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8.2-03 河畔の国3

……最初に編み物をしたい、と口にした人物は一体誰だっただろうか。

いや、むしろ、揺れる馬車の中で編み物をしようと考えたのが誰だったのかを問うべきか……。


板バネ式の原始的なサスペンションがついているとはいえ、振動を抑えるためのショックアブソーバーが付いていない年季の入ったオンボロ馬車。

その中で、手元に意識を集中しつづけるとどうなるのか……


「「「…………うっぷ」」」


大半の人間はこうなるだろう。


「申し訳ございません、テンポ様……。私はもう、限界です……」バタリ

「ちょ、ちょっと、外を飛んでくる……」ボフン

「テレサちゃんが尻尾の毛を分けてくれないから、みんなこんなことになったんだよ……」げっそり

「い、意味が分からぬのじゃ……」ぐったり


と、うめき声を上げると共に、外に逃げ出したり、馬車の床に寝そべったりする一同。

そんな中、今も必死になって、編み物を続けている者の姿があった。


「うぅ……気持ち悪くて、頭が痛くて、腰も痛いかも……」


最初に編み物をしたい、と言い始めたイブである。

彼女は、たとえ皆が乗り物酔いで撃沈したとしても、その手を止めるわけにはいかなかったようだ。


そんな彼女には、もう一つ、手を止められない理由があった。


「……イブ。気持ち悪いなら、無理しないで休んでいいんだぞ?」


彼女へと編み物の作り方を教えていた狩人が、平然とした様子で、今もなお指導を続けていたのである。

狩人に教えを請うたイブとしては、その立場上、彼女よりも先にダウンできなかったらしい。


すると、2人のやり取りを見ていたワルツが、一見すると乗り物酔いに強そうに見えていた狩人に向かって、こんな疑問を投げかけた。


「あれ?狩人さん……確か、乗り物酔いに弱かったですよね?(前に一緒に飛んだ時、私の背中で吐いてたような……)」


その問いかけを受けて、狩人は一旦手を止めると、自分たちのことを後ろから低空で追いかけてきていたエネルギアを一瞥してから、種明かしをした。


「あぁ。カタリナに酔い止めの薬を処方してもらったんだ。効くぞ?これ」


その瞬間、


「「「…………!」」」


その手があったか……と言わんばかりの表情を見せる、馬車の中のゾンビ一同。

ただし、イブとヌルは、カタリナのことが苦手だったためか、複雑そうな表情を浮かべていたようである。


「フラフラとした感覚が消えるわけじゃないが、気持ち悪さはまったく無いな」


「う、裏切ったのじゃな……狩人殿……」

「私もカタリナお姉ちゃんに貰えばよかった……」

「欲しいけど……でもカタリナ様かもだし……」

「まさか、私的なことでカタリナ様の手を煩わせるわけには……うっぷ」


「みんな、すまないな。今度、カタリナに会ったら、みんなの分の薬を用意してくれるように頼んでおくよ」


狩人はそう口にすると、いったん編み物の手を休めて、あくびをしながら背筋を伸ばした。

どうやら彼女が摂取した酔い止めの薬は、現代世界のものと同じく、軽い眠気が襲ってくる性質を持っていたようだ。


と、そんな時。

葉っぱを咥えながら御者台に座っていたロリコンが、そこから見える景色を見て、声を上げた。


「おい。そろそろ森が切れるぞ?」


森が切れる……。

それが意味するところは、すなわち、


「……国境ね」


ミッドエデンと、その北方にある小国オリージャとの境目がある、ということである。

より正確に言えば、ミッドエデンとオリージャとの間で、国境線を巡って小競り合いの起こる場所がある、と言うべきか。


すると、そのワルツの発言を聞いた狩人が、どこか感慨深そうに、口を開いた。


「国境か……。実は陸路で国境に来るのは初めてなんだ」


「え?そうでしたっけ?前にエンデルシアやメルクリオに行った時は……あ、そういえば、空を飛んで行きましたね」


「あぁ。あの時はエネルギアに乗って飛んでいったから、国境線なんて一瞬で通過して、じっくりと見る時間なんて無かったからな。国境線って……線でも引いてあるんだろうか?」


