8.2-15 河畔の国15
野営地点から馬車が走り始めてから、およそ半日。
幾つもの丘陵地を越え、荒野を抜け……。
そして一行は、クラークの言っていた渓谷地帯へと差し掛かった。
言い換えるなら、オリージャの王都が見える場所まで、ワルツたちはやって来たのである。
そこには、切り立った崖の上に作られた、大きな町が広がっていた。
もしも地震が来たなら、瞬く間に谷底へと転落していきそうな位置に作られた町だったが……その代わりと言うべきか。
少なくとも、崖側から人が登ることはできなさそうである。
まさに、天然の要害、といったところだろう。
その景色を見たカペラが、どういうわけか感心したように呟いた。
「そうか……ここに出るのか……」
嘗て彼は、オリージャが生活圏だったこともあって、この国の地理には詳しかったようだが、今回通ってきた道は、初めての経路だったらしい。
普段は、太い方の道ばかりを移動していたのだろう。
すると、そのつぶやきを聞いていた隣の席のロリコンが、手綱を操作しながら口を開いた。
「あ?どうした?独り言か?」
「あぁ、少し関心してな。昨日、俺たち、脇道に逸れて、小さな道を進んできただろ?あれをもしも逸れずに、真っ直ぐに進んでいたなら、いまごろ、あの王都を挟んで、反対側の崖に出ていたはずなんだが……」
「……抜け道ってやつか?」
「抜け道……とは少し違うだろうな。結局は、この谷を越えなきゃならんから、一旦渓谷に降りて、険しい上り坂を登らなきゃならないことに変わりはないからな。ほら、アレだ」
そう口にして、馬車の御者台の上から指を差すカペラ。
その指の先には、岩の中をくり抜くように整備されていたスロープ状の通路が、深さ200mほどの谷底から、何度もクネクネと曲がり、地表へ向かって繋がっている光景が広がっていた。
そこから見る限り、それ以外には道はなく、その通路を通過する以外に、王都へと至る経路は無さそうである。
有事の際は、そこを崩すか塞いでしまうことで、谷底からの侵攻を止めるのだろう。
「随分と交通の便が悪いこって……」
その様子を見て、不満そうに呟くロリコン。
すると、そんな彼に対し、カペラは、苦笑を浮かべながらこんなことを話し始めた。
「昔は、この谷を渡る、長い吊橋があったんだ。今でもその名残は残ってるんだが……あぁ、ここからでも見えるな。王都と対岸に、石造りの塔が2対、建っているだろ?あの場所から長いロープを渡して、橋を作っていたらしいぜ?」
「確かに、それっぽいのがあるな……。で、どうして、肝心の橋が無いんだ?」
「……さぁ?」
「いちばん重要なところを知らねぇのかよ……」
と、カペラの説明を聞いて、疲れたような表情を浮かべるロリコン。
すると今度は、彼らの後ろから、2人にとって聞き慣れた声が聞こえてきた。
「……昔、ミッドエデンとの争いに出兵しようとしたオリージャ国王の馬車が、重量オーバーで橋のロープを引きちぎって、谷間に落下したからですよ?それっきり、オリージャでは、この渓谷に橋を通さなくなったようです」
そう口にしたのは、今朝から馬車に戻ってきていたユリアである。
どうやら彼女は、オリージャに来る前に、この国の歴史をある程度勉強してきたらしい。
「「ゆ、ユリア姐さん……」」
「……?どうしたんですか?2人とも。そんな真っ青な顔をして……」
「「い、いえ。なんでもありません……」」
そして黙り込む男たち2人。
彼らには、後ろめたいことは何も無かったが、ふと脳裏に……ミッドエデンの森にあった太い木々を、まるで小枝のように粉砕する彼女の魔法の光景が浮かんできたとか、こなかったとか……。
そんな男たちの不可解な行動を前に、ユリアが首を傾げていると、前を走っていたクラークの馬車が……不意に停車した。
それを見て、ロリコンが馬車を停車させたところで……ユリアの後ろで外の景色を眺めていたワルツが口を開く。
「目的地点に到着かしら?」
「えぇ。そうみたいですね。では……向こうに渡るために、ワルツ様が馬車を浮かべるのですか?」
と、ユリアが問いかけると、ワルツは顔の前で適当な様子で手を振りながらこう言った。
「いいえ?3000人分の馬車を個別に浮かべて、向こう側に行くのは、私でも大変だから……ルシア?」
「うん?」
「転移魔法、頼める?」
「うん、いいよ?」
と口にすると、馬車を降りるルシア。
それに従いワルツも馬車を降りて……。
そして2人で、馬車の隊列と、目的地が一望できる場所まで移動してから、
「それじゃぁいくね?」
「えぇ、やっちゃって」
ルシアは転移魔法(?)を行使した。
ブゥン……
「あれ?なんか今、馬車から降りたクラークさんが、こっち見て、変な顔をしてなかった?」
「えっ?クラークが変顔してた?そんなことは……いや、アレが普通の表情じゃないの?」
「う、うん……(変顔なんて言ってないんだけど……まぁいっかぁ)」
そんないつも通りのやり取りをしてから……ワルツとルシアは、空へと舞い上がった。
……ただし。
事情を知らない人々に見られると色々と面倒になるので、光学迷彩を掛けて、あたかも転移魔法を使って跳躍したかのように見せかけながら……。
それから、仲間たちに遅れること30秒ほどして、2人は谷の反対側へとたどり着いた。
するとそこでは……
「「「…………」」」
どうして自分たちが谷を渡った先にいるのか……というより、ここがどこなのか分からない様子のミッドエデンの騎士たちと、
「「「…………」」」
3000人もの騎士たちが、どうして急に目の前に現れたのか、事情が理解できない様子のオリージャ兵が、お互いに唖然としながら固まっていたようである。
その際、オリージャ兵たちが、丸い巨大な岩のようなものを運んでいたところ見ると、どうやら彼らは、谷底から上がってくる道を塞ごうとしていたようである。
恐らくは、対岸にミッドエデンの騎士たちが現れた時点で、何があっても良いようにと、準備を始めたのだろう。
「……新手の団体にらめっこかしら?」
そう言いながら、光学迷彩を解除し、2者の間を歩いて、自分たちの馬車の方へと歩いていくワルツと、
「多分、違うんじゃないかなぁ……」
チラッチラッと左右を見ながら、姉の後に続いて通過していくルシア。
すると、真っ先に我に返ったのは……言うまでもなく、ミッドエデン側の騎士たちの方で……
「そ、総員!戦闘配置!」
「「「…………!」」」ずさっ!
