8.1-14 北への旅路14
ドゴォォォォン!
その大きな音が鳴り響いた時、イブは宿屋の外にある井戸の側にいた。
馬車の乗り心地があまりに悪く、乗り物酔いで最悪な気分になっていたので、気持ちをリフレッシュするために、顔を洗っていたのだ。
とはいえ、そこはやはり子ども。
彼女にとって冬の水は冷たすぎたせいか、豪快に顔を洗うのではなく、濡らした手で拭うように洗っていたようである。
そして今回、イブの耳に、大きな音が聞こえてきたわけが……その結果、彼女は、
「……?!」
グラッ……バシャッ!
「もがっ?!」ブクブク
机の上にあった冷たい水の溜まった洗面器へと、顔面からダイブすることになってしまう。
背が小さかったために使っていた土台が不安定だったこともあって、彼女は体勢を崩してしまったのだ。
「おぼぼぼぼ……おぼれる……」ブクブク
洗面器の中に顔を付けたまま姿勢を崩してしまったせいか、なかなか顔を洗面器から上げられず、バタつくイブ。
とはいえ、何かに引っかかっているわけではなく、単に混乱して顔を上げるのを忘れているだけなのだが……。
そんな時、彼女のことを、
ガバッ!
「よっしゃぁ!ロリっ子ゲットだぜ!」
近くで馬の世話をしていたロリコンが掴み上げた。
「ぶはっ……!た、助か…………あ、あれ?助かったのに、助かった気がしないかも……」
と、自身の置かれている現状を把握して、絶望的な表情を浮かべるイブ。
そんな彼女たちのところへと……
「あらあら、ロリコン?イブちゃんのことを離さないと、ワルツに叱られますわよ?」
いつまで経っても、オネエ言葉が抜けない剣士と、
「いい加減、お前のその特殊性癖、直した方が良いと思うんだが……」
ロリコンの言動に呆れたような表情を浮かべていた賢者が現れた。
「おっと、そうだったな。俺は、ロリっ子が元気な姿が見られればそれで十分だ!」
そして、イブを素直に離すロリコン。
それから彼は、まるで自分は紳士だと言わんばかりの様子で、胸を張って何事もなかったかのように振り向くと、馬の世話をするために、持ち場へと戻っていったようである。
「ふぅ……これでようやく助かったかもだね……」
「どうしたのですか?イブちゃん。そんなびしょ濡れになって……」
「えっ?こ、これは……(洗面器で溺れそうになってた、なんて言えないかもだし……)」
「まさか、ロリコンにいじめられたのか?!」
「いや、そういうわけじゃないかもだけど……レ、レディーには秘密が多いかもなんだから、聞かないでほしいかもだし!」
とごまかしながら、顔だけでなく、全身をタオルで拭くイブ。
それから彼女は、ごまかしついでに、剣士たちへと問いかけた。
「そういえば、さっきの音、何の音かもなの?」
「1回目の方かしら?」
「ううん、テンポ様が落ちてきた時の音じゃなくて、いまさっき聞こえた方の音」
「さぁ?また誰か落ちてきたのでは?ニコル。あなたは何か知ってるかしら?」
「知らん。というか、お前、その喋り方、いい加減直せよ……」
と疲れたような表情を見せながら、剣士にジト目を向ける賢者。
剣士自身も、その喋り方をどうにか直そうとしているようだが、一度ついた癖(?)は、なかなか簡単には抜けないものらしい。
それでも彼は、どうにかして、普通の喋り方に戻そうと努力していたようだが、その口から出てくる言葉は無く……。
難しい表情を浮かべて、ただ口をパクパクと動かしているだけだった。
ふざけているようにも見えなくもないが、彼としては必死なのだろう。
そんな剣士の様子を見て、これ以上指摘することを諦めたのか、賢者は話題を元に戻して話し始めた。
「さっきの音か……。そうだな。何も知らない、というわけでもない」
「じゃぁ、何を知ってるかもなの?」
「確定的な事は言えないが……もしも、テンポ様のような人物が追加で空から落ちてきたわけでもなく、あるいは誰かが爆発する魔法を使ったわけでもないとすれば……」
「すれば?」
「また、ワルツ殿が何か仕出かしたか……あるいは、この町から逃げ出した貴族たちが、報復にやって来たんじゃないか?」
「ちょっ……」
その言葉を聞いて、目を白黒させるイブ。
