰る場所を失っていたからか……。
2人が簡単には答えの見つからない問題に対して頭を悩ませていると、今度はユリアとシルビアが口を開く。
「……いかが致しましょう?」
「私たちもどうにかしたいと思うんですけど……」
それに対しワルツは、目を細めて考え込んだ後で、こう言った。
「身辺調査くらいはしてもいいかもね……。だけど、程々にしなきゃダメよ?もしも、調査してるのがバレたりなんかしたら、大変なことになっちゃうと思うし……それに、行方不明になってるシラヌイの足取りも追わなきゃならないからね……。ま、貴女たちなら、心配する必要は無いと思うけどさ?」
「……かしこまりました。では、程々に、あのお姫様を取り巻く環境について、探りを入れてこようと思います。……後輩ちゃん?」
「りょーかいです!」
と言って、ユリアに近づくシルビア。
それからユリアが変身魔法を行使したのか、2人とも姿が見えなくなり……。
間もなくして彼女たちの気配は部屋から消えた。
「…………!」
「いや、忍者じゃないわよ?(私からは見えてるし……)」
何やら眼を輝かせていたイブに対し、一応、釘を差すワルツ。
その後で彼女は、ずっと黙り込んでいたテレサに対し、言葉をかけた。
「テレサ?随分と静かじゃないの?もしかして……私が助けようとしないことを怒ってる?」
すると、テレサは、首を振ってから顔を上げ、こう答えた。
「ワルツの判断は正しいと思うのじゃ。恐らく妾も同じ判断をしたはずじゃからのう……。妾が考えておったのは……記憶が無いというのは、何とも不便で……それでいて、もしかすると、幸せなことかもしれぬ……ということなのじゃ。まったく覚えておらぬが、妾も旧ミッドエデン王国では、王女だったという話……。妾の母がどんな人物なのか、それも覚えてはおらぬが、もしやすると妾も、ベアトリクスと同じような環境にあったのではないか、と考えてしまったのじゃ。それなら、記憶など無くても良い……。今が幸せなら、きっと過去など要らぬ……そう思うのじゃ」
そう言いつつも、何処か残念そうな色を含んだ視線を窓の外へと向けるテレサ。
おそらく彼女の心は、今、揺れに揺れ動いてるのだろう……。
諸事情により、この話は予約投稿なのじゃ?
もういい加減、温泉に入らねば、妾の残りHPがマイナスの極限に発散してしまうそうなのじゃ……。
じゃから、今日は、主殿を拉致って、ちょっと山の様子を見てこようと思うのじゃ。
今日中に戻ってこられたら、マトモなあとがきを書くかもしれぬのじゃ?
……いや、まともなあとがきを書いた記憶はないがの?




