8.2-14 河畔の国14
そして、次の日の朝。
前日の雨の水分が作り出す、薄っすらとした朝靄の中で……。
皆が目を覚ますと、朝食の香ばしい良い匂いだけを残して……シェフの狩人が消えていた。
コルテックスの要請を受けて、ルシアが転移魔法を使い、ミッドエデンの王都へと送り返したのである。
その際、狩人が、どのような表情を浮かべていたかについては……言うまでもないだろう。
その代わり……
「ぜぇはぁぜぇはぁ……。ど、どうにか……どうにか出発前に間に合いました……」げっそり
「いやー、たまにはこういう運動も悪くないですね、先輩」
夜通しでオリージャまで飛んできたのか、満身創痍な様子のユリアと、何故かツヤツヤとした表情を浮かべたシルビアの姿がそこにあった。
やはり、ユリアは、翼があるといっても、長距離の高速飛行に向いていないのだろう。
対して、無意識の内に天使にも悪魔(?)にもなれるシルビアの方は、ユリアとは180度異なり、随分と生気があったようである。
彼女の場合は、地面を歩いているよりも、むしろ常に浮いている方が元気なのではないだろうか。
そんな、今しがた到着したばかりの情報局員2人に対して、早起きしたために眠そうなルシアと、尻尾が無残な見た目に変わっていたテレサに挟まれて食事を摂っていたワルツが、適当な様子で手を振りながら、挨拶の言葉を口にした。
「おつかれさん、2人とも。朝食の準備が出来てるわよ?」
それに対し、
「あー、助かります……。必死になって羽を動かしまくったので、もうお腹がペコペコで……」
そう口にしながら、開いていたヌルの席の隣に、何気なく腰下ろすユリア。
その瞬間、
「「…………?!」」
と、お互い顔を見合わせ、それから驚いたような表情を見せなら、急に立ち上がるユリアとヌル。
どうやら彼女たちの間には、元上司と部下という関係以外に、なにやら複雑な関係ができつつあるようだ。
それから2人がお互いに頭をペコペコと下げている様子を横目に、開いていた席に腰掛けたシルビアに対し、ワルツがため息混じりにこんな質問を投げかける。
「なんか、コルテックスの話によると……貴女たち、リサのことをイジメてるんだって?」
それに対して、シルビアは苦笑を浮かべながら返答した。
「私にはよく分からないですけど、新入りちゃん、合意の上で先輩に縛られていたみたいですよ?なんか、コルテックス様に、キャラ作りにはそういうのが必要だ〜、とか何とかと言われて、それを実践したみたいですね。ちなみに、その理由、聞きます?」
「い、いや、何となく分かるから良いわ……。やっぱりあの娘が元凶だったわけね……」
とシルビアの説明を聞いて、呆れたような表情を浮かべるワルツ。
それから、ユリアとヌルの2人が席に座り、そして皆が食事を再開して……しばらく経った頃。
その場へ、
「これはこれは、皆様。今日も、お美しいようで何より……」
と、世辞という名の朝の挨拶を交わしに、オリージャの外交官を務めるクラークがやって来た。
……しかし、どういうわけか、彼はその世辞を口にしたところで……急に固まってしまったようである。
その理由は、ワルツたちが、妙に豪華な食事を摂っていることに気付いたから……というわけではなさそうだ。
そんなクラークのことを、ワルツたちが不思議そうに眺めていると、ようやく石化(?)が解けたのか、彼は驚いた表情を浮かべて、こんな声を上げた。
「さ、サキュバス?!」
どうやら彼は、変身魔法を使っていなかったユリアの姿に、驚いてしまったようである。
そんなクラークについて、ある程度の情報を知っていたのか、ユリアは彼に名前を問いかけること無く、返答を始めた。
「はい。私は確かにサキュバス。それも、ワルツ様の忠実な性奴r……下僕のサキュバスです。ミッドエデンでは、情報局の局長を勤めさせていただいております。要するに、各国に対してスパイを派遣する機関のトップ、ということですね。それで……私に何かご用でしょうか?オリージャ王国の外交室長、エルンスト=クラーク様?」にっこり
「…………?!」
「……ユリア?貴女、性なんとかでも、下僕でもないわよね?っていうか、あまり、クラークさんのことイジメちゃダメよ?一応、今は、有効的な関係にあるんだから……」
「これは、言葉が過ぎたようですね。深くお詫びいたします、クラーク様」
そう言ってから頭を下げたユリアに対して……ようやく落ち着きを取り戻したのか、クラークが事情の説明を始めた。
「いやはや、これは……取り乱した姿をお見せして、こちらこそ申し訳ない。実は……とても言いにくいことなのだが、我らの国において、サキュバスというのは……その……魔族の象徴のような存在であってな……。故に、思わず驚いてしまったのだ。それを理解していただけると幸いである」