もちろん、彼女が驚いたのは、後者の方に対して、である。
すると、普通に喋ることを一時的に諦めた剣士が、イブの頭の上にポンと手を置いて、こんなことを口にした。
「あなたが心配するようなことは何もないですわ?ここにはわたくしたちも、勇者も、それにワルツたちもいるのですからね」
と言って、優しげな笑みを浮かべる剣士。
しかし、彼の手は、イブにとって単に邪魔なだけだったらしく、彼女はその手を頭の上からどけようとするのだが……
「う、うん……。分かったから、その手をh」
ワシワシ
「もがぁぁぁ!」
……残念ながら剣士が撫で始めることを阻止できなかったようである。
それから、剣士の脛に鋭い蹴りを入れて、撫での猛攻(?)から逃げ出すことに成功したイブは、ワルツたちが待つ宿屋3階にある部屋へと戻ってきた。
情報が少ない状態で下手に行動するより、まずは皆のところへと戻ることが先決……。
そう考えての行動だったようだ。
そして部屋の扉を開いたわけだが、何故かそこには……
「さーて、寝るわよ!」
「うん。明日も大変だからね!」
「zzz……」
寝る気満々のワルツたちの姿が……。
その様子を見て、イブが酷く難しそうな表情を見せながら、こう問いかけた。
「えっと……貴族の人たちがやってくるかもなのに、寝ても大丈夫かもなの?」
それに対し、ワルツが答える。
「えぇ。猛獣テンポ(?)を放ったし、後はどうにかなるんじゃない?きっと。明日の朝辺りには、町の外に屍の山が築かれてる可能性も否定は出来ないわよ?」
「えっ……そ、それはそれで問題ありかもだけど……テンポ様ってそんなに強いかもなの?」
と、口撃の鋭いテンポを思い出すものの、彼女が激しい運動や暴力的な行為に及ぶ姿を見たことが無かったためか、ワルツの言葉に半信半疑な様子のイブ。
するとワルツは、遠い視線を窓の外に向けながら……感慨深げに話し始めた。
「あのね、イブ。世の中には、手に入れたくても……手に入らないモノがあるのよ。……お金の話じゃないわよ?」
「……?」
「彼女の場合は、力が欲しかった……いや、違うわね。身体が欲しかった、って言ったほうが良いのかしら?」
「……身体?」
と呟いて……何故か自身の胸を両手でおさえるイブ。
8歳児であることを考えるなら、まったくもって不可解な行動だったが……もしかすると、彼女には既に、何かコンプレックスのようなものを抱えているのかもしれない……。
しかしワルツは、そんな彼女に背中を向けていたためか、その仕草に気づかずに話し続けた。
「そ。私にあって、テンポに無いもの……それがどうしても欲しかったらしいわよ?」
「(ワルツ様よりテンポ様の方が大きいから……胸じゃない?)」
「……ねぇ、イブ。貴女、今、何か失礼なことを考えなかったかしら?」
「ううん。それでテンポ様は、どんな身体が欲しかったかもなの?」
「即否定するところが怪しいけど……まぁいいわ。それでテンポが欲しかった身体っていうのは……」
と、ワルツがそこまで言った時だった。
ドゴォォォォン……
窓の外から見える景色に、夜闇とは異なる暗闇が生じたのだ。
それは爆発のようなものが原因で舞い上がった土埃だったのか、あるいはそれ以外の何かが原因で生じたものだったのかは定かではないが、何か不吉な気配のようなものをはらんでいたようである。
それを見てワルツは溜息を吐いて、そして窓をゆっくりと締めると、
「……ま、貴女は知らないほうが良いかもしれないわね」
それだけ言って、話の続きが気になるイブに対し、眠るよう促した。
後は窓の向こう側で勝手に進む話……。
どうやらワルツは、それ以上、苦手なテンポのやることに、関与したくなかったようである。
また、いのべーしょんの芽が少しずつ育ってきておるような気がするのじゃ。
なんというか……こう、見えそうなものがあるというか……。
……え?飛蚊症?
んー……そうかもしれぬのう。
さてさて……。
例によって例のごとく、次の話を書く作業にこれから以下略なのじゃ!
1日を過ぎれば、かなり余裕が出てくると思うのじゃが……それまでは、ただひたすらに、苦行をこなす所存なのじゃ!
……はぁ。
もう少しでいいから余裕がほしいのじゃ……。




