8.1-16 北への旅路16
様々な色の小さな光の粒……。
コルテックスが開発したアルゴリズムを使って、極限まで小さくした光魔法の粒子である。
それが大量に宙を舞い、何やら像を形作っている……そんな空間の中にテンポはいた。
そして大量に浮かぶ人型の像――無数の兵士たちの姿を投影する3次元モニターを前に、宣戦布告したテンポは……
「……2300時、試作1号機、作戦行動開始」
誰に宛てるでもなく、そう呟いた。
その瞬間、光の粒子は、3Dのモニターの他にも、四角いモニターを大量に形作った。
そこに表示される情報は、アクチュエータ温度、稼働効率、残存魔力・電力、それに負荷状態などなど……所謂、マシンステータスの一覧である。
ワルツと同じように眠らないテンポが、時間を見つけて秘密裏に開発していた……自作の『機動装甲』のステータスだ。
「まだ武装が無いので、殴るしかありませんね……。とりあえずは衝撃波で吹き飛ばしますか」
テンポはそう呟くと、自身の耳の陰から伸びるケーブル経由で、機動装甲に指令を送る。
指令の内容は『前進』だった。
しかしそれは、作られて間もない試作の機動装甲のアクチュエータ……具体的には脚部を動かすアクチュエータの制御システムにとっては、少々問題のある指令だったようである。
本来ならある程度の時間を欠けて、まるで慣らすように、アクチュエータの制御ゲインを突き詰めていかなくてはならないのだが、彼女の機動装甲は完成して間もない事もあって……
ドゴォォォォン!!
……ゲインが未だ高すぎて、少々出力が高すぎたようだ。
その結果、凄まじい加速度で前進するテンポ製の機動装甲。
それでも、マシン内部にいたテンポが直立したままで体勢を崩すようなことが無かったのは、簡易的な重力制御と、彼女自身の運動のポテンシャルが、加速度を無理矢理に相殺したためだろうか。
「やはり、まだパラメータの突き詰めが足りませんね……」
と言いながら、数百万にも及ぶアクチュエータの協調制御システムのステータスに眼を向けるテンポ。
しかし、それも一瞬のこと。
すぐに3次元モニターへと眼を戻した彼女は、そこに映る無数の兵士たちと……数百にも及ぶ怪我人の姿に、少なくないノイズが載っていることに気付く。
その結果、彼女は上を向いて、誰もいないはずの機体上部の天井に向かって言葉を放った
「……ポテンティア?分厚い雲のせいで、観測システムがエラーを起こしているようです。もう少し高度を落としてもらえませんか?」
すると、今は黒い空中戦艦を形作っているマイクロマシン集合体の少年、ポテンティアの声が、無線通信システム経由で返ってくる。
『ですが、お母様。これ以上高度を下げると、不特定多数の者に視認される可能性があります。それでもよろしいでしょうか?』
「気にする必要はありません、ポテンティア。月が沈みつつある今、既にあなたの姿は、人の目には見えにくくなっているはずです。雲に紛れて漂うくらいなら、誰も気付くことはないでしょう」
『分かりました』
彼がそう言い終えて間もなくのことだった。
ゴゴゴゴゴ……
という音は聞こえてこなかったが、暗い夜空を漂う厚い雲の向こう側からゆっくりと、全長300mを越える真っ黒な陰が姿を見せたのだ。
その結果、
「……良い感じです」
テンポが眺めていた3Dモニターからはノイズが消え、人の姿がはっきりと認識できるようになったようだ。
ポテンティアに搭載されていたカメラやレーダーが、雲の水分子に遮られなくなって、クリアな視界をテンポの機動装甲へと送信できるようになったのだろう。
そんな科学と魔法を融合させたような仕組みの3Dモニターは、単に人の姿を浮かび上がらせるだけの作りではなかったようだ。
そこに映る一人ひとりの頭の上には、何やら緑色や黄色や赤色のゲージが表示されていて……まるで、残存体力を表示するHPゲージのようになっていたのである。
それを見て、テンポは呟く。
「……まだ、死人は出ていないようですね」
それは彼女が作った、ダメージ評価システムを可視化したものであった。
人が受けるダメージを身体の部位ごとに算出して、それを数値化して表示するというものである。
だたし、個人差まで対応できるわけではないので、一律的に数値を算出していたようだ。
恐らく、そのシステムを使って、コルテックスに虐げられるアトラスを覗いたなら……彼のゲージは、真っ赤を通り越して、真っ黒になっているのではないだろうか。
それから彼女は、見えていた景色の中で特に緑色の多い所に向かって機動装甲の前面を向けると、
「……早く制御用の負荷テーブルが埋まりませんかねぇ……」
と言いながら無表情で溜息を吐いて、
ドゴォォォォ!!
