8.2-21 河畔の国21
「拙いわね……」
「天使かぁ……。今ならちゃんと戦えるかなぁ?」
「んー……やっぱり、よく分かんないかも……」
その後の会議で、天使たちが本当にやってくるのか、という信憑性を追求したクラークの発言などもあり、とりあえずは今すぐにこの王都から放り出されずに済むことになった、ワルツを始めとしたミッドエデンの者たち。
しかし、それでも、明日の朝、天使たちがやってるかもしれないことと、そのうちエクレリアが攻めてくるかもしれないことに変わりは無かったので、ワルツたちの頭は、凄まじく重くなっていたようである。
そんな彼女たちは、自分たちに充てがわれた来賓室まで戻ってきていた。
その際、部屋の前には、警備が強化されたのか、複数の兵士たちとメイドたちの姿があったようだが……そんな彼らのことを、出るときと同じように、ワルツが光学迷彩と殺意のプレッシャー(?)で無力化させたことについては、もはや言うまでもないだろう。
そして3人で、見聞きした会議の内容を話し合っていたわけだが……そんな折、ワルツは何かに気がついたようだ。
「もしかしてコルテックス……あの娘、私たちに、天使やエクレリアのことをどうにかさせたかったのかしら?」
そのつぶやきに対して、イブは何か疑問に思ったことがあったらしく、首を傾げながら、ワルツに対し問いかけた。
「ねぇ、ワルツ様?『天使』のことは、シルビア様のことを見てるから、何となく分かるかもなんだけど……エクレリアって何?お菓子?びせーぶつ?」
「微生物とか……よく知ってるわね?」
「うん。とーちゃんに教わったかもだから!」
「ふーん……」
と、その言葉に、感心した様子を見せるワルツ。
それから彼女は、表情を一変させ、眼を細めながら、難しそうな様子で、イブの質問に返答を始めた。
「残念だけど、エクレアでもプラナリアでもないわよ?エクレリアっていうのは……そうねぇ、イブを誘拐したロリコンが所属していた国、って言えば分かるかしら?」
「……?!」
「いや、全員が全員、どうしようもない犯罪者だとは思わないけど、やっかない国には変わりないわね……」
「やっかい?」
「えぇ。簡単に言ってしまうと……」
そしてワルツは、詳しい事情を知らないイブやルシアが聞いても、この上なく面倒に聞こえる発言を口にした。
「……もう一つミッドエデンみたいな国があったとして、そこが力任せに攻めてくる、的な?」
「「…………?!」」
「流石に、私やテンポたちみたいなのはいないと思うけど、技術のレベルが、その辺の国とは段違いなのよ。銃器が出てきたり、戦車出てきたり、それに……」
「「それに……?」」
「多分、アル○○ルもいるはずだしね……」
その言葉を聞いて、
「…………?」
「あぁ……いたね。そんな人……」
と反応が別れるイブとルシア。
ルシアはともかくとして、イブはその名前を、初めてワルツの口から聞いたようである。
とはいえ、一部はビープ音だったが……。
「なにその、アルピールって人……」
「アルピール……。随分と滑らかに言うのね……。まぁ、いいいわ。で、彼女が誰なのかっていうと……ミッドエデンとメルクリオの王族たちが死んでしまった原因になった魔王で、ロリコンたちを後ろから操っていた女神で、ボレアスの首都の……ビクセンを酷いことにした元凶で、あと、本名を口にすると、転移魔法で黒い鉄の杭を飛ばしてくる面倒くさい人?」
「んー……つまり、悪人?」
「まぁ、だいたいそんな感じ。あ、そうそう。もう一つ、最近の調査で分かったことがあるのよ。実はね……」
とワルツがそこまで口にした所で、
コンコンコン……
タイミングよく部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。
その音を聞いて、
「……?!」
と、何故か戸惑ったような表情を浮かべるワルツ。
どうやら、彼女は、あまりに良いタイミングでノックが聞こえてきたために、自分が死亡フラグを立ててしまったと思い込んだようである。
それから彼女は、ぎこちない足取りで扉の方へと向かいながら、フラグを回収するために、続きの言葉を口にした。
「は、早い話が、エクレリアのトップ。つまり国王が、アル○○ルって話よ?私が直接見たわけじゃないけどね?」
そして、重要なことを言い終わってスッキリとした表情を浮かべたワルツは、扉に手を掛けると……透明になることも忘れて、その取手を引いたのである。
するとそこは、重要な事を漏らした者を殺害する暗殺者……ではなく、色々な意味で暗い表情を浮かべているだろうクラークの姿があった。
どうやら彼は、会議で決まった内容を、ワルツたちのところへと伝えに来たようだ。
一方、その頃……。
「のうのうのう、ユリアよ?あれは何なのじゃ?」
「あれですか?あれは……男性向けの娼館ですね」