「多分……引いてないと思いますよ?」


と口にしながらも、そこから見える景色の中に、線が無いかを探すワルツ。


そんな彼女の視線の先では、ノースフォートレス(跡地)を取り囲むように広がっていた広大な森が、ロリコンの言葉通りにプッツリと切れていた。

そして、その先には、小さいながらも山脈のような山が広がっており……どうやらその前後が国境線、ということらしい。


「あの山のてっぺんじゃないですか?国境」


と、当てずっぽうで口にするワルツ。

一方、狩人は、こんなことを言い始めた。


「いや、待て。もしかすると、この森が切れたところが国境かもしれない……」


「そうだとすると……もう目の前ですよね。国境」


更には、ワルツの隣で、靴下を淡々と編み続けていたテンポもこう口にする。


「あそこに見えている川が国境線、という可能性も否定はできませんね……」


「えっ……じゃぁ、どこ?国境線……」


と、皆がそれぞれにバラバラなことを言い始めたことで、首を傾げ始めるワルツ。

ちなみに、ミッドエデンとオリージャとの間に国境を巡る争いがあるのは、ワルツたちが戸惑ってしまったように、何を基準に国境線を引くのかで、両国の主張が食い違っていたからだったりする。


そんな彼女たちの反応を見て……


「(こいつら、国境のことも知らないで、ボレアスに行くって言ってるのかよ……。俺……生きて戻って来れるんだろうか……)」

「(健気に頑張るイブ……。今日も可愛いぜ……!)」


と、御者台に座っていたカペラとロリコンが、そんなことを考えていたとか、いなかったとか……。




というわけで。


どこが国境なのか分からなかった事もあり、この日、ワルツたちは、森が切れるかどうかの場所で野営をすることになった。

そんな彼女たちには、具体的な国境の位置がどこなのかを調べる他にも、やらなくてはならないことがあったようである。


そして、夕食を食べ終わった後。

ワルツは、この場所で野営を始めた目的を果たすために、その辺の茂みや馬車の周辺、それにテレサの頭の上に眼を向けて、苦手な物体を探し始めた。

すなわち、コルテックスが作り出した魔法生物、マクロファージである。

要するにワルツは、実質的にこの国を治めているコルテックスに対し、色々と聞きたいことがあったのだ。


ワルツはそれから間もなくして、ほぼ透明に近い色をした、ナメクジともスライムとも言えない形状のマクロファージの姿を見つけることに成功する。

そんなマクロファージは今……


「……なんか最近、首と肩が重い気がするかもなんだよね……。どうしてだろ……」


夕食の皿を片付けていたイブの頭の上に載っていたようだ。

今日の文は、普段よりも100文字程度少ないのじゃ。

白玉粉入りモチモチ杏仁豆腐を食べながら、1時間ほど、追記することは無いかと考えたのじゃが……なかなか思い付かなくてのう。

まぁ、たまには良いじゃろう。


その代わり、ここで一点、補足をしようと思うのじゃ。

ロリコンが咥えておった葉っぱについて、なのじゃ。


漫画やアニメなどで登場する人物が、葉っぱを咥えていることがあるじゃろ?

調べてみると、あの描写は……実は適当だったりするらしいのじゃ。

格好をつけるためだったり、爪楊枝代わりだったり……。

さっと調べてみた感じじゃと、そんな理由が多いみたいじゃのう。


じゃがのう。

うちの近所には、狩人殿という、根っからの森ガール(?)がおってのう。

彼女に言わせると、また別の理由があったようなのじゃ。


『あぁ、あれか?森に生えている野草の中には、りんごや柑橘系の香りがするものがあってな。それをガム代わりに齧ったり、香りを嗅いだりして、口寂しさを紛らわしてたんだと思うぞ?人によっては、あのさっぱりした感じが、乗り物酔いに効く、って話だ。……私には効かなかったけどな』


……とのことだったのじゃ。

まぁ、ハーブという種類の植物があるくらいじゃから、あってもおかしくは無いのじゃろうのう。


てなわけで、今日の補足は以上なのじゃ。

これから妾は……華の金曜日、そして土日という時間を使って、地獄のような来週を乗り切るためのストックを貯めていくのじゃ!


……たぶんの。

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