8.1-11 北への旅路11
前後から見ると、かまぼこ型をしていた、馬車の泥だらけの幌。
その後ろ側に、すだれのように垂れ下がっていたカバーの隙間から顔を出したテレサとルシアは……民衆の視線が集まる中で、こんなやり取りを交わしていた。
「……ワルツが妾に、何か面白いことを話してこい、と言っておったが……一体何を言えば良いかのう?」
「……お姉ちゃん、そんなこと言ってなかったよね?」
と、幌から出した顔を向け合い、ざわつく周囲には聞こえない程度の声で、やり取りをするルシアとテレサ。
どうやらテレサは、馬車の中にいるだろうワルツから、町民たちに対して何やら伝言を伝えるようにと言われたらしい。
「……分かっておる。ただ、場を和ませたかっただけなのじゃ」
「……テレサちゃん。一回死んでから、性格が少し変わったよね?なんか、コルちゃんに近くなった……というより、お姉ちゃんに近くなったというか……」
「……褒めても何も出ないのじゃ?」ぽっ
「いや、褒めてないけど……」
それからルシアは、呆れたように溜息を吐いてから、テレサの言葉を遮るように、本題を切り出した。
「じゃぁ、私が風魔法で拡声するから、テレサちゃんはみんなへの呼びかけを頑張ってね?でも、変なこと言わないでよ?」
「うむ。妾渾身のギャグで、世界を笑いの渦に巻き込んでやるのじゃ!」
「……滑る予感しかしないから、やめよっか?」
「い、いや、冗談なのじゃ。普通に話すから、サポートをお願いするのじゃ!」
それからルシアの拡声魔法が展開されたことを確認したテレサは、その場に集った者たちに対して、ようやく要件を伝え始めた。
『あー、あー……うむ。……皆の衆!妾たちが何者かについては、もはや言うまでもないことじゃろう?それで、早速じゃが、妾が主らに言いたかったことは……馬車を貸してほしいということなのじゃ?』
「「「……えっ?」」」
テレサが話し始めた途端、急に静まり返った町民たちだったが、流石にその唐突な頼みは予想できなかったらしく、皆一斉に首を傾げてしまったようだ。
その反応を見ていたテレサは、まるでその反応を想定していたかのように、補足を始めた。
『いやの?妾たち、これから、ずーっとさきの町まで、進んでいかなくてはならぬのじゃ。じゃがのう、後ろから付いてきておる騎士たちや、勇者たちの足が遅くてのう……。なかなか、先に進めぬておらぬのじゃ』
「それなら、わたくしたちをその馬車に乗せてくださいよ……」
「俺はエネルギアの中でもかまわないけどな……(ゆっくり本を読めるし……)」
「……歩くことが強くなるための試練の一つだと考えていましたので、走れというのなら走りましょう。馬車など結構です」
「「えっ……」」
と、今日もメイドの姿をしていた勇者の発言に対して、お前は何を言っているんだ、と言わんばかりの表情を浮かべる剣士と賢者。
ここから千キロ以上、まともな休みも無く、走り続けられる訳がない……。
実際に口に出したわけではなかったが、2人の眼はそう語っていた。
まぁ、彼らの後ろにいて、日頃から辛い訓練を受け続けている騎士たちの方は、逆にやる気満々だったようだが。
だが、演説(?)中のテレサには、そんな彼らのやり取りに気を配っている余裕は無かったようで、そのまま3人と騎士たちのことを無視して、話を続けた。
『じゃから、後ろにおる3000人分の騎士たちが乗れる分の馬車を貸してほしいのじゃ。それも、無期限で、のう?』にっこり
その瞬間、
「そんなの無理だ!考えればすぐに分かるだろ!」
「そもそも、3000人分の馬車なんて、ここにあるわけないじゃないか!」
「馬車があったとしても、馬がいないだろ!馬が!」
と、テレサの言葉を聞いて、口々に抗議の声を上げる町民たち。
特に今回は、暴動中ということもあって、その声は、刺々しい棘を含んでいたようである。
結果、テレサは、
『……別に3000人全員が乗れるほどの大量の馬車を用意してほしいと言ったつもりは無いのじゃがのう……』しょんぼり
そう口にして、悲しそうに獣耳を萎れさせてしまう。
だが、彼女がそこで言葉を止めるようなことは無かった。
町民たちの反応を見たテレサは、大きく溜息を吐くと、残念そうな表情を浮かべながらも、こんなことを口にしたのだ。
『ふむ……しかたないのう。馬車が借りれないとなると、移動距離が最短になるようにするしかなかろう。……エネルギア嬢?ヤるのじゃ』
その瞬間であった。
街から見て、南側の地平線のさらに向こう側から、
ドゴォォォォォ!!