全員、いつもの訓練通りに一糸乱れぬ動きを見せ、自分たちの馬車の影に身を隠して、戦闘の準備を始めたようである。
一方、オリージャ兵の方は……
「「「…………」」」ぽかーん
と、未だに、現状が飲み込めていないのか、口を開けたまま固まるか、あるいは我を取り戻しても、その場をウロウロとするだけで、そこから先の行動に移れなかったようである。
急に敵(?)が現れるとは思っていなかったのか、武器らしき武器を持っていない上、防具も最小限しか身に着けていなかったので、どう対処して良いのか、分からなくなってしまったのだろう。
すると、そんな折。
ワルツ曰く変顔をしていたクラークが、ようやく我を取り戻したのか、普段通りの表情で、兵士たちに向かって声を上げた。
「皆の者、今帰った!我輩である!クラークである!コレより吾輩は、王の指示に従い、この者たち……ミッドエデンの勇士たちを、王城へと招待するゆえ、皆の者は歓待の準備を進めて欲しい!あと、この部隊を指揮している責任者は、吾輩のところへと来てもらえるだろうか。以上だ!」
その言葉に……
「「「…………!」」」
と、ようやく、自分たちがすべきことを理解したのか、活発に動き始める兵士たち。
それから若干の戸惑いを残しつつも、彼らが部隊を引き上げ始めたところで……
「……これはクラーク殿。随分とお早いご帰還のようだな……」
妙にガリガリに痩せ細った、目付きの悪い軍人らしき人物が現れた。
どうやら彼が、ここにいた兵士たち……もとい、王都周辺を警備している兵士の責任者らしい。
そんな彼に対し、クラークが渋い表情を見せながら返答する。
「マクニール殿……。騎士長自ら出向かれるとは珍しい……」
「いや、なに。ミッドエデンの奴らが、谷の向こう側に見えるという報告を聞いてな……」
そう口にしながら、周囲を見渡す、マクニールと呼ばれた男。
そんな彼の唇が、少し暗い色をして、小刻みに震えていたところから推測すると……一見して冷静に見える彼も、現状には戸惑っていたようである。
とはいえ、それも、短い時間のことだったが。
「それで……本当にこいつらは、ミッドエデンの兵士たちなのか?」
それが普段の彼なのか、ミッドエデンの騎士たちを見下した様子でマクニールが喋り……それに対しクラークが返答しようとした、そんな時であった。
「あんたがオリージャ兵を率いている隊長か。……お初にお目にかかる。俺が、この部隊を指揮しているアトラスだ」
身長145cm程度にしか満たない、ミッドエデンの騎士たちの中で最小といっても過言ではないアトラスが、2人の会話の中へと割り込んだのである。
すると、そんな彼に対して、
「ふん……」
鼻で笑うような素振りを見せるマクニール。
やはり、身長の低いアトラスは、武人から見ると、軟弱者に見えてしまうのだろう。
そんなマクニールの反応に、
「失礼であるぞ?マクニール殿。この御仁は……」
と、クラークが忠告の言葉を口にしようとした……その瞬間、
キンッ……
辺りにそんな甲高い音が辺りに響き渡る。
その音源は……マクニールの剣。
それも、彼が、まるで居合い斬りのように、目にも留まらぬ早さで引き抜いた鋭そうな刃から聞こえてきたようである……。
……これを、書きにくい、というのかもしれぬ。
ネタに困っておる、といえば良いのか、それとも新しい光景を書くことに戸惑っておる、と言うべきなのか……。
なんとも判断が付けられぬ所じゃが、とにかく、今日の話は、書きにくかったのじゃ。
最近、たまに感じるこの書き難さ……。
その原因が何なのか、妾にはまだ分からぬのじゃ。
普段通りに書いておるように見えて……実は普段通りではない……。
そんな感じがするのじゃ。
眠くは無いのじゃがのう?
……まぁ、良いのじゃ。
きっとこの書きにくさは、理由があってのことなのじゃ。
その理由をゆっくり考えながら、次の話でも書き連ねてゆこうかのう……。