「う、うむ……そうじゃったか……。で、では、シルビアよ?あれは何じゃ?」
「あれはですね……性奴隷を取り扱う商社のようです。行ってみます?」
「い、いや、止めておくのじゃ……。じゃ、じゃぁ、あっちは?」
「あっちは……怪しげな薬を専門に取り扱っている薬屋です。ミッドエデンなら違法とされる薬ばかりを扱っているので……私でも、ちょっと近づきたくない所ですね……」
「……こ、この町には、まともに観光できる場所はないのじゃろうか……」
テレサ、ユリア、それにシルビアの3人は、宿から出てしばらく行ったところにある、活気に溢れた通りを歩いていた。
ただ、行き先が不味かったようで、テレサが期待するような観光スポットは無さそうである。
「まともに観光ですか……」
頭を抱えるテレサの言葉を聞いて、この王都における観光ルートを考え込むユリア。
一体どんな場所に行けば、テレサが満足するというのか……。
それを考えた彼女は、道を反対方向に歩いていけば、食材などを売っている市場があることを思い出すのだが……。
そんなどこの町にでもあるような店を回って、テレサが満足するのか分からなかったらしく、すぐにはその言葉を口にしなかったようである。
……そんな時、
「邪魔だ!退け退けぃ!!」
ガラガラガラ……
2頭の馬に引かれた大きな馬車が、テレサたちの横スレスレを通過していく。
その馬車は、外からは殆ど内部が見えないような作りになっており、唯一、檻のようなものが付いた縦横30cm四方程度の窓だけが、荷台の側面に設置されていただけだった。
とはいえ、そこまでの高さは、2m以上あり、身長の低いテレサを始め、ユリアもシルビアもその内部を覗くことはできなかったようである。
ただ、その馬車の中身を、周囲に立ち並ぶ店の種類から推測することは難しくなく、
「……奴隷を運ぶ馬車かのう?」
「……恐らくは」
「……馬の臭いに混じって、人の臭いがしてましたし、間違いないと思います」
3人ともその中身については理解していたようだ。
そんな彼女たちは、当初、通過していったその馬車をそのまま見送るつもりだった。
もしもここがミッドエデンだとするなら、犯罪を行ったなどの特殊な場合を除いて、奴隷の取引が禁止されているので、彼女たちは然るべき対応をしていたことだろう。
しかし、ここはミッドエデン共和国ではなく、オリージャ王国。
単なる観光客でしかない彼女たちは、見て見ぬふりをするしか無かったのである。
その上、社会保障制度が無い国においては、奴隷制度がその変わりになっていたこともあって、不用意に首を突っ込むわけにもいかなかったのだ。
しかし、彼女たちは……その考えを改めることになってしまう。
何故なら、その馬車の窓から、不意に少女の顔が覗き出て……
「……!?て、テレサ!?テレサ=ハインリッヒ=アップr……」ガラガラガラ……
テレサの本名(?)を叫んだからである。
「……?誰じゃ?その、テレサなんたらという妾の名に近い者は……」
「えっと、あの……テレサ様の本名ですよ?」
「もしかして、あの人、知り合いじゃないんですか?」
「……まったく分からぬ。知らぬ存ぜぬなのじゃ……。……そう。あまりにも分からぬことが多いゆえ……こうしてこの世界を旅しながら、知識を学び直しておるのじゃからのう……」
「そういえばそうでしたね……」
と、テレサの言葉に、納得したような表情を浮かべるシルビア。
対して、ユリアの方は、怪訝な表情を走り去った馬車へと向けつつ、テレサに対してこれからの行動を問いかけた。
「いかが致しましょ?追いかけますか?」
それに対してテレサは、深く溜息を吐いてから……
「……主は自分の名を叫びながら連れて行かれる者を無視できるのかの?ここで放置したら……間違いなく夢に出てくるのじゃ……」
そう口にして、馬車が去っていった方へと歩き出したようである。
こうして3人は、馬車の中にいた人物が誰なのかを確かめるべく、危険な匂いの漂う町の中を進んでいったのだ。
……最近、また花粉が飛び始めたようじゃのう。
妾はスギ花粉がアレルゲンではないのじゃが……ルシア嬢の顔が、今年も溶け始めたのじゃ。
じゃから、嬢は今、マスクを付けておるのじゃが、マスクじゃ流石に眼までは保護できず……。
今日も眼を真っ赤にしておったのじゃ。
まだ、花粉前線も上がってきておらぬと言うのに、そんな状況では……この先が思いやられるのじゃ。
さて。
ここから数話は、妾の話が続くのじゃ?
正直言うと、今の忙しいタイミングで、ここからの話は書きたくなかったのじゃが……致し方あるまい。
いつも通り、駄文でごまかせる範囲で、どうにかこうにか、ごまかしていこうと思うのじゃ?
可能な限り、しっかりと書きたいものじゃろう……。
そうでないと……いや、なんでもないのじゃ。




