8.2-19 河畔の国19
……その部屋の中は、カオスだった。
何がどうカオスなのかを明確に説明するのは、中々に難しいのだが……そこにテンポがいて、2人の魔王たちがいて、そして元の姿に戻った飛竜がいれば、もはや混沌としていないと言う方が難しいだろう。
いやむしろ、こう表現すべきだろうか。
……この世界のどこを探せば、ホムンクルスがいて、魔王がいて、サイボーグ(元)魔王がいて、ドラゴンがいる部屋が存在するのか、と。
まぁ、ここに存在するのだが。
「ふむ……。人の姿でいるのも洒落た感じがして、悪くは無いのだが……やはり翼を伸ばせるこの姿でいるのが、我としては楽かもしれん」
と話すのは、恐らくこの部屋のカオスの源を作り出しているだろう巨大な姿の飛竜である。
そんな彼女の言葉に、サイボーグ(元)魔王が、馬車から背負ってきただろう大きなリュックの中身から荷物を出しながら、返答した。
「そうですか?ボクから見る限りだと、逆に狭そうに見えますよ?」
「完全に翼と首を伸ばせられん、という意味では、確かに、狭いと表現すべきかもしれん。しかし……何と表現すればよいだろうか……。あの大空を飛んでおるときとはまた違って……部屋の中で翼を伸ばすというのは、また別の意味をもつ行為のような気がするのだ」
「つまり……部屋の中なら、気兼ねなくゆっくり出来る、ということでしょうか?」
「そうかもしれん。しかし、そう考えると……我も随分と、人間臭くなったものだな……」
「まぁ、良いのではないですか?ドラゴンちゃんの場合、元の生活に戻りたいと思えば、いつだって戻れるのですし、逆に人の生活に浸りたいと思えば、そちらだって自由に出来るのですからね」
と、自身よりも遥かに背の高い飛竜に向かって、優しげな視線を向けるユキ。
とはいえ、やはり飛竜にとってこの来賓室は、広いとは言えなかったようで、ユキが見上げる視線の角度は、いつもの半分程度しか無かったようだ。
一方。
この部屋にやってきて、先に荷解きを終えていたテンポとヌルも、何やら会話を交わしていたようである。
彼女たちは、部屋にあった高級そうな机の上に、持参のティーセットを展開すると……自らそれを使い、茶を煎れて、それを狩人の作った菓子と共に、口の中へと運んでいたようだ。
「野外で飲む茶も悪くはありませんが、こうして高級そうな部屋の中で飲むというのも、また一興かもしれません……」ずずずず
「高級な、ではなく、高級そうな、とおっしゃられるところが、テンポ様らしいですね……」バリボリ
と、オリージャ側が用意するだろう側仕えのメイドが来る前に、自ら準備した菓子と茶で、唇を濡らす2人。
どうやら彼女たちは、オリージャのメイドからサービスを受ける気が、まったく無いらしい。
もしかするとそれは、2人なりのオリージャに対する意思表示のようなもの、なのかもしれない……。
するとそんな折。
部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。
コンコンコン……
それに対し……
「えっとー……どうします?ドラゴンちゃん、元の姿ですけど……」
「おっと、そうであった。……そういえば人の姿に戻るためのマナを、師匠から受け取っていなかったのだが……」
「…………」ずずずずず
「…………」ばりぼりもぐもぐ
すぐには返答しない4人。
その後も、
コンコンコン……
とノックは続くものの、
「……じゃぁ、居留守、ということにしますか」
「ふむ……かたじけない」
「…………」ばりぼりもぐもぐ
「…………」ずずずずず
やはり、誰も返答しなかったようである。
しかしそれでも、
コンコンコン……
と続くノック。
どうやらノックをしている人物は、中に人がいることを知っていて……しかし、返事が無ければ、どうしても中に入ることができないらしい。
まぁ、おそらく、十中八九、この王城のメイドだろう。
しかしそれでも……
「なかなか諦めませんね……」
「しかし……困ったものだ。どうやって師匠にマナをもらいに行けばよいだろうか。窓も扉も小さい故、我は通れぬからな……」
「…………しつこいですね」
と、やはり、返答する気のないテンポたち。
そんな中、ヌルがこんなことを言い始めた。
「では、そこの重そうなクローゼットを扉の前に置いておくことにしましょう」
ヌルはそう口にすると、椅子から立ち上がり、部屋の中にあった金属製の箪笥のところまで歩いていって……そしてそれを無理矢理に引っ張り、扉の前に置いてしまった。
そのついでに、箪笥の中から見つけたクッションを、扉と箪笥との間に挟み込んで……。
即席の防音壁、兼、バリケードの完成である。
この部屋の扉は内開き式なので、扉を破壊する以外に、部屋の中へと入ってくる方法は無いのではないだろうか。
「随分と手慣れていますね……」
「実は……ボレアスでは、煩い妹たちから安眠を邪魔されないように、自分の部屋の扉の前に、こうしてクローゼットを置いて、誰も入ってこれないように妨害していたのですよ」
「通りで、毎朝、ヌル姉様の部屋の扉が開かなかったわけですね……」
と、ヌルの発言に、納得げな表情を浮かべるユキ。
それからも部屋の扉は、ひたすらノックされ続けていていたとかいないとか……。
とはいえ、部屋に引きこもることを完全に決め込んだ4人(?)の耳には、そのノックの音は既に届いていなかったようだが……。
ガンガンガン!!
