8.2-18 河畔の国18
その姿を見て――――ワルツは後悔した。
何故、相手を確認しないで、部屋の中へと招き入れてしまったのか、と。
そして何より、大っ嫌いな厄介事を、どうして自ら引きずり込んでしまったのか、と……。
「……はぁ」
「あの……ワルツ様?この人、どうするかもなの?」
「お姉ちゃん……。今回ばかりは、無かったことにできないと思うよ?」
腹部から足元にかけて、まるで硬い構造材が入っているかのように変形しないスカートのせいで、頭から地面にダイブする形で倒れていた少女に向かって、微妙な表情を向けるイブとルシア。
そんな2人に対して、ワルツはこう口にする。
「……逃げましょうか」
すると、
「こ、こんな仕打ち、生まれて初めてですわ!絶ッ対に忘れないですわよ!逃げたって、地の果のその先まで、追いかけてみせますわ!」
未だ自力で起き上がれず、地面につんのめったままの少女が、ジタバタと暴れながら、そんな声を上げた。
どうやらワルツたちは、さっそく、逃亡できなくなったらしい……。
その発言に対して、
「しかも、ネイティブ『ですわ』……」
「ねいてぃぶ?」
「ですわ?」
と、不可視の状態で不可解な発言をするワルツの声に、首を傾げるルシアとイブ。
しかし、それも、短い時間のこと。
姉に返答する様子がないことを感じ取ったルシアは、不思議そうな表情を浮かべたまま、そこにいた少女……というよりも、どこからどう見ても、お姫様にしか見えなかった彼女のことを、立たせることにしたようである。
……ただし。
手を差し伸べて立たせるのではなく、重力制御魔法使って……。
その結果、
「あ、これはこれは、わざわざお手をお貸しくださって助かりま……?!」
そこまで言って、自分が不可解な力場によって引き起こされたことに気づいたのか、姫は固まってしまったようだ(?)。
そんな彼女に対して、透明になっている姉の代わりに、ルシアが問いかける。
「えっと……ここはちがいほーけんが許される部屋の中だから、何か起っても、誰も文句は言えないよ、だって?よく分かんないけど……。それで……お姫様は、ここに何のためにここに来たの?」にっこり
と、自身の耳元で呟くワルツの言葉を、ぎこちない様子で投げかけるルシア。
そんな彼女に対して……姫はこう返答する。
「すごっ!」
「「「えっ……?」」」
「あ、間違えましたわ。……おっほん。素晴らしいですわ!さっきの魔法は、なんという名前の魔法なのですの?!」キラキラ
「「「…………」」」
余りに姫の適応力が高かったためか、そのまま言葉を失うルシアたち3人。
結果、人見知りはそれほど激しくなかったルシアも、ついていけないことを察したのか、彼女は返事をすること無く、姫のことを、魔法で、そーっと部屋の外へと返すことにしたようである。
すると、
「えっ、ちょっ……待って!」
と、戸惑った様子で、ジタバタと暴れ始める姫。
しかし、彼女は、ルシアの重力制御魔法に抗えるわけもなく、ただされるがままに、部屋の外へと押し出されていった……。
ただ、扉から外に出る間際、姫はこんな質問を投げかける事に成功する。
「こ、コレだけは答えて下さいまし!テレサ、テレサ=ハインリッヒ=アップルフォールは、今、どちらにおられるのです?」
「え?テレサちゃん?テレサちゃんは確か……クラークさんが用意した宿に、泊まってるんじゃないかなぁ?詳しくはクラークさんに聞いてもらえる?」
「……分かりましたわ。それだけ聞ければ十分!早速、訪ねに行って参りますわ!」
そして、ルシアの魔法によって完全に廊下へと突き出された瞬間、姫は猛ダッシュで何処かへと消え去ってしまった。
おそらくクラークのところへとテレサの宿の場所を聞きに行って、それからその宿へと向かうのだろう。
まぁ、姫ほどの立場の者が、どうやって王城を抜け出すのかは不明だが……。
それから姫が立ち去った後で、
「……何、アレ?」
「さぁ?」
と、姿を見せて、ルシアと共に首を傾げるワルツ。
ただ、そこに居合わせたイブだけは……
「……なんか、いけ好かないかもだね……」
どういうわけか、姫の態度が気に食わなかったようである……。
一方、そのころ。
彼女たちの部屋の隣にある、勇者たちの部屋にも、客がやって来ていた。
「…………」ずずずず
「…………あの、何か用でしょうか?」
お茶をすすりながら、ムスッとした表情を浮かべる、オリージャ中央騎士団長のマクニールである。
勇者たちが荷解きをしていると、急に現れた彼は、本来、客であるはずのメイド勇者に出してもらった茶を、何も言わずに啜っていたようだ。
