8.1-13 北への旅路13
せ、説教をするつもりで書いたわけではないのじゃぞ?
成り行きなのじゃ!
ワルツたちが、いつも通りに、不毛なやり取りを交わしている宿屋とは対照的に……。
荒れに荒れて、一部が黒焦げになり、すっかりと人影の途絶えていた町長の館……侯爵邸には、難しい表情を浮かべていたユリアとヌル、それに勇者の姿あった。
3人は、暴動の状況を確認するために、日が落ちた後で、ここへとやって来たようである。
なお、ミッドエデン政府に直接関係の無いヌルが、ここへとやって来たのは、単なる気まぐれだったらしい。
「ふむ……なるほど。この町の貴族というのは随分と贅沢な暮らしをしているようだな?王都の物とは大きく毛色が異なる……」
祖国ボレアスの国旗が入った真っ白なマントと、魔王の甲冑(?)を身に付けた長身のヌルが、その館の様子を見て、感想を呟いた。
もしかすると、彼女の国には、こういった――ある意味、悪趣味とも言える豪勢な館は存在しないのかもしれない。
そんなヌルの言葉に返答したのは、情報収集を目的にこの場へとやってきていたユリアである。
「ここの貴族が治めるこの地方は、他の土地に比べて、税金が高いという問題がありました。貧しい者たちからも、そして富める者たちからも、平等に同じ比率で、税金を搾取していたようですね」
と言って、ペンライトのような魔道具を使って、手元の書類に眼を通しながら話すユリア。
すると今度は、彼女の隣りにいて、周囲の変化に気を張っていた勇者が口を開く。
「平等に税金を集めていたなら……何も問題は無いのではないですか?」
「平等に税金を収めているのだから、皆が公平だ……普通は、そんな風に思えますよね?実際、それが、ここの侯爵の言い分だったようです。でも、果たしてそれは、公平だ、と言い切れるでしょうか?1日に10ゴールドを稼いでいる人から3ゴールド徴収するのと、10000ゴールド稼いでいる人から3000ゴールド徴収するのと……割合上は同じ3割かもしれませんが、意味合いはまるで異なりますよね?」
と言って一旦呼吸を整えるユリア。
勇者とヌルも、彼女が喋っている間、口を挟むこと無く、静かに聞いていたようだ。
それからもユリアの話は続いた。
「月の食費や家賃などは、多少の誤差はあっても全員にほぼ定額で掛かるので、貧しければ貧しい人ほど、収入に占める支出の割合が大きくなり、そこから税金を引かれると、余計に大変な生活を送らなければなりません。一方で、お金を持っている者たちからすれば、収入の3割を税金で持っていかれたとしても、生きる上ではそれほど大きな痛手にはならない……。平等の割合で税金を徴収する際は、生活する上で掛かる支出分を省いた収入に対して掛けないと、弱い立場にある人たちが一方的に痛い目を見るんですよ」
ユリアはそこまで言って、残念そうな表情を浮かべた。
そんな彼女に対し、ヌルが感心した様子で問いかける。
「ほう?その知識は、誰から教わったのだ?小娘。コルテックス様か?」
「いえ、独学です」
「「……えっ?」」
「実際、この町の人たちも、自らそれに気付いて、侯爵に抗議して……それでも聞き入れられなかったから、暴動を起こしたのでしょう。そりゃ、侯爵側は受け入れられませんよね。彼らの嘆願は、お金持ちにより多く税金を収めさせて欲しい、という申し出に等しかったんですから」
「「…………」」
ユリアの話を聞いて、押し黙る勇者とヌル。
勇者の場合は、民たちを慮って。
そしてヌルの方は……元部下であるはずのユリアの発言に、ただただ驚いていたようである。
それからもユリアたちの実況見分(?)は続いていく。
火災で崩れ落ちた屋敷の中へと入った3人は、内部の様子を事細かく観察していたのだが……しばらく辺りを見回った後で、ユリアがこんなことを口にし始めた。
「やはり……コレは少しまずいことになりそうですね」