その言葉に対し、ワルツはわざとらしく、こんな言葉を口にした。
「えっ?魔族?ここに何人いたっけ?えーと?」
「それって、イブも入るかもなの?」
「えぇ、ボレアス出身だし、もちろん魔族でしょうね」
「では私もですね」
「ユキ……あんた、魔族というより、魔王じゃない……いや、元だけど……」
「現魔王はここに……」
「はいはい。戻ったら、違う人に、魔王の座を奪われてるかもしれないけどね」
といった様子で、一般的に魔族に分類される者たちをカウントしていくワルツ。
結果、
「……4人?」
その場には、ユリア、イブ、ユキ、それにヌルの4人がいたようである。
ただし、分類困難な存在である飛竜は除く。
「よ、4人……?いや、魔王?!」
「そっ。だから……発言には注意した方がいいわよ?別に怒ってるわけじゃないけど、聞く人が聞いたら、ミッドエデンに喧嘩売ってるとか取られかねないし……あるいは個人的な恨みで、背中からサクッ、ってヤられても、ミッドエデンは責任を持たないわよ?っていうか、私も刺されたことあるし……」
「…………以降、気をつけるとしよう」
そして青い顔を浮かべて、俯くクラーク。
恐らく彼は、ワルツたちを自分たちの王都に招くことについて、日を追うごとに、後悔の度を深めているに違いない。
そんな彼のことが不憫になってきたのか、ワルツは話題を変えて話しかけた。
「で、何か用かしら?クラークさん」
その問いかけ受けたクラークは、危うくここに来た理由を忘れるところだったのか、ハッとした様子で話し始めた。
「そ、そうであったな。まず、昨日のことについては、重ねてお礼申す。ミッドエデンには、人智を超えた力があるようであるな……」
「まぁ……アレについては、私たちも、原理がよく分かってないんだけどねー」
「そ、そうであるか……。それで、吾輩がこの場に来た要件だが……」
そしてクラークは、一呼吸置いてから、まるで覚悟を決めたかのように、目的を話し始めた。
「実は、昨日と同じ力を、もう一度借りれないかと思ったのだ」
「ん?どういうこと?」
「この先、我らの王都に行くためには、一旦、深い渓谷に入って、そして向こう側に続く道を上がらねばならんのだ。そのせいで、目と鼻の先にある我らが王都に辿り着くのは、順当に行って明日。だがもしも、昨日のように橋を架けてもらえるというのなら……おそらく今日中には着くのではないかと思ってな」
「ふーん……そういうことね」
と、クラークの言葉に相槌を打つワルツ。
それから彼女が出した結論(?)は……クラークにとって、予想外な言葉だったようである。
「オリージャの王都が近いって言うなら、エネルギアとポテンティアは、今日から暫く、ミッドエデンでお留守番ね」
「えっ……そ、それは……」
「いやさ?このまま、あの2隻を町まで連れて行ったら、そうりゃもう大混乱まちがい無しよ?それに、渓谷を飛び越えるくらいのことだったら、私たちだけでも、いくらでもどうにでもなるはずだし」
「は、はあ……」
「というわけだから、朝ごはんを食べたら、早速出発よ!今日の目的地は……オリージャの王都ね!」
「「「…………」」」こくり
と首肯する一同。
それは近くにいた騎士たちも、例外ではなかったようだ。
そんなミッドエデンの者たちの姿を見て……
「…………」
どこか、感慨深げな様子で目を細めるクラーク。
彼が何を考えているのかは、本人以外、誰にも分からなかったが……少なくともその表情には、先程まで浮かべていた恐怖の色は無かったようである。
こうしてワルツたちは、食事を摂って間もなくして、今日もオリージャの王都へと、馬車を進ませ始めたのだ。
最近のう……。
執筆活動に詰まると、わけの分からない言葉を、ネットで検索しておるのじゃ。
例えば、『トゥルットゥルッ』とか、『あー』とか、『ゴゴゴゴ』とか……。
まぁ、それ自体はどうということは無いのじゃが、たまにルシア嬢やアメが、検索履歴のワードを見て、言い知れぬ表情を浮かべておることがあるのじゃ。
……あれ、傍から見ておる分には、意外と面白いのじゃ?
じゃがまぁ、一つ間違えると……その内、何か勘違いされそうじゃがのう……。
まぁ、そんなことはいいのじゃ。
今日の話については……特に補足は無いと思うのじゃ。
本当は、狩人殿が、この世の終わりのような絶望的な表情を浮かべながら、ルシア嬢に転移魔法を使われるシーンを書こうかと思ったのじゃが……余りに狩人殿が不憫だった上、気付くとホラー小説に変わってしまいそうじゃったので、省略させてもらったのじゃ。
……冗談じゃがのう。
というわけで、あとがきも、この辺でお開きにさせてもらうのじゃ?
……そろそろこのあとがきも、何かお題を用意したほうが良いかもしれぬのう……。
毎回、あとがきのネタを考えるのが、すごく大変なのじゃ……。