横に伸びる光の柱のようなものが、町スレスレを掠るように、住民たちの直上を通過していったのである。
それは、町の北にあった山脈の、特に道があるわけでもない険しい断崖絶壁に衝突すると……
ドゴォォォォォン!!
その表面を融解し、爆砕し、そして吹き飛ばして、みるみるうちに大きな穴を穿っていった。
どうやらエネルギアは、峠に荷電粒子ビームを当てると、誰かを巻き込むかもしれない、と判断したようである。
そしてそのビームは遂に、
ドォォォォォン……
山の向こう側の空が完全に見えるような大きなトンネルを開けて……。
そして、山脈の反対側へと突き抜けていった後で、テレサの合図を受けて、ようやく収まったようだ。
『……さすが、エネルギア嬢。あんな遠くからここが見えておるようじゃのう……。まぁ良い。さて、諸君。邪魔をしたのう?では妾たちはここいらでお暇させてもらうのじゃ?さらば、なのじゃ!』
と言って、絶句している町民たちを前に、話を終えようとするテレサ。
だが、まだ何かを言い忘れていたのか、彼女は拡声魔法を停止しようとしていたルシアを手で制止すると、追加でこんな言葉を口にし始めた。
『おっと、そうだったのじゃ。馬車がないと、帰りも同じように、しょーとかっとしなくてはならないかも知れぬのう。じゃが……その時にもう一度、山を消し飛ばして、その軸線上にこの町があったとしても……主らは妾たちを恨むではないぞ?なんせ、話によると、この街は暴動を起こしておるとか、起こしておらぬとか……。暴動の鎮圧ついでに、誤って町ごと吹き飛ばしたとて、誰も文句は言うまい。なんせ、吹き飛ばした後で、それを知っておる者は、誰一人とて、この世には残っておらぬはずじゃからのう?」にっこり
と言って、微笑みを浮かべ、そしてスーッと馬車の中へと消えていくテレサ。
生前の彼女なら、民のことを一番に考えて行動していたために、今回のような発言は間違ってもしなかったはずだが、コルテックスの知識が混ざってしまったためか、性格の方も一部コルテックス化してしまったのかもしれない……。
一方、ルシアは、そんなどこからどう聞いても恐喝としか思えないそのテレサの発言に、思わず頭を抱えてしまったようだが……裏事情を知っていたためか、その場では特に文句を言うこと無く、テレサを追うようにして、彼女も馬車の中へと姿を消した。
そんな2人が入っていた馬車の中では、恐らく今頃、ルシアが小言を延々と呟く反省会(?)が開かれているのではないだろうか……。
ルシア嬢の小言……。
妾は、その精神攻撃に対して、有効な防御策を身につけることに成功したのじゃ。
右耳から入った音を、左耳から出す……。
コツとしては、音が出ていく方の耳に、スピーカーを仕込んでおくと良いのじゃ。
……え?それじゃぁ、結局、両耳から聞こえることになるじゃと?
ふっ……気合なのじゃ!
ブゥン……




