8.1-08 北への旅路8
諸事情により、エネルギアとポテンティアが浮かんでいない、高くて青い澄んだ空。
そこを吹き抜ける高速なジェット気流によって、雲が引きちぎられ、そして空全体に無数の線状の雲が広がっている冬空の下では……
モクモク……
……風景に似合わない、ドス黒い黒煙が町から立ち上っていた。
その町は、ノースフォートレスを中心としたミッドエデン北部の大森林地帯と、王都がある中央平原の境目にある町だった。
より具体的に言うなら、その両方の地帯を隔てる山脈の、その中央平原側の麓にある町である。
あるいは、ノースフォートレス側から見て、王都のある中央平原の玄関口、とも言えるだろうか。
「……燃えてるかもだね……」
その様子を見て、ロリコンが嫌いなはずなのに、御者台へと身体を乗り出し、そして嫌そうに眺めるイブ。
すると、彼女の横から、おもむろに男性の声が飛んでくる。
「本当に汚い炎だ……」
その瞬間、
ズササササッ!!
と、馬車の中を後退して、一気に最後尾まで移動するイブ。
その際の彼女の動きは、犬のソレではなく、どちらかと言えば、猫のような動きだった。
それから彼女は、全身の毛を逆立てながら、心底嫌そうな表情で、その口を開いた。
「ろ、ロリコン……!」
その敵対心丸出しの視線を向けられて……
「……よしっ!ロリっ子と話せた!今日は良いことがありそうだ!」
しかし、満足げな表情を浮かべる御者台のロリコン。
どうやら、イブに対する記憶を失っていても、彼とイブとの戦いは、今もなお続いているようである。
そんな、ある意味、いつも通りの光景を目の当たりにしながら、ワルツも外の景色へと難しそうな視線を向けていた。
「さて……どうしたものかしら?」
テレサが仲間たちに対して説明した例は、知識を持った貧しい民たちが、富める統治者たちに牙を剥くメカニズムについての話だったわけだが……彼女の言葉通り、何もそれだけが暴動の原因であるとはいえず、ワルツはどう対処すべきかを悩んでいたのである。
疫病の蔓延、自然災害、テロリズム、それに住民同士の内紛……。
可能性の話だけで語るなら、いくらでも争いの原因は考えられた。
要するに、情報が少なすぎたのだ。
それが分かっていたのか、情報局局長であるユリアがその口を開いた。
「現在、リサに、街へと潜入してもらい、より詳しい情報を収集してもらっているところです。もう間もなく帰ってくると思うのですが……」
「ちょっ……彼女で大丈夫なの?!内乱の首謀者をサクッと……とか無いわよね?」
「まぁ、それは多分……。一応、任務を与える際に、非殺傷で事を進めるようにと伝えておきましたから」
「そう言われても、すっごく心配なんだけど……」
と、気を許した瞬間、背中を刃物で刺して、さらに抉ってくるリサのことを思い出すワルツ。
すると間もなくして、噂のサキュバスが、馬車へと戻ってきた。
バサッバサッ……シュタッ!
「ユリアお姉さま!ただいま、帰還しました!」シュビッ
「ご苦労様。では、早速報告を……」
「はい」
そして戻ってきて早々、リサは町の中で起こっている出来事について、自分が見てきた様子を話し始めた。
「やはり、日頃の鬱憤が原因の、暴動のようです。……市長の屋敷、ギルドの支店、その他、各種商会などに火が焚べられて燃え上がってました。そりゃもう、お祭り騒ぎでしたね」
「ま、そうよね……」
と、現代世界においても度々起る暴動のことを思い出して、眉を顰めるワルツ。
逆に、それが想像できなかったのか、ルシアは驚いたような表情を見せながら、同時に疑問の言葉を口にした。
「お祭り騒ぎって……もしかしてみんな、楽しんであんなことしてるの?!」
それに対し、ワルツが頷きながら、返答の言葉を口にする。
「あんね?ルシア。もしも、ずっと自分たちの事を虐げてきた人たちが居たとして、そんな人たちのことを、高台から引きずり下ろすことに成功したとしたら……貴女はどう思う?自分たちのやったことが間違ったことだったと判断できると思う?」
「えっ……う……んー……。さっきのテレサちゃんの話を聞いてからだと、答えられないかもしれない……」
「そうね……。もしかすると、それが正しい答えかもしれないわね。誰かにとっての幸せっていうのは、同時に、誰かにとっての不幸なのよ。もちろん、両方が幸せだったり、不幸だったりすることもあるけど……持ちつ持たれつ生きている人の世界っていうのは、シーソーのようなバランスの上で成り立ってる……って話よ?」
「……うん……。そうかもしれない……」
と、姉の言葉を聞いて、俯いてしまうルシア。
その視線の先には、何も無い馬車の床だけが広がっているはずだったが、恐らく彼女の心の眼には、自分が勇者として選ばれそうになった際の、『様々な人々』の『色々な思惑』の一部分が蘇ってきているのかもしれない。
だが、それでも、彼女には譲れないものがあったようだ。
「でも……やめさせるしか無いと思う。みんなが争うことで、誰かがケガをして……もしかしたら、死んじゃってるかもしれないし……。それは……それだけは、絶対に間違ってる、って断言できるから」
「そうね……だけどさ、それには一つ、大きな問題があるのよ。今更だけど……」
「えっ……大きな……問題?」
と、ルシアが首を傾げた時だった。
ドゴォォォォン!!