再び、大出力の突進を始めたのである。
そして、その場に、大量の怪我人を生み出し始めたのだ。
その姿は、遠くから戦場を眺めていたメイド勇者たちの眼からも見えていた。
「……何でしょうか、あの禍々しい物体は……」
初めて見ることもあってか、その闇に溶ける影のような物体の姿を見て、眉を顰める勇者。
それから彼は、隣いたヌルを一瞥してから、こんなことを呟いた。
「……新手の魔王では無さそうですね」
「おい、勇者!貴様、私に言いたいことがあるなら、はっきりと言うが良い!」
勇者が一瞬だけ自分を見てから呟いたことで、何となく馬鹿にされたような気でもしたのか、憤慨するヌル。
だが流石に、目の前の物体と自分を比べるのもどうかと思ったらしく、彼女が剣を抜くことは無かったようである。
それを察したのか、勇者は彼女をなだめるように再び口を開いた。
「私は……もしも、あの黒い物体がが魔王だったとしたら……それを倒す運命にある勇者とは一体何なのか、と思っただけです。ヌル様はどう思われます?もしもあれが勇者だと聞いたら……」
「…………絶望するな」
「……私もです」
とお互いに感想を言い合い、その黒い影に向かって、並んで眼を向ける勇者とヌル。
そんな2人の姿を後ろから見ていたユリアが、苦笑を浮かべながらこんなことを言い出した。
「なんか……平和ですね」
「「……はい?」」
一体どこをどう見れば、人の吹き飛ぶ光景が平和な様子に見えるのか分からず、思わず聞き返してしまう勇者とヌル。
すると、2人に何か勘違いされそうになっていることを察したユリアは、慌てて自分の言葉を補足し始めた。
「え、えっと、あの人たちの話じゃなくて、ここに勇者様とヌル様……つまり魔王様がいて、同じ光景を並んで眺めていることが平和だなー、って思いまして……」
そんな彼女の言葉は……しかし、2人の戸惑いを払拭できなかったようである。
「ユリア……。あなたには、随分と余裕があるようですね?」
「そうですね……。あのような化け物が暴れているというのに……」
と、眉を顰めながら口にするヌルと勇者。
2人とも、見えている物体の正体を知らなかったためか、その化け物の矛先が、いつ自分たちに向けられるのか、と心配になっていたようだ。
それを察したユリアは、困ったような表情を浮かべながら、再び口を開いた。
「えっ?あれ、テンポ様の機動装甲ですけど……」
「……ごめんなさい、ユリア。あなたが何を言っているのかよく分からないのですが……」
「ですから、テンポ様の機動装甲です。あの中にテンポ様が乗っていて、相手側の兵士たちを蹂躙してるだけですよ」
しかし、その説明を聞いても、よく分からない様子のヌル。
対して、勇者の方は、ワルツの機動装甲の事を知っていたためか、ハッとした表情を浮かべていたようだ。
しかし、ヌルもすぐに、『テンポ』という名前を聞いて、
「テンポ様ですか……。尊師なら、何でもアリな気がしてきますね……」
どうにか自分を納得させることに成功したようである。
「えっと……とりあえず納得していただけで幸いです……(なんか違うような気がしますが……まぁいいですよね!)」
と、事情を理解した様子のヌルに、ユリアが安堵の表情を浮かべた……そんな時だった。
ドゴォォォォン!!
戦場に大きな火柱が上がったのである。
その音と光を感じで、急いでそちらの方へと視線を向ける3人。
するとそこでは……煌々と青白い火の粉を上げながら、テンポの機動装甲が燃え上がっていたようだ……。
今週の『忙しい日程』の半分を経過した今日。
妾は、りふれっしゅすることに成功したのじゃ。
あとの2日間は……もう良いから自宅に帰りたいのじゃ……。
まぁ、正確には、あと1日じゃから、もうしばらく頑張ってみようかのう。
というわけで、今、妾は忙しいのじゃ。
色々と、やらねばならぬ事があるからのう……。
故に、あとがきは、ここいらで切り上げさせてもらうのじゃ。
……定時までにあとがきを書き終われそうになくて、途中で切り上げるわけではないのじゃぞ?
……多分の。




