表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
707/3387

8.2-02 河畔の国2

先日のワルツの発言を聞いて、てっきりノースフォートレス跡地に置いていかれるものだと思い込んでいた3000人の騎士たち。

そんな彼らへと、実質的なトップであるアトラスが、出発の合図を出した後での話である。


血相を変えて出発の準備を始めた兵士たちの混乱ぶりを、動き始めた馬車の荷台から無表情で眺めていたテンポが……何か違和感に気づいたらしく、その原因となっていた目の前の人物に対し、話しかけた。


「……何をしているのですか?ヌル様」


彼女の前で……なぜかヌルが、跪いていたのである。

特に跪かれる覚えの無かったテンポは、出発早々、居心地が悪くなってしまったようだ。


そのテンポの質問に対し、ヌルが頭を下げたままで、事情を口にした。


「……弟子たるもの、師には頭を低くすべきだと存じております」


と、テンポのことを師と仰ぐヌル。

王都や工房で、紅玉にまつわる騒ぎがあってからというもの、彼女はテンポに対し、出所不明の尊敬の念を抱いていたのである。

どうやらそれは、今もなお続いていたらしい。


そんなヌルの説明を聞いたテンポは、呆れ半分、納得半分の無表情を浮かべると、


「そうですか。ですが、あなたは一国の長。そう軽々しく、頭を下げていいものではありませんよ?」ちらっ


そう口にして、ワルツの方へと視線を向けた。


「なんでこっち見んのよ……」


「いえ、別にお姉様のことは見ていません」


「…………あっそ」


結果、頬を膨らませて、不機嫌になるワルツ。

そのテンポの視線には、姉にも見習って欲しい……そんな成分が多分に含まれていたようである。


ワルツはそのことで最悪な気分になってしまったのか、馬車の外に見える景色へと視線を向けることにしたようだ。

そこには見渡すかぎり、鬱蒼とした森が広がっていたが、程よく間伐されていたようで、地面にはチラホラと太陽の光が覗いていた。

そんな地面には、冬だというのに、大小様々な花々が咲き乱れていたようである。

どうやらこの地方は、比較的寒いミッドエデン北部にあっても、思いのほか温かい気候をしているらしい。


それには地理的な理由があった。

ここからほど近い隣国――オリージャには、溶岩が耐えず流れ続ける『大河』と呼ばれる大きな川(?)があって、そこから更に北にあるボレアス地方から吹き抜けてきた冷たい北風を、その膨大な熱量で暖めていたのである。

そのために、オリージャやノースフォートレスは、冬の最も寒さの厳しい時期だとしても、大河が巨大なストーブの代わりになるために、それほど気温は下がらなかったのだ。

その他、ワルツがノースフォートレスを吹き飛ばしそうになった際の通り、この地の下に大河から伸びてきているだろうマグマの流れがあったことも、気温が下がらない原因の一つになっていたようである。


「冬だけど綺麗よね……」


冬でも咲き誇る色とりどりの花々を見ていると、荒んだ心が癒やされてきたのか、溜息を吐きながら、うっとりとした表情を見せるワルツ。


すると、そんな折。

ワルツが見ていた光景の中へと……癒やされていた彼女の眉間に、思わず皺が寄ってしまうような物体が、不意に現れた。


「……ほら!勇者様!そんな様子では、いつまで経っても強くはなれませんよ!」


メキメキ……

ドゴォォォォ!!