それに対し、ヌルが首を傾げて聞き返す。
「何がだ?」
「人同士が争った形跡がどこにもないんです」
「それが……何だというのだ?むしろ、お前たちにとっては、無益な争いは無い方が好ましいのではないのか?」
「それは確かにそうなんですが……ここに犠牲者の亡骸がまったく無いとなると、戦闘が起こらなかった……つまり、ここにいた人たちは、町の住人から襲われる前に、皆、逃げ出した、ということですよね?何処かに捕らえられているという証言もありませんし……。あるいは相当な手練が町民の中にいて、痕跡を残さずに侯爵たちを葬り去った、という可能性も考えられますけど……」
「……町の人々の中に、そんな手練がいるようには見えなんだ」
「ですよねー……」
「つまり……貴族たちは、今回の件を予想していた……。未だ彼らの手の上で、民たちは踊らされている、ということか?」
「その可能性は、決して小さくないと思います。そして、逃げた彼らは……」
と、ユリアがその続きを口にしようとした瞬間だった。
ドゴォォォォン……
何処か遠くの方から、そんな大きな音が響いてきたのである。
もちろん、テンポが空から落下してきた際の音ではない。
「……体勢を整えて、町を奪還しに戻ってくる、というわけか」
「そういうことです」
「悲しいですね……。どうしてそこまでして、人は争おうとするのでしょう……」
音の聞こえた方角に鋭い視線を向けて、愛用の鉄パイプをメイド服の中から取り出しながら、悲しげに呟く勇者。
それを聞いたユリアは、難しそうな表情を浮かべて、眼を細めてながら返答した。
「一つの国の中には、それはもう数え切れないくらい色々な種類の人たちが住んでいます。力を求める者や、知識を求める者、あるいはお金を蓄えようとする者など……それぞれの人たちは、それぞれの思惑で生きているんです。そして残念なことに、皆がお互いの考えを理解できるわけではありません。だからこそ、人との間には、大きな摩擦が生じることがあるんです。それこそが……」
「争いの原因……」
「まぁ、正確には、争いの種、ですかね」
そう言って闇の中で苦笑を浮かべるユリア。
どうやら彼女自身、苦々しい経験があるようだ。
それから彼女は、音の聞こえた方へと数歩前進し、不意に立ち止まってからそこで振り返ると、勇者とヌルに対してこう言った。
「でも、勘違いしないで下さい。何も人との間に生じるものは、摩擦だけではありません。人はお互いのことが理解できないからこそ……お互いを理解しようとして、繋がることのできる生き物なんですから」
そして彼女は再び前を振り向くと……
ドゴォォォォン!!
彼女だけが使える『実体のある幻影魔法』を使って、巨大な腕を作り出し、そして進路上にあった瓦礫を左右へと根こそぎ吹き飛ばした。
そして自身で切り開いたその道を、彼女は先頭を切って歩き始めたのである。
その姿を後ろから見ていた勇者は、ユリアの言葉の意味を考えながらも、これまで通りに彼女の後ろを付いていったようだが……
「……あれ?もしかして、一番弱いのって……私なのでは……?」
ヌルはその後も、しばらくその場で立ちすくみ、顔を真っ青にしながら、ユリアの背中を見つめていたとか……。
まぁ、当然のことなのじゃ。
じゃがまぁ、人間関係というものは、もうすこし……なんというか……こう……汚いというか……いや、なんでもないのじゃ。
とはいえ、汚い人間関係というのも、巻き込まれるのは御免じゃが、外から聞いておる分には、なかなか聞きごたえがあったりするのじゃ。
昼ドラなどは、その典型例なのじゃ?
……昼ドラはドロドロしすぎておって、あまり好きではないがの。
それはさておいて……。
明後日から3日分のストックが必要なのじゃ……。
もうダメかも知れぬ……。
というわけで、あともう1話分の草稿と、3話分の修正を、これから寝ないで書いてくるのじゃ!




