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8.2-12 河畔の国12

「なんか……ごめん……」


「……気にしなくても良いのじゃ……」


テレサが使える魔法は、他者に自分の姿を誤って認識させる『変身魔法』と、相手の思考と記憶を自由に書き換えられる『言霊魔法』の2種類である。

より正確に言うなら、言霊魔法は変身魔法の延長線上にある魔法なので、厳密には1種類と言うべきか。


そんな魔法をテレサが使うと……どういうわけか、使えば使っただけ、彼女の尻尾の本数が減ってしまうという特徴があった。

その回復時間は、およそ24時間……。

つまりテレサは、1日に、尻尾の数と同じ3回しか、魔法が使えなかったのだ。


それが今日は、最初の1本目をルシアとのトランプでズルをしたために消費し、次いで2本目をヌルからの勝負に対応するために消費。

そしてつい今しがた、書き換えたヌルの思考を元に戻すために、彼女は最後に残っていた1回分を使ってしまったのである。


すると、彼女の尻尾はどうなってしまうか……


「……ゴボウ?」


「……ユキ殿?それは思ってても、心の中だけで言ってほしかったのじゃ……」


流石に、最後の1本が消えて無くなる、ということはなかったが、もとのふっくらとした尻尾の気配はすっかりと消え去り、まるで毛の生え変わり時期の狐のように、尻尾から弾力……もとい毛が失われ、あたかも、土から掘り起こされたばかりのゴボウのような見た目になっていたのである。

これでもしも、獣耳が尖っておらず、丸い形状をしていたなら、ほぼ間違いなく、ネズミの獣人と間違われてしまうのではないだろうか。


その様子を見て、ワルツは何となく申し訳なく思い、テレサに対し謝罪したわけだが……。

どうやらテレサが自分で招いた災難は、まだ終わっていなかったようである。


「わ、私はまだ負けてはいない!」


1回目の言霊魔法を受ける前の勢い(?)を取り戻したヌルに、再び絡まれてしまったのだ。

まぁ、彼女の思考を元に戻す際に使った言霊魔法が、『まだお主は負けておらぬ』だったので、元の勝負の内容はあまり関係なかったりするのだが……。


そんなヌルに対して、事情を知らなかったワルツは、激怒している理由を問いかけた。


「ねぇ、ヌル?どうして貴女は、そんなに怒ってるわけ?」


ワルツの問いかけを受けて、初めてその場に彼女がいることに気づいたのか、ヌルは急に戸惑ったような表情を浮かべると……何故か、ぎこちない様子で返答を始めた。


「えっ……いや……あれ……?えっと……あ、そうでした!ワルツ様に対する愛が足りない、とテレサ様に言われて、白黒つけようという話になって……私はまだ負けていない!」


「……ねぇ、テレサ?ヌルの言動がおかしいんだけど……言霊魔法の使い方、少し間違えたんじゃない?」


「う、うむ……。否定は出来ぬが……まぁ、こんなものじゃろう」


「こんなものねぇ……。ま、いいわ」


今日はこれ以上、言霊魔法を使えないだろうテレサに注文を付けても仕方がないと思ったのか、ワルツは思考を止めて、深く考えないことにしたようだ。


それからワルツが、記憶や意識を無理矢理に書き換えられて混乱しているヌルをなだめ、その後、テレサを始め、仲間たちと争うことがどれだけ不毛なことなのかを簡単に説明してから……。

ワルツのその説明を聞いても、特に驚きも疑いも感じられなくなるほどに慣れていたユキが、何故か愕然として固まり、そして小刻みに震えている(ヌル)のことを横目に見つつ、こんな質問を口にする。


「そういえば、ワルツ様は……なぜこちらへ?何かご用でもあったのですか?」


その質問に対し、要件を思い出したのか、ハッとした様子で両手を合わせながらワルツが返答した。


「あー、そうそう。忘れるところだったわ。この辺で、マクロファージ見かけなかった?」


「いえ、今日は見てないですね……。テレサ様は見かけられましたか?」


「いや、妾も見ておらぬ。ヌル殿は見たかのう?」


「わ、私はまだ負けていない!」


「「「…………」」」


「も、もしかして、雨に溶けてしまったのではないでしょうか?」


「いや、流石にそれは無いと思うわ……。コルテックスの作った使い魔(?)だし、無駄に耐候性とか耐水性とか、どうでもいい性能を付けてるでしょ。きっと」


と、様子のおかしいヌルのことはどうにか脳裏の片隅に追いやり……質量はあっても、感触の無いマクロファージのことを思い出すワルツ。

そんな彼女の脳裏では、自由自在に壁抜けができるマクロファージの身体の中を、雨がすり抜けていく様子が浮かび上がっていたようだ。


それから、別の場所へとマクロファージを探しに行こうか、と考え始めたところで……ワルツは再び何か思い出したことがあったらしく、その場にいた3人へと、こんな問いかけを口にした。


「そういえばさ、ユキの質問をそのまま返すことになっちゃうけど……みんなは、ここで何の話をしてたの?3人とも、大国のトップをしてた経歴があるわよね?見る人が見れば、卒倒しちゃいそうな顔触れだけど……もしかして、アレ?怪しげな企み、ってやつ?」


そう言いながらニヤリと怪しげな笑みを浮かべるワルツに対して、今度はユキではなく、彼女と同じように苦笑を浮かべていたテレサが返答する。


「いや、そういうわけではないのじゃ。怪しげな企みなら、コル1人で間に合っておるからのう……。まぁ、それは冗談なのじゃが、実は2人に、人側の国や、魔族の国について、色々と()()()()()を受けておったのじゃ。なにせ、妾がミッドエデンの議長とやらをやっておった時の記憶は、ごっそりと抜け落ちてしまっておるからのう……」


「えっ……それなのに喧嘩してたの?」


「う、うむ……。つい、熱くなってしまってのう……。ヌル殿とユキ殿……もうしわけなかったのじゃ……」


そう口にして、ヌルとユキに対し、頭を下げるテレサ。

するとユキは……


「いえいえ。私は喧嘩してませんし、迷惑も被っていないですよ?」


と普段通りに返すのだが……


「わ、私は……ちょっ……て、テレサ様……!これ、どうにかなら……負けてない!」


ヌルの方は、ワルツの懸念通り、少々歪な形で意識を書き換えられてしまったらしく、今もなお大混乱状態に陥っていたようだ。


「まぁ、心配するでない。恐らくは、1日も寝ておったら、元に戻るじゃろう。……多分の」


「ちょっ……」


「おっと、もうこんな時間。じゃぁ、3人とも夜更かししないで寝なさいよー?」


それだけ口にすると、テレサたちのいるテントから足早に立ち去っていくことにした様子のワルツ。

どうやら彼女のセンサー(?)に、厄介事フラグの気配が引っかかったようである……。

ゴボウ……。

ゴボウのう……。

煮付けに入れるゴボウは嫌いではないのじゃ。

揚げるゴボウも大好きなのじゃ。

じゃがのう……。

尻尾がゴボウになるのは……悲しすぎるのじゃ……。

尻尾の無い者には分からぬやも知れぬが、夢に出るほど、精神的に大きなショックを受けるのじゃがぞ?

朝起きて、鏡を見た時に、尻尾がゴボウになっておった時の絶望感……。

この気持ち……誰にも分からぬじゃろうのう……。

せめて、大根みたいになるのなら、よかったのにのう……。

…………いや、やっぱり、ゴボウで良いのじゃ……。

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