不意に、馬車の近くで、轟音が鳴り響いたのである。
どうやら何かが空から落ちてきたか、爆発が生じたらしい。
いずれにしても、何らかの攻撃が、馬車をめがけて飛んできたようだ。
「「「……?!」」」
その音を聞いて、思わず身構えてしまう一同。
だが、ワルツには、その原因と背景が分かっていたらしく、特に焦る様子はなく、その代わりに面倒そうな表情を浮かべて、説明を始めた。
「こっちから介入したいのは山々なんだけど……私たちって、今、3000人の騎士たちを率いて、北上中じゃない?で、普通、そんなに騎士や兵隊が来たら……暴動を起こしている町の人たちはどう考えるかしらね?」
「援軍……えっ……。も、もしかして……」
「多分、その『もしかして』、でしょうね……」
「じゃぁ、町の人たちは、自分たちが退治されに来たと勘違いしてるの?!」
と、姉が何を言わんとしているのかを悟って、驚きの表情を浮かべるルシア。
つまり……反乱を起こした者たちにとって、数多くの兵士たちが突然やって来たという構図は、統治者側の援軍がやってきたようにしか見えないのである。
恐らく町民たちは、今この瞬間を生き残らなければ、討伐される……すなわち処刑されると考えて、馬車に攻撃を仕掛けてきたのだろう。
「そっ。そういうこと。だからこのままだと……私たちが逃げない限り、多かれ少なかれ、戦闘は避けられないでしょうね……」
「ちょっ……俺、まだ死にたくn」
「あんたたちは、黙って馬車の操縦だけしていればいいわ。ここに私たちがいる限り、この馬車が被害を被ることは、まずありえないから」
と、慌てふためくロリコンとカペラを諭すように話すワルツ。
どうやら、ロリコンが口にした『良いこと(?)』とは、町民たちから敵視されて、戦闘に巻き込まれることだったようだ。
この話は3日前、投稿予約に登録しておいた話なのじゃ。
じゃから、先程まで簡易的なあとがきしか書いておらんかったのじゃが、今日は少しだけ時間が出来た故、ちゃんと書くのじゃ?
……いや、まともなあとがきが書けた試しは、一度も無いがの?
こういう話を書いておるとよく思うのが……正直、社会の構造はそこまで単純ではない、ということなのじゃ。
人々の思惑が入り乱れる、という言葉はまさにそれを体現しておるような言葉だと思うのじゃ。
じゃが、それを文書で書くのは……正直難しいと思うのじゃ。
難易度的には、ナビエ・ストークス方程式で表現される流体の振る舞いを、言葉で記述するのと、あまり変わらないのではなかろうかのう。
……余計に表現が分かりにくくなってしまった気しかせぬが……まぁ、気にするでない!
あとがき、終わり!
さて……明日の話は、先程、投稿予約に追加した故、その次の話の修正を行おうかのう。
年末年始に向けてストックが必要なのじゃ。
年末年始も時間があればそのまま書きたいのじゃが……難しいじゃろうからのう。
一応、書けなかったときのために、準備は必要なのじゃ!