美しい花々どころか、樹齢百何年になるかも分からない大木をなぎ倒しつつ、森の中を文字通り真っ直ぐに疾走していくユキである。

そんな彼女の後ろからは、


「……負けません!」


勇者が背中に……賢者を背負いながら、必死になって追いかけていたようだ。

どうやら賢者は、勇者の特訓のために、錘役を買って出ているらしい。


その様子を見て、


「……何やってんの?彼ら……」


不可解なものを見た、と言わんばかりの表情を浮かべるワルツ。

彼らの鍛え方については、とやかく言うつもりのなかった彼女だったが、流石に無視はできなかったようである。


すると、その疑問に対し、狩人が返答する。

そんな彼女は、猫の獣人らしく、馬車の床に毛糸の玉を転がして……編み物をしていたようだ。


「話によると、強くなりたいっていう勇者の願いを聞いて、ユキが協力することにしたらしいぞ?」


「強くなりたい……ね」


「皆を守れる力欲しいって話だ。少しはウチの騎士たちも見習ってほしいものだが……」


と口にして馬車の後ろの方に視線を向ける狩人。


そこでは、どうにか出発準備を整えた騎士たちが、馬や魔物を駆って、昨日から更に増えた2階建ての馬車や、少しずつ装飾が凝らされつつあった馬車たちを走らせていた。

やはり騎士たちは、国防よりも、モノを作るほうが向いているようである。


「まぁ、いいんじゃないですか?趣味と仕事は別だ、ってよく良いますし……(そう言えば狩人さんは、『狩人』が趣味なのかしら?それとも『女騎士』が趣味なのかしら?)」


「ワルツがそう言うなら……そうなんだろうな」


とワルツが悩んでいることも知らず、納得げな表情を見せる狩人。


そんな彼女に対し、今度は真横に座っていたイブが、こんな質問を口にした。


「ねぇ、狩人さん。それ、何をやってるかもなの?」


その瞬間、


「「「えっ……」」」


と驚いたような表情を見せる馬車の中の一同。

皆、編み物を知らないイブの反応に、驚きを隠せなかったようである。


イブはその反応を見て、


「えっ……なに?」


思わず戸惑ってしまったようだ。

もしかして常識外れなことを聞いてしまったのではないか……そんな反応である。


すると今度は、ワルツが意外そうな表情を浮かべて、その口を開いた。


「珍しいわね?編み物を知らないなんて……。てっきり、洗濯、掃除、調理まで万能なイブなら、編み物のことも知ってると思ってたんだけど……」


「アミ……モノ?」


「えぇ。狩人さんが持ってるような太い毛糸を棒で編み合わせて、服を作ったり、靴下を作ったり、マフラーを作ったり、断熱カバーを作ったりするのよ。あ、マフラーって、首に巻く方のやつね?」


「ふーん……。よく分かんないかもだけど、この糸を使って、服を作るかもなんだ……」


と、足元に転がるベージュ色の毛糸の玉を見つめ、首を傾げるイブ。

編み物を知らなかった彼女にとっては、そこから服が作れるとは、信じられなかったようだ。


結果、彼女は……まぁ、当然のごとく、


「ねぇ、狩人さん。イブにアミモノのやりかたを教えてほしいかも?」


そんな頼み事を口にした。

それに対して狩人は、嫌な顔ひとつせず、むしろ嬉しそうな表情を見せて、首肯しながら返答した。


「あぁ、かまわないぞ?まだ、毛糸も編み棒も余ってるしな。……ほら、これだ」


「これがアミモノの道具……」


「で、イブは何を作りたいんだ?」


「んー……ちなみに狩人さんは、今、何を作ってるかもなの?」


「これか?よくぞ聞いてくれた!」ちらっ


とワルツに対して視線を向ける狩人。

その表情から推測すると、彼女は、ほぼ間違いなく、ワルツのための何かを作っていたようである。


すると視線を向けられたワルツは、狩人のことを、絶望のどん底(?)に叩き落すような一言を口にした。


「……いや、あの、狩人さん?私のために作ってくれているのは嬉しいんですけど……私、普通の服、着れませんよ?」


「……えっ」


「ほら、私、この身体は実体じゃないですし……」


と言って、スーッ、と床に埋まっていく、ホログラムによって作り出されたワルツの身体。

その姿を見た狩人は、まるで試合を終えた直後のボクサーのように、真っ白になってしまった。

完全に失念していた……そんな様子である。


すると、そんな狩人のことを現実の世界に戻すような声が、彼女の横にいたイブから不意に飛んでくる。


「じゃぁ、狩人さん。その作りかけのアミモノでいいから、イブにその続きの作り方を教えて欲しいかも!」


「あ、あぁ……それは構わないが……」


「で、ワルツ様が受け取らなかったことを後悔するような、すっごいのを作るかもなんだから!」


「そ、そうだな……よし!任せておけ!」


結果、狩人の眼には、再び、闘志の炎(?)が宿ったようである。

こうして2人による編み物の製作が始まった。


……ちなみにである。

こういった、一見して、誰にでもできそうな手芸というものは、その様子を見ていた周囲の者たちに伝搬しやすい、という特性を持っていたりする。

そしてそれは、ここでも例外ではなかったようだ。


「……では、私も作ることにしましょう。ポテンティアちゃんや、シュバルちゃんの靴下を作るというのも、良いかもしれませんね」

「えっ……で、では、私も是非、何かを作らせていただきます」

「我は何を作ろうか……」


と、早速、仲間内で編み物のブームが生じたようだ。


「私は何を作ろっかなぁ?」


「そうじゃのう……。というかそれ以前に、妾たちの分の毛糸も編み棒も、この馬車には積んでおらぬじゃろ……」


「編み棒はその辺にある木を切れば簡単に作れると思うけど、問題は毛糸……あ、そうだ!テレサちゃん!」


「む?なんじゃ?」


「その尻尾ってさ……実は2本飾りでしょ?そこから毛を抜けば作れるんじゃないかなぁ……毛糸」


「えっ……ちょっ……やめっ……」


……まぁ、いずれにしても。

こうして、移動中に皆で編み物を作ることになったのである。

妾は少しだけしか編み物をしたことが無い故、詳しくは分からないのじゃが、話によると『毛糸の玉』というものは、実際の編み物には使わないらしいのう。

引っ張れば引っ張っただけ、コロコロと転がっていくからのう。

じゃから、使い勝手が悪い、という話なのじゃ。

見た目は丸っこくて、かわいいのじゃがのう……。


ちなみに、妾が編み物を殆どしなかった理由じゃが……一旦手を止めて、次の日に再開しようとすると、どこまで作っておったのか分からなくなるからなのじゃ。

そのままの状態で放置するわけにもいかぬから、袋か何かの中に入れると……編み棒から糸が外れたり、糸の組み合わせがよく分からぬことになって、結局、面倒になってしまったのじゃ。

編み物でよくある挫折パターンなのじゃ?

あれ、どうすれば良いのじゃろうかのう……。


昔と違って、今なら何かを作り上げられるのじゃろうか……。

時間と暇があれば、やってみたいと思わなくもないのじゃ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