「あ、開けて下さい!お伝えしたいことが、未だ何一つお伝えできていませんよ!」うるうる
テンポたちのいる部屋の外では……オリージャ王宮に仕えるメイドが、今にも泣きそうな表情を浮かべながら、開く気配の無い扉と格闘していたようである。
その様子を、透明な姿になりながら、観察していたワルツは……
(あらら……あのメイド。テンポたちに締め出されたのね……)
と事情が把握できていたようだが、彼女が自分から話しかけるわけも無く……。
見なかったことにして、王城の廊下を歩いていくことにしたようだ。
そんな彼女の目的は、王城の中で宝探し……ではなく、単なる散歩(?)である。
オリージャの王城内は、地域特有の素材で作られていた。
近くに、森らしき森が無かったためか、木材は殆ど使われておらず、そのかわり、白く四角い石を巧みに組み合わせて、城の形を形作っていたのである。
そのためか、雰囲気としては、城というよりも、要塞に近かった。
歴史的背景は不明だが、実際、もしかすると、要塞として作られたのかもしれない。
ワルツは、その光景を眺めながら、オリージャの技術力について分析していたわけだが……そんな彼女の隣には、部屋に留守番を残してくるわけにいかなかったためか、当然のごとく、
「(お姉ちゃん……。さっきの人、放置してても大丈夫かなぁ?)」
「(あの人……何となく可哀想かもだよね……)」
ルシアとイブの2人もいた。
もちろん、ただ歩いているわけではなく、ワルツの光学迷彩を受けた上で、である。
「(ま、いいんじゃない?そもそも部屋にいない私たちだって、同じようなものだろうし……)」
「(んー……そうだね!)」
「(あ……丁度、イブたちのところにも、メイドさんが来てるかもだよ?)」
と、今しがた、自分たちが出てきたばかりの部屋の方へと視線を向けるメイド服姿のイブ。
そんな彼女の視線の先では、扉の両端に、力なく倒れているオリージャ兵の姿があったようだ。
どうやら、死んでいるわけではないが……一体なにが起ったのかについては、言わずもがなだろう。
そんな失禁した上、意識を失っているオリージャ兵の姿を見て、青い顔をしながら後ずさり始めたメイドの姿を、遠くから眺めていたイブは、少しワルツたちから離れてしまったことに気づいて、急いで追いかけ、そして追いついてからこんな問いかけを口にした。
「(それで……どこに行くかもなの?)」
その質問に対し、ワルツはこう答える。
「(そうねぇ……。まずは、夕食に何か変なものが入ってないかの確認かしら?もしも何かあったら、カタリナに頼ることになると思うけど……彼女、今、ここにいないしね)」
「(う、うん……。やっぱり、毒とか入ってるかもなのかな?)」
「(どうでしょうね?クラークの言い分じゃ、私たちを毒殺したところで、何の得も無いはずだから可能性は低いと思うけど……この国だって一枚岩じゃないと思うから、絶対に無い、とは言い切れないでしょうね……。マクニールとかいう、何考えてるのか分からなそうな、ムッツリとした人もいることだし……)」
「(そうかもだね……)」
そう言って、険しい表情を浮かべるイブ。
そんな彼女の頭の中には、今頃、ドロドロとした人間模様が、浮かび上がってきているのではないだろうか……。
ふむ……。
長い間、人の姿をしている内に、どうも我は、狭いところが好きになってしまったようだ。
もちろん、余りに狭すぎるのは遠慮したいところだが、程よく狭いと安心できるのだ。
例えば、あの柔らかな布団とか……。
朝までぐるぐる巻きになって眠るあの快感は、空を飛んでおった頃は想像すらできなかったことだろう。
元の姿でも包まれるような大きな布団を作ってもらうために、アトラス殿には世話になったものだ。
その際、大量の鳥たちが必要だと言われ、ミッドエデンの空を、鳥たちを求めて縦横に飛び回ったのもいい思い出だ。
……捕まえた後で、ワルツ様に取り過ぎだと怒られたのも、な……。
む?どうしたのだ?テレサ殿?
それ以上書くと、我が登場するシーンのネタが減る?
……そ、それは困る故、我はここいらで退散させてもらおう。
こうしてたまに、あとがきに登場するというのも……悪くないかもしれんな。