そんな彼に対して、持参したミッドエデン産の茶を出したメイド勇者は、困ったような表情を浮かべながら問いかけたわけだが……そんな彼の問いかけに対し、
「…………」ずずずず
マクニールは、より眉間の皺を深めながら、黙って茶を啜り続けたようである。
なお、これは余談だが、彼と勇者たちは、今回が初対面、というわけではない。
以前、勇者たちは、この国で魔物の討伐をした際に、マクニール率いる騎士団と共闘して、事に当たったのである。
その際のマクニールは、今のように、ムスッとした表情ではなく、勇者たちに対して、それはそれは明るい満面の笑みを浮かべながら、感謝していたようだ。
そんな彼が、どうして今回、この部屋に来て、こんな不貞腐れたような表情をしているのか。
それには恐らく3つほど理由があるだろう。
1つ目は、敵対する国であるミッドエデンの所属として、勇者たちがやって来たことである。
本来、勇者が帰属するはずのエンデルシア王国は、オリージャ王国と良好な関係にあったので、以前、勇者たちがこの国へとやって来た時は温かく迎え入れられたのである。
しかしそれが、ミッドエデンの所属となると……そういうわけにはいかなくなるのだろう。
続けて、2つ目の理由は……勇者の容姿にあったようだ。
まぁ、昔の勇者の姿を知っている者が、今の彼の姿を見たなら、高確率で、今のマクニールと同じような表情を浮かべてしまうのではないだろうか。
そして3つ目の理由は……
「…………どうしてここにお前がいる」
「え?俺か?いや、男部屋がここしか無かったからな……」
その部屋の中に、つい数刻前まで侮って……痛い目に遭わされたアトラスが居たからだったようだ。
「…………」ずずずず
そして、アトラスや勇者に対して鋭い視線を向けながら、熱いお茶を啜り続けるマクニール……。
そんな彼の姿を見た勇者は……まず、マクニールに用事の内容を問いかけるよりも、自分たちの事情を説明することにした。
彼が用事の内容を答えないのは……つまり、知人である自分たちに、聞きたいことがあることの裏返しである、と考えたのである。
「そうですね……。せっかくこうして再びお会いしたのですから、何があったのかを簡単に説明したほうが良いでしょう」
そして勇者は話し始めた。
自分に十分な力がないために、仲間を危険にさらしてしまったこと。
そんなとき出会ったワルツたちと共に、ミッドエデン共和国の立ち上げに参加したこと。
そして、力を得るために、勇者を辞めて……ワルツの麾下に入ったこと。
……まぁ、そもそも話をすれば、すべての事の始まりと元凶はワルツたちだったのだが……勇者がそれについて語ることは無かったようである。
それを聞いて最後の茶を啜り終えたマクニールは……少しだけ表情を和らげてから、
「……おかわりをくれ」
メイド姿の勇者に対して、空になった湯飲み茶碗を、そっと差し出したのであった……。
もう少し書くべきか否かを考えて……これ以上は書かないことにしたのじゃ。
マクニールが、オリージャ王国のたくらみ(?)を知らないはずは無いわけで、これ以上、勇者たちとの馴れ合いを書いてしまうと、そちらの方にも触れなくてはならないような気がしてしまったのじゃ。
なれば、最初から触れないことに越したことはないのじゃ?
……まぁ、妾自身、どんな展開に持っていくか、まったく考えていない可能性も否定はできぬがの……。
そんなわけで……ねいてぃぶ『ですわ』とやらを書いてみたのじゃ。
話し方がおかしくなった剣士殿も、『ですわ』キャラになっておるのじゃが、それはまぁ……正直言えば、今回のための練習のようなものだったかもしれぬ。
突然書こうとしても、なかなか書けるものではないからのう……。
あと、出ておらぬのは……『あたし』キャラと、『にゃぁ』キャラと……まぁ、そんなところじゃろう。
とは言え、恐らくこの物語では、これ以上、変な喋り方(?)のキャラクターは出てこないはずじゃがの……。
……え?妾の喋り方も変、じゃと?
実はのう……『なのじゃ』キャラというのも、簡単ではないのじゃ。
世の中には、『標準なのじゃ』と『尾張なのじゃ』、それに『関西なのじゃ』がおって、それらの派閥が、日々、誰も知らぬところで火花を散らしておるのじゃ……。
まぁ、派閥があるかどうかは別にしても、長い間、この喋り方でおると、『なのじゃ』にも色々な特徴が見えてくるのじゃ?
いつか、これらの解説を行ってもいいかもしれぬのう。
ちなみに……。
『〜なのじゃ』という大きな枠組みの他にも『〜じゃ』という分類(?)も存在するのじゃ?
これらは同じモノではないゆえ、混同しないように注意してほしいのじゃ。




